千葉市美術館「『前衛』写真の精神:なんでもないものの変容」&コレクション展(2023/4/29)
千葉市美術館で企画展「『前衛』写真の精神:なんでもないものの変容 瀧口修造・阿部展也・大辻清司・牛腸茂雄」を観てきた記録です。
前衛写真ってなんか難しそうだけど、GW出かける予定ほぼないし、ちばしびフレンズライトの企画展無料特典も残ってるし、一丁行ってくるか〜くらいの軽い気持ちで足を向けたのですが、かなり面白かった。
企画展全体の感想
すごくざっくりまとめると、フランスの写真家ウジェーヌ・アジェの作品に感銘を受けて1938年に「前衛写真協会」を立ち上げた瀧口修造と阿部展也、彼らの影響を受けた大辻清司、そして大辻に指導を受けた牛腸茂雄の4名の作品を通じて、彼らの作品に通底する「前衛写真」のあり方を辿っていく……という展示です。
1930年代には彼ら以外にも前衛写真を撮る人たちはたくさんいて、裏焼きしたりコラージュのように他の像を重ねたりと加工技術を駆使してそれぞれの表現を探っていた。
それをよしとしなかった瀧口が、アジェのように「日常現実の深い襞のかげに潜んでいる美を見出すこと」を目指して「前衛写真協会」を結成したわけです。
暗室でヘンに捏ねくりまわして画面を作らず、日常を見つめストレートに撮ることで表現していこうってことかなとフンワリ理解しましたが、こういうスタンスなので、「前衛写真」って言葉の小難しそうな印象に反して、作品自体はかなりとっつきやすかったです。というかまんまスナップ。
何気ない日常をストレートに撮ることで、なぜ/どのような意識でこの一枚を撮ったのか? って撮影者の視点にも意識が向くのが面白いなーと思った。
あと、阿部が活動の中で生み出した「オブジェ化」って概念も面白かった。被写体から意味を剥奪し、純粋に『そういう造形や質感をしたオブジェ』として捉えるみたいなアプローチ。
ヌードモデルの顔に布を被せて、マネキンみたいに配置して撮ったり、被写体がなんなのかわからないくらいに一部に寄ってフォルムや質感だけにフォーカスしたり。こちらのラインの方が「前衛写真」ってイメージに近いかも。
表題の4人の作品の他にも、源流となったアジェの作品や、「前衛写真協会」の系譜ではないバリバリ加工系の前衛写真作品も展示されているおかげで、門外漢にも彼らの目指したものがなんとなく理解できるような展示になっていてありがたかったな。
印象に残った作品
ウジェーヌ・アジェ「紳士服店、ゴブラン通り」
紳士服店のショーウィンドウを映した一枚ですが、不気味なマネキンとガラスの写り込みが相まって、日常に魔が忍び込んだような不思議な一枚。
瀧口のいう「日常現実の深い襞のかげに潜んでいる美を見出すこと」って、こういうことなんだなーとなんだか納得してしまいました。
展示されていたアジェの写真は人間を映したものが少ない&映していてもあんまり被写体の人格を感じさせない撮り方をしていて、そこがなんだか心地よかったです。暗部の階調も豊かで素敵。
永田一脩「第不詳(風呂の中の二人の男)」
「前衛写真協会」の系譜ではないこねくり回し系前衛写真も、写真でこんなこともできるんだ! と表現の限界を探っているようで、見ていて結構楽しかったのですが、その中でもこの一枚は笑っちゃうようなアイディアでインパクトがありました。た、タオルが!
斎藤義重/大辻清司「『APN』(『アサヒグラフ』1953年4月15日号)のための構成」
「アサヒグラフ」に1953〜54年に連載されていたコラム、「APN(アサヒ・ピクチャー・ニュース)」に掲載されていたカット写真のうちの一枚。実験工房のメンバーほか造形作家たちが制作したオブジェを大辻が撮影したものです。
元のオブジェの立体構造や曲線を、影の階調をうまく使って平面に落とし込んでるんですよね。構造を的確に伝えつつ、一枚の画として完成していて、すごいなーいいなーと思った。一番上の直線的な影の入り方も美しい。
これめちゃくちゃ計算してやってるんだろうなと思っていたら、次の章のパネルに「影は写真にとられ平面に現れるとたちまち作品と等価な造形物となる」って発言が引用されていて、あっやっぱり! と嬉しくなった。
作品パネルだけでなく実際の誌面も展示されてて、コラムの雰囲気が感じられてよかったな。見開きページの両端に「A・P・N あ・ぷ・ん」って模様みたいにレタリングされていたのが昭和感あってかわいい。
大辻清司「なんでもない写真」
「アサヒカメラ」に連載されていた「私の解体──なんでもない写真」の作品群は、展覧会タイトルに使われていることもあって、スペースが割かれていました。
パッパと目についたものを撮る自分と、その作品を見てなんでこんなもん撮ったのかと分析する自分に分かれた、写真による自己分析ってことなのかな。
パネルに飾られた写真一枚一枚を見ても、構図は決まってるし白黒の配分も見ていて心地いいし、人物たちの表情や動きからなんらかの物語を感じさせるような面白いスナップなのですが、雑誌の誌面ではそのうちの2枚を見開きに並べているんですね。
家の玄関先を見下ろしたショットと階段を見上げたショットを並べたり、一点透視の構図が似ているものを並べたりとかチョイスはさまざまなんですが、見ていると脳が勝手にその2枚を対比させたり、物語的なつながりを補完したりしてしまう。この見え方の違いがすごく面白かった。
牛腸茂雄「桑沢デザイン研究所課題」
桑沢デザイン研究所でデザインを勉強していたら大辻に写真の才能を見出されて引っ張り込まれた牛腸。「空」「テクスチュア」「多重露光」とさまざまな課題の作品が展示されていたんですが、そら「造形感覚と写真の旨味に対する勘は、誰が見ても際立って見えた」「もしこれを放って置くならば教師の犯罪である」とも言うわと思わされるハイセンスさでした。
とくに「空」はお題の解釈の尖りっぷりと、ハイコントラストでミニマルな画面に痺れてしまった。ネットを映したやつがとくにイイ。
サブ展示「実験工房の造形」
サブ展示は大辻と関係の深かった美術集団「実験工房」の作品があれこれ見られました。
国立近代美術館のコレクション展で見た山口勝弘「ヴィトリーヌ」シリーズがまた見られて嬉しかったな。
絵やレリーフ状の立体にタイル状のガラスパネルを重ねた作品群で、角度によって見え方がかわる様が本当に楽しい。作品の前をうろうろ歩き回ってしまった。
駒井哲郎の版画もよかった。とくに「月のたまもの」のざらりとした風合い、不気味なのになんだか楽しげな画面が印象的でした。
金属製の大きな翼のような北代省三「蝕る日の軌跡」は、展示室内を大きく横切る異質感がクール。照明を受けて床に落ちる影も含めてひとつの作品という印象を受けました。
コレクション展
企画展のチケットで、5Fのコレクション展も見られます。今回はなんといっても伊藤若冲「乗興舟」が見られて嬉しかった! 企画展がモノクロ主体の写真展なので、それに合わせてのチョイスですね。
若冲と大典禅師(相国寺の禅僧で若冲の支援者)が淀川を舟で下った思い出をまとめた絵巻で、舟上で若冲が描きとめたスケッチに、大典が詩の断片を添えたもの。こういうラフで私的なセッションを、あえてフォーマルな拓本様式で刷り上げるギャップに知識人の遊び心を感じるぜ。
画面も、キリッとした黒地に迷いのない白の描線、グレーのグラデーションがなんともシックで素敵なんですよね。添えられた詩も繊細で流麗な手跡。
(そういえばNHKドラマ「ライジング若冲」が川で舟に乗ってイチャイチャする若冲と大典のシーンで終わったのはこの作品をイメージしたのかな。
喜多川歌麿「銀世界」は雪がテーマの狂歌絵本。
障子越しのお座敷の人影を二重の薄墨で表現した見開きがすごく冴えててよかった。障子、衝立、芸者の配置。画面構成うますぎんか?
QRから公式サイトの所蔵品ページに飛べて全ページ見られるのも嬉しい。
和製エドワードホッパーみたいな井上安治「銀座商店夜景」も光と影のコントラストがよかったなあ。温かみのある夜の風景。
その他メモ
企画展の作品リストは展示室内に置いておらず、掲示されたQRからPDFを見るか、係員さんに言って出してもらう形式です。メイン展示だけでも12pあるからなあ。
また、展示室内の撮影は、メイン企画展示室が禁止で、サブ展示室は撮影可(ただしSNSへの投稿は展示期間中のみ)。常設展は一部作品を除き原則撮影可でした。
図録は展示されたすべての写真が載っているわけじゃないので、お気に入りの作品が載っているか確認した方がいいですね。でも後期展示の作品がたくさん見られるし資料やコラムも充実しているので買ってよかった。作品ざっと見ただけじゃ理解しきらんものね。
造本もおしゃれなんですよね。ざらっとラフな風合いのグレーの表紙(タブロ?)と、プリント写真をイメージしたであろうツルッとしたPPの幅広帯のコントラスト。文字は黒インク印刷だけど、記号部は白箔押しと、全体の色調はモノクロームでまとめつつ質感で変化をつけてるんですね。こういう本としてのこだわりが見える図録ってついつい手元に置きたくなってしまう……。