塩谷舞(mai shiotani)
「どうやったらバズるんですか?」と聞かれたのでまとめてみたけど、7割が精神論になりました。

「どうやったらバズるんですか?」と聞かれたのでまとめてみたけど、7割が精神論になりました。

塩谷舞(mai shiotani)

先日書いたnoteの「アート業界からやってきてWEBで広告とコンテンツをつくっていて思うこと​」というエントリ、すごく反響をいただいて、うれしかったです。
ただ、かなり内向きな思考を整理する為のことばでもあったので、勘違いされちゃったかなぁ…とか、もう少し時間をかけて、誤解の少ないように書いておけば良かったなぁ…とかも思ったのですが。
(決して今のWeb全体の流れを否定したいのではなくて、多様性が広がって何重にもなれば良いのに、と。価値観1つに集約しちゃつまんないぜ、って話しだった。しかも私はむしろ、今の流れを促進し、形成する側でもあるのだ。)

しかし、一度放ったコンテンツはもう、成人した子どものようなものというか。(子育て経験はないし、私も成人してそんな経ってないのでわからんが。)放った後に何かを言い足すなんてヤボで、どんどん自力で泳いでいってくれるんですよね。それをヒヤヒヤしながら見ている。

その記事含めて、最近、入魂して書いた記事が予想以上に広まることが多いからか「どうやったら記事ってバズるんですか」って度々聞かれたりするのです・・・・えーと、そもそもそんなに語れるほどの本数もないし、玄人でもないのですが・・・。しかもそんなん肌感やわ、と思ってたけど、このふんわりと捉えている「肌感」を整理するために1回まとめてみよう。

あ、「このハウツーで確実にバズる!」とかじゃなくて、かなり精神論寄りになってます。個人としてはともかく、仕事には使いにくいかも。あしからず。

1.何年も、ずっとやってる。

早速、「いますぐ使えるハウツー」でなくて恐縮なのですが。
私がインターネットを始めたのは10歳の頃で、当時から毎日のように絵日記を書いてはランキングサイトで上位を狙ったりしていたので、ネットでの発信はDNAに染み込んでるものが多いっす。そこはもはや親に感謝というか。インターネット以前も、5歳ころから文章書くのが好きだった気がするので、それも環境に感謝というか・・・。

ただ、今みたいな形で、発信ツールとして本腰入れて使い出したのは20歳くらいの頃。その当時からずっとTwitterアカウントは同じままなので、時間をかけたことで少しずつ得られた、というのが1番なのかなぁ。。

そんな感じで長くやってて見えて来るのは大きく2つあって、1つめは「あ、これ書いたら嫌われるな」っていうコンテンツへの肌感。
雑誌は憧れの文化、ネットは共感の文化。
憧れを提示するキラキラしたネタはアメブロだけで充分な気がするし(好きだけどw)、「自分ってこんなに充実してて!魅力的で!おしゃれで!」っていう発信は、よっぽど洗練されていないと嫌われやすいので要注意です。灰色ハイジ先輩とかは、実際めちゃ可愛いしお洒落だし女子だし、お仕事も充実されている模様なのですが、ネットで発信するコンテンツがネットにハマりすぎて、まじでこの世界に適したパーソナリティでありコンテンツ主だなぁと思ふ。

もうひとつは、「あ、このサービスは絶対流行るな」というツールへの肌感なのかな。それは後述。

2.ツールの特性にあった記事を書く。

ツールへの肌感…というところで、どこにコンテンツをアップロードするかってめちゃくちゃ重要で、そのへん見極めてないと機会損失が増えちゃう気がする。

(以下私見ですが)Twitterだとネット界隈のアンテナ強めな人とかイラスト関係とかネタ系が強くて、Facebookだと感動話が広まり、アメブロだとキラキラ女子の日常が持ち上げられ、はてブはギークなノウハウに感情を足したような記事がバズり、海外セレブやファッションブロガーはInstagramが生命線、noteはまだわからないけどIT感度の高い人が見てるのは違いないのでここでキラキラ日常上げても意味ない。
・・・みたいな感じかな。もちろん他の側面もあるし、ツール自体ももっと沢山あるけど。その場にある空気をちゃんと汲み取って発信すると、打率は上がる気がする。
「使い慣れてるから」「愛着があるから」とかの理由で廃れちゃいそうなサービスを愛用し続けちゃうと、どんな良いコンテンツを書いたとて追い風が吹きにくいのかもしれないなぁ。回転が速すぎるのは、ネットの世界の悲しい面でもありますが。
独自ドメインな個人ブログは長く使えば使うほど良いと思うのでちょっと別軸だけれども。

3.みんなの日常ツールを発信ツールとして使う。

TwitterにしてもFacebookにしてもnoteにしてもアメブロやら何やらにしても、日常使いしてる人の方が圧倒的に多いと思うんですが、そこを7割は「発信だ!」と思って書く。Twitterでも、「有意義かどうか」「ネタとして精度が高いかどうか」の2つの評価ハードルみたいなのがなんとなくあって、それにひっかからないものは投稿しない。
でも、それだけだと、人間味のないbotみたいになっちゃうから、3割くらいはアホみたいなこと書く。それが3割超えちゃうと、「日常使いのツール」になっちゃうので、結構気をつけてるのかもしれない。。
芸能人とか、すごいハイセンスな暮らしをしてる人とか、言葉遣いが独特すぎる人はさて置き、私の日常にはニーズないと思うし。。

(同僚のエディター、野村由芽さんのTwitterはその日常を伝える言葉遣いが独特すぎるのでなんだかオススメです。タイムラインに詩的な空気を加えてくれて、好き。)

でも人間なので、一時期はそれがキツくて、ボヤキ専用のサブアカを作ってみたりもしたけども(病んでるw)。サブアカ作ると、そこが完全にネガティブ全開になっちゃうので良くないなぁと思った。今はネット上に書けないことはリアルで共有できる友人がいるし、あとpathというクローズドなSNSで本当に少人数の友人だけに日常を吐露できるので(だからpathで私を見つけても申請しないでー!w)それ以外はぜんぶ襟を正して発信するのだ。読者は、フォロワーは、お客さんなのだ。見られている、全て見られている!!!という過度な自意識が必要なのだ。自論ですが。

4.薄いこと書かない、絶対。

上と少し被る部分もありますが、「相手にとって有意義かどうか」。これに関しては、めちゃくちゃ気を使っている。というか、これしか考えてない気もする。

個人的に、ただただ内容の薄いブログとか、いまいちオチも収穫もない長い記事を全部読んじゃった後の徒労感がまじで嫌いなので、自分発信のコンテンツについては、その徒労感を与えてしまいたくはない。(インターネットと関係ないけど、受け手を意識しない自意識だけのトークショーも嫌いだ。)

このへんはたぶん、昔やっていた演劇のプロデューサーの言葉が響いてる気がする。下記思い出し記述。

「君たちの舞台を観に来てくださるお客さんは、真っ暗な会場で、椅子に座らされて、動くこともできない。見ることを許されている場所は唯一、舞台だけ。しかもお金を払ってそこに来ている。こんな環境って、他にあると思うかい?君たちは、お客さんの自由をそこまでして拘束しているんだ。その価値があるものをやりなさい。」

これ、今でも何度も脳内反芻しては、「表現者」の責任とか義務とかを再確認する。インターネットだって舞台だ。ユーザーは、読者は、お客さんだ。お金はもらってないけど、時間はいただいている。だから、絶対に後悔させたくない!!!

あ、暇つぶしとして読める面白コンテンツとか、ネタ系の記事は大好きだし、それはネット社会に超必要なユルさでもあるし、、、けど私はそこがそんなに得意分野じゃないので、「有意義かどうか」が個人的に一番の評価軸になってます。たまに勘違いされるけど、私はネット芸人にはなれないんだな。こんな半端者をネット芸人と呼ぶと、本当のネット芸人さんに失礼なので、気をつけてくださいw

5.タイミングとインフルエンサー

これだけは、ちょっとハウツーっぽいのだけれども。例えば、深夜に投下しないとか。土日祝はPV少ないから、拡散は平日お昼まで待つとか(とかいう今日は祝日ですが)。
あと、記事内で紹介させてもらった方にも拡散してもらえるようにFacebookでタグを付けさせていただいたりとか、Twitterでメッセだけじゃなくてリプライさせてもらったりとか。どんな内容でも、そのコンテンツごとのインフルエンサーが必ずいるので、その人に届くように念じる。そこで拾ってもらえると、自分の知ってる範囲だけじゃなくて、本当に届けたい人に届いてたりして、すごく嬉しいし、ありがたい。書くことじゃなくて、届けることが目的なので、ちゃんと届くと「よっしゃーー!」と思う。

6.コンテンツの価値を下げないデザイン。

noteがめっちゃ良いなーーと思うのは、ひたすら文章が読みやすいとこ。あと、軽い。スマホでもサクサク。そしてSNSボタンの押しやすさよ・・・!(SNSボタンハ拡散への導線なのでめっちゃ大事)

せっかく良い記事書いてるのに、ブログのデザインがダサいとか、単純にスマホで全然読めないぞ、とかな機会損失はホントーーーに、もったいない。社長ブログなのに、デザインがなんかもっちゃりしてると、一気に威厳なくなったり、オフィシャル感なくなったりするし。ヘッダー画像が解像度低くてガビガビ、とか、職業柄かもしれないがめっちゃ気になってしまう。気になってしまう…。。

あっ、色いっぱい付けたり下線ひいたり記号多用したりする☆★☆文字装飾☆★☆とかも、個人的にはやめた方がいいとおもふ・・・。フォントの大小とかはあった方が絶対読みやすいんだけども。文字色がカラフルになるにつれ、なんか、小規模感が出てしまう、気がしませんか・・?

ちなみに、noteは色つけれないんだよね。文字サイズ2種類だけなんだよね。それもスマートで読みやすくて好き。


私のブログデザインはややラブリーに寄っておるのですが、クオートワークスの村松さんのおかげで、すごく好評で、ほんとこれ自力で作らなくてよかったと思う(私はディレクターでありデザイナーではないので、デザインは本業ではない)。村松さん本当にありがとうございます。本当にありがとうございます。本当に

あと、イベントレポートとかインタビューの場合、ちゃんと説明の写真を入れるとか、リンク先のキャプチャ入れてるかとかも、ちょっと面倒だったりするけど、すごく重要な気がする。(と言いつつ、ここは文章だけですが。。)

あと、写真が綺麗なブログはそれだけで格式上がるので、ここは今わたし課題っす。良いカメラ欲しい。。。技術も、ない。。。

7.嘘のない魂があるかどうか。

またしても精神論でウザ苦しく恐縮です。これで最後ですので、ご容赦ください…。

自分の手で書く記事、そこに嘘は書きたくないんだ。ちょっとでも嘘の匂いがあると、すぐにバレてしまうし。文章が、腐っていくし。死んだ魚の目をしたみたいな文章になるねん。意味不明ですが、そうなるねん。

ステマ系のお仕事もちょくちょくご相談いただくのですが、「ヤバいそれアツい!!!」って本心が思わないと、ただただ広告枠の1つとして消化されて、価値も下がっちゃう気がする。人としても、個人メディアとしても。どんどん人間性がブレてくし。

ステマがNGというんじゃなくて、賛同できないのに無理矢理書いてるような白々しい宣伝には、「いいね!」押したくないもんな。読者ナメんなって思う。それでもし記事が広まっても、結局その読者は一過性のもので、繰り返し「愛読」してくれない。もしフォローされても、それはニュースのRSSフィードを購読するのと変わらない。愛のない関係なんて悲しいじゃないか。


- - - - 追記 - - - - -
1つだけ追記。上記はすべて、自分をぜんぶ、コンテンツとして晒す、ってことだから、すごくすごくリスキーです。disられたら凹むし、祭り上げられたら死にたくなるだろうし。反響が大きくなるぶん、マイナスの意見も受けやすくなる。しかも、個人として。
そうならないのが一番なのですが、そのリスクを知っててもやっぱり発信したいことがある!という方は、がんばろーぜ!!と思います。職業ライターのハウツーはもっと別にあると思うので、そこは私にはあまり書けないのですが。
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以上でしょうか・・・やっぱり暑苦しくなってしまったなぁ。有意義だったでしょうか・・・主観すぎたので、結構不安です。。

余談だけども、先日友人に「しおたんと、チャットしてるだけでツバが飛んで来るくらいの熱量感じる」と言われたので、わたし、暑苦しいのかなぁ。暑苦しいよなぁ。

でも、伝えるべき熱がきちんと伝わるように、誠意もって書いていたいんだぞ、これからも、そうしていくんだぞ、という気持ちの、まとめでした。思ったより長くなってしまった。

GWも終了!明日からは営業日!さて、日常業務だーーー!
気持ち入れ替えてがんばりましょ〜〜〜


最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
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塩谷舞(mai shiotani)

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塩谷舞(mai shiotani)
1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。ニューヨーク、ニュージャージを拠点に活動。大学時代にSHAKE ART!を創刊。会社員を経て、2015年に独立。milieu、noteマガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書『ここじゃない世界に行きたかった』が文藝春秋より発売