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ロバート・アルドリッチ監督作『合衆国最後の日』特別解説:YouTube初無料公開記念

モンタナの熱い日  小野里徹

 まずは『合衆国最後の日』がイギリスで劇場公開された時のポスターをご覧いただきたい。天を突く巨大なミサイル、赤く染まった空を舞うヘリコプター群、地上に展開する特殊部隊、機関銃や拳銃が火を吹き、一体何が炸裂したのか炎まで吹き上がっている。バート・ランカスターとリチャード・ウィドマークという2大スターの競演をメインに、脇役たちも駆り出して埋められた画面。この物々しいイラストと「ロバート〈特攻大作戦〉アルドリッチが今まさにボタンを押しスクリーンを吹っ飛ばす!」というキャッチコピーが踊るポスターを目にすれば、誰だって只事ではないスペクタクル映画を期待して映画館に吸い込まれるはずだ。

 ところが開巻早々映し出されるのは自由の女神の粗い写真、そして手書きのタイトル文字「Twilight’s Last Gleaming」(黄昏の最後の輝き)、それとともに流れ出すのはジェリー・ゴールドスミスの勇壮な音楽などではなく、黒人歌手ビリー・プレストンによる「我が祖国、汝のもの」というゴスペル調の曲(ベースになっているのはイギリス国歌だ)。まるでアメリカン・ニューシネマのような出だしに、ロンドンの繁華街レスター・スクエアの大劇場へやって来た観客たちはさぞかし戸惑ったのではあるまいか。そして物語が進むうちにやがて抱くことになる「この映画、あのポスターと同じ映画か……?」という予感はほぼ的中することになる。
 だがしかし、監督は『北国の帝王』(1973)、『ロンゲスト・ヤード』(1974)と立て続けに男たちの戦いを骨太な演出で描いて見せたあのロバート・アルドリッチである。彼が初めて挑んだ近未来ポリティカル・サスペンスが『合衆国最後の日』(1977)なのだ。

 舞台は4年後の1981年、ヴェトナム戦争下で濡れ衣を着せられ投獄されていた元空軍大佐デルは仲間を誘って脱獄、自身が設計に携わったモンタナの地下ミサイル発射基地に侵入し占拠する。大陸間弾道ミサイル9基の発射ボタンを手に、ヴェトナム戦争に関する機密文書(「ペンタゴン・ペーパーズ」がモデルか)の公開、1千万ドルの逃走資金、エアフォース1、そして人質として他ならぬ合衆国大統領を要求するデルたち。彼らと渡り合うのは大統領をはじめ国防長官、CIA長官ら各セクションの参謀、そしてデルの宿敵とでも言うべきマッケンジー将軍。必然的にドラマの主な舞台はミサイル基地のコントロール室、マッケンジー将軍の詰め所、ホワイトハウスの3カ所となり、駆け引きや命令のやり取りは通信で行われることになる。つまりこの映画のサスペンスの大半は会話劇で作られている。

 そんな風に書くと退屈そうに思えるが断じてそんなことはない。いぶし銀の名優たちによる演技合戦がドラマを強力に牽引するのでご安心を。

 主人公デルにはバート・ランカスター。ルキノ・ヴィスコンティ作品『家族の肖像』(1974)、ベルナルド・ベルトルッチの大作『1900年』(1976)、そしてカルロ・ポンティ製作のパニック映画『カサンドラ・クロス』(1976)などに出演して重厚な存在感をアピールしたばかり。対するマッケンジー将軍には曲者リチャード・ウィドマーク(定番の吹き替え声優・大塚周夫の声が聞こえて来るようだ)。そして『狼たちの午後』(1975)でも立て籠り犯と対峙したチャールズ・ダーニングが庶民的な良識派の大統領を演じる他、国防長官には『チャンス』(1979)が印象深いメルヴィン・ダグラス、国務長官には『第三の男』(1949)のジョセフ・コットンといった面々が脇を固める。デルの脱獄仲間には『ターミネーター』(1984)のポール・ウィンフィールド、もう1人は「ロッキー」シリーズのバート・ヤング。その他マニアックなところでは、ブラック・エクスプロイテーション映画『吸血鬼ブラキュラ』(1972)のウィリアム・マーシャル、『グリズリー』(1976)のリチャード・ジャッケル、『ブレードランナー』(1982)の冒頭でレオンにやられるホールデンことモーガン・ポールが顔を見せていて60年代生まれにはたまらない。

 さらにフォローしておこう。実はイギリス版ポスターがそれほど嘘をついているわけではない。派手な爆炎を除けばミサイルもヘリコプターも数こそ少ないがすべて本編に登場する要素である。中盤にはこの映画最大の見せ場であるミサイル発射シーンが分割画面を駆使して展開し、まるでコンソールに向かって手に汗を握りながら第三次世界大戦へのカウントダウンを見守るかのようなスリルを味わうことが出来る。ジェリー・ゴールドスミスの緊迫感みなぎるスコアもここぞとばかりに盛り上げてくれる。果たしてデルたちの取った行動は報われるのか?

 ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件のトラウマから来るべきロナルド・レーガン時代へ。その狭間で語り直された新たな『ダラスの熱い日』(1973年のバート・ランカスター主演作)。それが『合衆国最後の日』という<ミサイル>だったのかも知れない。

小野里 徹(POSTER-MAN)
1965年生まれ。海外版オリジナルポスター、ロビーカード、スティルなどの紙資料を収集する映画偏愛家。鎌倉市川喜多映画記念館、国立映画アーカイブの企画展示、新文芸坐でのロビー展示へのコレクション貸し出しの他、執筆活動としては「別冊映画秘宝 ブレードランナー究極読本」(洋泉社)、『暗殺の森 4K修復版』UHD+Blu-rayのブックレット解説など。

★『合衆国最後の日』をシネフィルWOWOW プラス公式YouTubeにて7月12日(金)21時から2週間限定無料公開

(P) 1977 Geria II / Bavaria Atelier/ Lorimar Productions ©2012 restored version by Bavaria Media GmbH


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