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6.爍

 スナック「赤いオーロラ」の扉は、強制収容所のドアのように、わざと錆びている。いつも、赤錆が手に残る。壁は、重そうなカラマツとつややかなレンガを交互に重ねた縞模様。ところどころに、牛の骨が埋め込まれている。前に来た時よりも、骨の数が増えた。客の胃の中におさまった牛たちの遺骸かもしれない。

 天井に星が写る。タクラマカン砂漠にいるようなおびただしい星の数。急にゆるゆるとした土星がアップになり、ゆっくりと木星に変身する。木星は、たえず切なく叫んでいるようで、見ていてつらくなる。「辛いわね」。何時のまにか、隣の席に若い女性が座っている。「お酒は、二人の方が心地よく酔えますよね」。私は苦笑した。

 「綺麗」。彼女は私の顔を見て言った。「おいおい」「脳が光っている」「僕には、脳はない。何かが生まれるための羊水が満ちているだけ」「ミントグリーンの炎のように美しい」。彼女の脳も赤く光っているように思えた。顔を近付けると、炎が強さを増して揺らいだ。「すっごく、相性、いいみたい」

 少しの会話を交わした後、セーターの胸の部分をディスプレーモードに変え、お互いの嗜好や思い出を写し出して映像の会話を交わした。イカが身体の模様を変えながら求愛するように。最初は慎ましやかに、やがて大胆に自分をさらけ出した。「初対面なのに」「私も不思議な気持ち」。二人の炎はからみ合った。もうディスプレーはいらない。肌で会話がしたい。

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