棺桶の釘

ジュディのコーヒーショップ。
俺の朝は、この店のブラック・コーヒー、そして一服のタバコからスタートする。

最近はどこも全席禁煙が当たり前。この辺で大手を振ってタバコが吸えるのは、とうとうこの店だけになっちまった。


もっともこの店の場合、女手一つで店を切り盛りしてるジュディのヤツが一番のヘヴィースモーカーだってんだから、この店が禁煙なんて馬鹿な真似はするはずがねぇってわけだ。


「火を貸してくれませんか」


突然、女に話しかけられた。
キレイなブロンドの女だ。


「俺、マッチなんだが、構わねぇか?」


「ええ、知ってるわ。だからあなたに頼んだのよ」


俺は、長年着古したスエードのジャケットのポケットから、ダイナー「デニーローズ」のブック・マッチを取り出し、いつものように片手でこすって点火して、女がくわえたタバコの先に火をつけてやった。


女はタバコを深く吸い込むと、ゆっくり目をつむって静かに煙を吐き出した。
指に挟んだタバコについた赤いルージュの唇跡と指先を怪しく飾るピンクのマニキュアとのコントラストが、俺の視覚神経に激しく揺さぶりをかけた。


「あんたもマッチ派かい?」


「ええ」


その日を境に、女は毎日、俺に火を借りにきた。

カウンターがいっぱいでテーブル席に座っている時も、わざわざ俺のテーブルの方まで火を借りにやってきた。

「仕事は何してる」とか、ダンナがいるとかいないとか、そんなちょっとした会話をしてもいいなと思ったけれど、お互い言葉を交わすことはけっして無かった。


ジャケットのポケットからデニーローズのブックマッチを取り出し、片手でこすって点火して、女のタバコに火をつける。
ただ、それだけさ。それ以上でも以下でもない。
だがそれが、まるで二人の恒例の朝の儀式のようになった。


ある日、突然、女の姿が見えなくなった。
次の日もだ。
おかしいな、どうしたってんだろう?最近、夜が冷えるんで風邪でもひいちまったんだろうか?

【続く】

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