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7.珊瑚

 湿った独房に幽閉されて、何か月が過ぎただろう。今の楽しみは味のきつい三度の食事だけ。機械的な味にもすっかり慣れてしまった。そして、心を癒してくれるのは窓からの景色。どこまでも湿地帯が続いている。もうすぐ陽が沈む。ただれた夕日を見つめすぎたので、眼を閉じても赤い色がいつまでも残った。
 いつのまにか、眠っていた。巨大な森の中の一輪の花が、悲しく笑っている夢ばかりを見る。いつになく身体がだるい。耳がぬるぬるする。服を脱いでみると、全身にさまざまな色の菌子が芽をふいていた。皮膚はかつての弾力を失い、押すと指はどこまでも入った。

 外を見て驚いた。一夜で湿地帯が赤く染まっていた。まるで珊瑚草のようだ。私はノトロ湖畔の珊瑚草を思った。秋口の珊瑚草は、少し疲れた煽情的な赤さだった。ここの色もくすんでいる。褐色に近い。どうやら植物ではないらしい。

 歯車。おびただしい数の錆びた歯車が、湿地帯を覆っている。錆が溶けて、一面の血の池地獄だ。歯車の下には産死した女性たちが沈んでいる。彼女たちの腐肉を栄養に、歯車が増殖している。歯車は肉に入り込み、肉の中で交接し繁茂する。見つめすぎたので赤錆色が眼の奥に住みついた。

 また、眠っていた。陽の光りに照らされて目覚めた。あたりが赤く見える。何を見ても赤い。山も空も赤を隠し持っている。身体がだるい。痛む肩を見ると、肉が破れ小さな歯車がひとつ芽を出していた。すでに錆びかけている。私の全身に歯車が生えるのだろうか。錆びた歯車と菌子に包まれて新しい珊瑚草の苗床になる。私はだるい身体を、とりあえずその夢にゆだねた。

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