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備忘録開始

はじめまして。ブログを見てくださりありがとうございます。私は私立文系大学を2留し卒業(2021年3月)したニートです。就職活動を行いながら、日々何をしていこうか悩んだ末の、思考記録としてのブログ開設です。なぜ留年してしまったのか、そこからどう立ち直ったのか、今後の展望について綴っていきたいと考えています。けれど、人によっては不快に感じる点・共感できない点もあるかと思います。1を読み、合わないと感じたらブラウザを閉じることをお勧めします。読後の批判はおやめください。それでは、宜しくお願いします。

1、簡単な自己紹介

・私は都会出身の都会育ち。

・私の家庭は一般家庭に比べると裕福だと思う。また、私は私立の中高一貫校に通っていた。

・高校卒業後、私大に入学するも2度の留年を経て卒業。

2、なぜ2留したのか

ではなぜ2度も留年したのか綴っていこうと思います。

そもそも大学受験という物に私は必死になれませんでした。こういったことを書くと「進学したくてもできない人だっているのに。」と言われそうだけれど、各々生まれ育った環境は異なるものであり、第三者の考えをぶつけられてもこちらは反応に困るからそれは控えてください。勿論、日々両親には感謝しながら暮らしています。

高校3年生の時、大して勉強をしてこなかった私が受かった大学はたった1校でした。これ自体はなんてことありませんでした。今までの私の受験時代を振り返れば、受かるところはここくらいだろうと思っていましたので。

そうして何となく入学した私を待っていたのは先の視えない暗闇でした。

入学早々、アルバイトをはじめサークルに入部した私は毎日を忙しなく過ごしていました。授業も然程難しくなく日々を漠然と過ごしていた私はGW辺りを境におかしくなっていきました。すべてが、どうでもよくなりました。勉強も大して好きではない、サークルは周りがみんな入っていたから入った、そんな日々を繰り返しているうちに自分が目指している先が分からなくなりました。大学をサボり、サークルをサボり、けれどお金が貰えるからアルバイトには行く。典型的な屑大学生が誕生したわけですね。

大学というものは非常に自由度が高いです。自分で履修を組み、自己管理が全てです。かくいう私は高校の頃から事あるごとに学校をサボろうとするような屑人間であったので、教師がいちいち出席状況を把握するような中学・高校とは一線を画す大学においてもはや私を諫める者は存在しなかったわけです。

そうこうするうちに大学3年生になり(私の通っていた大学では進級時に必要な単位数の規定はなく、卒業時に単位が足りないと留年するパターン。)、碌に履修登録をしなかった私を見兼ねて学科長が自宅に連絡を入れ、このままでは卒業ができないという事実が親に明かされる。今まで私はのらりくらりと成績については誤魔化していました、今考えると本当にどうしようもないですね。自分で学費を払っていたわけでもないのに。

もう大学も就職も人生すらどうでもよかった私は大学を辞めたいと泣きながら親に言いました。けれど、大学中退はすなわち最終学歴が高卒になることを意味します。現代において学歴社会は消えつつあると言いますが、やはり学歴は見られます。両親はこのことを力説し、考え直した私は再び卒業を目指し大学へと通い始めました。修得すべき単位があまりにも多く、結局2留せざるを得なくなってしまいました。更に、今年度は月曜日から金曜日までしっかり授業が入っていた上卒論も執筆していたため、就活はしませんでした。私の場合、キャパオーバーすると全部が芋づる式にズルズルとダメになっていくので親の了承も得て学業に専念しました。

復学(別に休学していたわけではないけれど)したはいいものの、長らくバイト先でしか人と関り合わなかった私は教室に入ることすら辛くて、いじめられていたわけでもなんでもないけれど、以前から他人にどうみられているのかを酷く意識するくせがやめられず、教室に入るたびに冷や汗をかいていました。

そんな調子だから、いきなり毎日ずっと大学に通うことは難しく、徐々に慣らしていきました。また知り合いが一人もいなかったので、欠席してしまうと授業についていけなくなることが何回かあったけれどなんとか単位をかき集めていきました。

そして先日無事卒業しました。本当に遠回りをしたけれど、大学の教授はみな親身で優しかったのは救いでした。大学によっては、人当たりの強いクセのある人もいるらしいから良かった。

ここまでが大まかな流れです。改めて振り返ってみると本当に酷い。学費面については親に感謝し、今後就職し返還していきたい。

3、留年して学んだこと

留年して学んだことは二つある。

一つ目は、辛くなった時はとにかく誰かに相談をすること。一人で抱え込むとネガティブループから抜け出せなくなってしまう。引きこもり、誰とも会話をせず社会から孤立することは自己肯定感を急激に下げ、自己の認識が曖昧となり必然的に思考が「負」へと向かってしまう。人は学校でも会社でも組織の一員として所属することで己の存在理由を確立し、自立していくものである。もし引きこもりや不登校で悩んでいる人がいたら、勇気を出して、誰かに相談してみてほしい。

二つ目は、生き方は多様であるということ。日本では、しっかり勉強をし、良い大学を出て一流企業に就職し、20代後半くらいで結婚し、子供を育てることが良い人生とされている。(主観だが。)このレールから外れた無職やフリーターには厳しいのが現状としてある。昨今ではSNSの発達とともに様々な生き方が発信され、享受されている。海外に飛び出す人も少なくない。未だに前時代的な考え方の人々はいるが、彼らの言葉にとらわれる必要なんてない。一度しかない人生をどう過ごすのかは自分次第だ。別に無職だろうがフリーターだろうが、他人に迷惑をかけないのならそれでいいと私は思う。ただ、大学はできるだけ卒業しておいた方が良いと思う。職の選択肢が広がるし、給与もそれなりにもらえるので。

私はコロナが収まったら、海外旅行がしたい。

読んで下さりありがとうございました。



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