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あの頃、ハーヴェスト・ムーンと @2日目

(京のとあるレコードショップ)

昼間のシフトで入っていた桜子さんは、豹柄に対して強いこだわりを持ったチャーミングな女性だ。


僕は、ハイロウズの新作の「タイガーモービル」のCDを手に取って、


「桜子さん、この柄とか、どうですか?」

と尋ねた。


「あ〜この柄な。これ、どっちかっていうとトラやな。これはな、ちょっとウチの趣味とちゃうねん。ウチはな、もうちょっと黒い点が丸い形のヤツが好きやねんな。トラというよりは、ヒョウの方やな」


「あ〜、マイケル・モンローがよく首に巻いてそうなやつすか?」


「え?マリリン・モンロー?」


「マイケルですよ」


「ジャクソン?」


「だから、マイケル・モンローですよ!ハノイ・ロックスですよ!あんた、レコード屋で働いてるのにマイケル・モンローも知らねーのかよ!」


「うち、外人のアーティストあんまり詳しくないねん」


「まあ、こいつですよ、こいつ」


「ん?  この柄はな、大阪のオバちゃんがよく着てるヤツやねんな。ウチはな、黒い点がもうちょっと大きいのがええな。ほんでな、ヒョウ柄の中でも白いヤツが一番好きやねん」


「あー、ユキヒョウですか」


「ユキヒョウっていうの?ウチ、あの白いヒョウのが一番好きやわ〜」


「はあ」


僕は、商店街のレコード屋の店内にかかる音楽としては恐ろしく不相応なマーク・ガードナーとアンディ・ベルが掻き鳴らすツインギターサウンドを聴きながら、遠くロシアの過酷な環境で小刻みに震えて暮らすユキヒョウの姿を思い浮かべた。

そんなユキヒョウが、週末ごとにわざわざ上京し、ジュリアナ東京で狂ったように小刻みに振り回される桜子さんの腰回りをパッツパツに包むタイト・ミニ・スカートに化ける運命に、ただただ黙り込んで我が靴をじっと見るしかなかった。


「あ、もしかして、今、エッチな事考えてたやろ?」


「なんでですのん。考えてないですよ」


「またまた〜。実はな、今な、はいてねん」


「え?」


「下にはいてんねん。ユキヒョウのちっさいやつ」

「え?」

「見たい?」


「何をですか?見たくないですよ」


「じゃ、ええわ。あー、これ10年に一回しか来ないチャンス・タイムやってんけどな〜」

「・・・」

「この店内BGM、めっちゃ暗くてウルサいから、ジョン・ロビンソンに変えて」


心臓が波打つ。マーク・ガードナーの蚊の鳴くような優しい声が僕の頭の中に響き渡る。


「あの・・・」


「ん?」

「本当は見たいです。ユキヒョウ」

「聞こえない」

「見たいです。ユキヒョウ」


「正直でよろしい。嘘やけどな」


「え?」


「ウ・ソ(笑)。変な事考えてないで、早く店内BGM、ジョンロビに変えてーな」


その時、ユキヒョウが寂しげな目で、僕の方を見た気がした。

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