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徹底的に人力を使わないカナダの介護

以前も書いたけど、この点において、カナダは徹底されているのがすごい。
自分の力で患者を動かすことが染み付いている(しかも一人で)私は、なかなか馴染めない。けれど、人力を使わないことは長い目で見れば自分にとってもクライアントにとってもいい事だらけ。

今は日本の病院では、スライディングシートやベルトが一般的になっているんだろうか?日本を離れて2年。少なくとも2年前は、あまり一般的ではなかった。1つの病院(500床以上)にリフトは一台もなく、1つの病棟にスライディングシートは1,2枚のみ。あっても、あまり使い慣れていないから、よほど体の大きい患者さんや、褥瘡リスクが高い患者さんにしか使ってなかった。なので、使うのを忘れるか、使うときはわざわざ所定の保管場所まで取りに行って使用しなければならない、という手間があった。

一方、カナダは一人1枚ある。取りに行く必要はない。むしろ、体の下に敷きっぱなしである。

スライディングシート
患者さんを移動するときや、体位変換するとき体の下に敷いて使用する
ベルト。患者さんの立ち上がり介助や歩行介助のとき、患者さんに装着し使用する。これらを装着しないで介助し、万が一患者が怪我をしたら訴えられるらしい。

ところが、私が働いているお宅では、お母さんやお父さん、以前働いていたケアギバーがとてつもなく力持ち(失礼ながらまるで巨人)なので、人力で100%やってしまう。まあ、その方が早いと行ったら早い。

なにしろ、患者の体を動かす際には、たとえ10cmのスライドさせるためでも、いちいち患者を右や左に転がしてシートを下に入れてから、二人一組でヨイショとシーツごとスライドする。まあ、シートを使わず人力でやれば1秒で終わるので巨人の人たちが、シートを使わないのも無理はない。

で、私も昨日新しいナースと一緒に夜勤だったのだが、私はその調子でクライアントの体を10cmくらい中央にずらしたかった。クライアントはあまり重くないから、いくら巨人じゃない私でも二人一組で引っ張ればずらせる。でも、新しい人はキョトンとして私の意図が飲み込めなかった。そして、その代わりにシートを使おうと提案された。つまり、彼女は人力で患者をスライドさせる発想はまったくなかったのだ。

ああ、そうか!シートを使うんだった! カナダでは!
その時私はしばらくぶりにスライディングシートを使うことを思い出した。
実は、うちではシートではなくてソーカーパッドという湿気や尿などを吸収する布状のシートをスライディングシート代わりに使っている。(実習ではそれをスライディングシート代わりに使うことは禁じられていた。)

同僚の元ナースが働き始めたとき、彼女も最初はスライディングシートを使うことを提案した。カナダでは患者の体を動かすときは、スライディングシートを使うことが徹底されているのだ。しかし、クライアントのお母さんはスライディングシートを使い慣れておらず、また、敷きっぱなしにしていると必ず体がずり下がってしまうため使用は却下された。何しろお母さんは、すごい力持ちなのでクライアント(93ポンド、約42kg)を一人で抱えあげることができるのである。

それっきり、シートを使うことを私は忘れていたし、普段から日本式に患者を人力でスライドさせることに慣れてしまっていた。
*ちなみに、日本の看護学校ではボディメカニクスと言って、人力で患者を動かす効率的な方法を教えている。私の体には、その動作が染み付いているのであった。

これは、反省だ。やっぱり、いくらボディメカニクスでも腰を痛める。
ちなみに、実習した施設では、患者を10cmだけ頭側にずらすといった際にも、シーリングリフト(天井からぶら下がっているリフト)を使用していた。シーリングリフトを使うためには、患者にまずスリングといってリフトに患者をぶら下げるための布を装着しなければならない。それが、ひと手間かかる。でも、そのひと手間が、カナダの介護現場では慣れているので手間とも感じない。むしろ、リフトでしか動かせない場合もある。体重100kg以上の巨漢もざらなので。その巨漢患者にスリングを装着するのはひと手間ではなく、二人がかりでも大変。しかも、時々暴力も来る。例えてみれば、スキを見てパンチしてくる小錦をクレーンでぶら下げるようなもの。

とにかく、人力でぱぱっとやるのが優先してしまう日本。なぜ日本はリフトやシートが普及しないのか。医療資源は日本のほうがふんだんにあるのに。
お金の問題じゃない、"手間がかかる、人がいない"などのそういったバイアスがある気がする。これは、普及させるのに発想の転換が必要だろう。

たしかに、シフトやシートを使うのには手間がかかるし、人員も必要だ。一人でシートやリフトのスリングを装着するのはやはり負担になる。患者も、早くやってと急かしてくるだろう。カナダの病院は、シートやリフトを使うことが決まりになってるから、むしろ患者を動かすのに必要人員が不足してたり、リフトがなかったりすると患者を動かすことができないのだ。(つまり、体がずり下がったまま放置ということはよくある。看護師などに頼んでも、時間がない、人手不足などと当たり前に拒否される)

エコーなどの検査のために、クライアントを病院などに連れて行くことがある。その際、ちいさな検査室などではリフトがないことがある。テクニシャンは「動かせないわ」と困惑する。すると、お母さんは、よっこいしょとクライアントを車椅子から持ち上げて検査台に載せたりする。日本だと、そもそもリフトなどないから、看護師、看護助手、放射線技師の総勢3,4名でよっこいしょして台に載せていた。

日本の病院では、2,3人がかりで患者をで車椅子からベッドに持ち上げるということは普通にやっていた。何しろ、リフトなんぞないから。(スライディングボードという車椅子からベッドへ渡す板みたいのは存在する)。今思えば、重かったなぁああああ・・・

回復期リハ病棟にいたとき、両膝が固定されてて自力で立ち上がるのが困難な患者さんをトイレに連れて行くのが本当に大変だった。まず、車椅子の肘掛けを外す。(側面が外せるようになっている)。ベッドと車椅子の間にスライディングボードを設置して橋にする。滑り落ちないように、二人がかりで介助して車椅子に座らせる。トイレに運んだ後、トイレの便座と車椅子の間にスライディングボードを設置する。そして、ようやくトイレに座る。患者の体を一人の看護師が支えて患者に中腰になってもらいオムツを外す。おむつを外したり、つけたりおしりを拭いたりするのも結構たいへんだった記憶がある。なにしろ、体重も結構ある。1日6回トイレに行くとして、今思えば結構な重労働だったように思う。そういう患者さんがもちろん一人ではない。

私が、その病院で働き始めてからわずか2日程度で、背中と首を痛めてしまって整形に通ったのも無理もない。

あの病院にリフトがあったらどうだったか。
介助はだいぶ楽だっただろうな。
ただ、トイレが狭すぎて移動式リフトが入らないし、30名の患者に対して、夜勤は看護師2名。2名で一人の患者の介助をはじめると、他の患者からのコールに対応できない。待ちきれなくて、立ち上がれないのにトイレに行こうとして転倒、そもそも手術したことを忘れて車椅子も杖もなしに彷徨って転倒。「家に帰る」と、着替えてしまって深夜の病院から逃亡しようとする認知症患者。今思えば、よく事故がなかったもんだ。

カナダの病院や施設も、人手不足だ。深夜のトイレコール、どうやって対応していたのかな?基本は、無視だったと思うけど。(カナダでは消灯後はトイレには連れて行かない。おむつ交換もしないと聞いたことがある。うちのクライアントもそう。寝たきりなのに体位変換もしない。)

日本の病院や施設にリフトが導入される日は遠そうだ。

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