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『ザ・ビートルズ:GET BACK』は音楽的歴史だけでなく映像業界を一変する作品になると思う。

■音と映像の補完技術が凄すぎる!

ピータージャクソン監督の2018年「彼らは生きている」に続く、昔のフィルムの再現技術を駆使した作品なのだが、とにかく音と映像のクオリティが異常に高い。35mmフィルムで撮影されたものを特別なデジタル処理で、音と映像をハイクオリティに補正されたのだが、尋常じゃない再現率なのだ。よく目にする昔の記録映像は、ノイズ混じりで解像度も低く音声もモコモコしてるので「大昔の事=画質が悪い映像」という認識が根付いているので、この映像で動くポールやジョンを見ると「あれこんなに若かったっけ?」と脳がバグってしまう。あまりにも自然すぎるのだ。

もうひとつすごいのは、音声の補完技術だ。てっきりマルチトラックで録音されてるのかと思ったら、一つの音源から楽器音や音声だけを分離して必要な音だけを抽出する。そのため楽器の音も会話もしっかりと聞き取ることができる。そのため、ずっと見てるとまるでその場にいるかのような錯覚を感じてしまう。つまりこれはタイムマシンである。

■全てが記録されてたということ

そして当時の監督であるホッグ監督のすごいところは、随所で「隠し撮り」していることだ。今でこそよくやる手法だが、カメラを回しっぱなしにして、カメラマンはどこかに行ってしまう。そこにカメラがあるけど”今は撮影してませんよー”というフリで素の被写体を記録する(*PART1 56:05)のだが…それは今メモリーカードになってこその撮影方法。テープ時代もよほどの予算がない限りそれはできなかったし、当時の35mmフィルムなんて一巻で10分くらいしか撮影できない。テープのような使い回しもできないから、60時間の素材っていうとフィルム費用は膨大だろう。さらに150時間分の音声記録だ。もう限りなく盗聴に近い。おかげで絶対カメラの前では見せない彼らの本音トークがしっかりと収録されてた。(*PART2 11:45)

あと印象的なのは、屋上コンサートの本番当日警察が乗り込んでくることを想定して受付にカメラを設置したのだが、カメラがあるとわからないようにマジックミラーボックスで囲うって…これって「ガキ使の笑ってはいけない24時」と同じじゃないか?(*PART3 1:23:42)
とにかく映像60時間、音声150時間の素材はホッグ監督の執念を感じる。

■ビートルズもただの人間だった

最初は映画のスタジオで撮影が始まった。しかし始まっていきなり「音が悪いから演奏できないよ」と、文句言うメンバーたち。映画では整音(現代の技術で聞きやすく)されてるが、きっと現場では相手の楽器の音が聞こえなかったり、音がまわったりして、さぞかし気持ち悪かったことだろう。そんな文句ばかりの中、日に日に機材が充実していく。毎日少しずつ改善されていったスタッフの心意気を感じる。

撮影スタジオは環境が悪いせいもあって、終始ギスギスした雰囲気。ポールも「いつも俺が仕切っててお前ら何もしないじゃん」と昔のことを引き合いに出して怒り出す。カメラが回ってるから多少は抑えてたかもしれないが、前述の通り隠し撮り大作戦のおかげでガチの言い合いを聞くことができる。

そして極め付けは、ジョージが5日間だけの脱退。そんな雰囲気が嫌になったのか、ジョンもスタジオ撮影に翌朝に来なくなり「解散の理由が『ジョンがヨーコを連れてくるから』だなんて50年後に大笑いさ」などと他人事のように言うポール(*PART2 07:32)。世界のスーパースターとは思えない泥沼っぷりを赤裸々に見せてくれる。

後半は建設中の自分たちの新スタジオに移動してやろうということになるが、機材の設置が間に合わない。スタジオに入ってから「おーいまだ使えないのかー」と言われても、返事しないで黙々と作業するエンジニア・プロデューサーのグリン。現場人として彼の気持ちがすごくわかる。つらいよね、怖いよね、情けないよね。やっと1日かけてセッティング終わって演奏が始まっても、ことあるごと「音聞こえないんですけどー」「なんかバランスわるくない?」とわがままリクエストの連発。スピーカーの位置を変えたり配線変えたり、もう大変だったろうなと同情する(*PART2 51:13)。

お金の話もよく出てきた。(キーボード奏者の)ビリーのギャラはどうするんだ、空撮は金かかるからやめよう、録音テープ代はEMIに請求しようぜ、とか。とにかく全てが生々しい。

最後の屋上コンサートもグダグダで面白かった。当日の午前中まで、やりたくないと駄々をこねるジョージ。手がかじかんでギターがまともに弾けないジョン。ドラムのセッティングが違うことで苛立つリンゴ。不安なムードの中でなんとかやり遂げようと必死になるスタッフたち。「さあみんなやろうぜ〜!」ってポジティブなのはポールだけ。

コンサートが始まって数分で警察がやってくる。演奏を止めざる得ない状況でマネージャーが勝手にギターのアンプを切ってしまい、ジョージが「おめぇ勝手に何やってんだよ」という感じで電源を入れ直す。ポールはちらちらと横目で警察見ながら歌詞に「逮捕されちゃうかも〜」とアドリブいれる。

ほんと凄い、この企画に関係したひと全てがすごい。限られた時間でよくぞやり遂げてくれた。みんなのプロ魂をひしひしと感じさせてくれました。

■全然長く感じない

一般的なドキュメンタリーは数年分の出来事を1〜2時間の中に収めてるため時間軸がどんどん進んでいくので、正直見てても「ふーんそうなんだ」と飽きてきてしまう。しかし、この作品は3週間ほどの出来事を1日ずつ日記のように見せてくれるし、Hi-Fi画質も相まって次の展開が気になってしまうのだ。

昔からよく聞いてた名曲が誕生していく瞬間を垣間見れるだけで十分感動ものだが、関係ない自分がこっそり覗き見しているような背徳感もあり、8時間弱はあっという間だった。

ピータージャクソンの編集技術もさることながら、当時限られた時間内全てを撮り尽くしたホッグ監督。世界的スーパースターも人間だったというのを見せてくれた50年越しの仕事はアカデミー賞ものだと思う。

オリジナルの映画レットイットビーを見ていないが、当時のビートルズ事情から80分程度の尺では歪曲されてもしょうがない。

50年の時を得て真実が公開されたこの作品。少なからず音楽に携わりビートルズの音楽を聞いてきた人は絶対に観た方がいい。あと機材マニアにもおすすめ。画質向上のおかげで当時の音響機材とか見れて楽しいヨ。

ザ・ビートルズ:GET BACK @Disney+
https://www.disneyplus.com/ja-jp/series/the-beatles-get-back/7DcWEeWVqrkE

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