Lotus/私を連れ出して

※心霊物苦手な方は、読むのやめたほうがいいです。そういうふうに書いてるつもりじゃないけど。

なんだか、両A面の8インチCDのようなタイトルになりましたが、これが紛れもない今日の私のタイトルです。

今日は朝から、Lotusって言葉が出てきた。ロータス。今日私は自分の感情を、蓮の花、蓮根、仏花の日と名付けた。おいおいさっき今日は建国記念日で、神道って言ってたばっかじゃんw しかし、逆らおうとして逆らわなくてもふと口をついて出てくることが、その日の自分だ。でもきっと、その日に花の名をつける行為も、そのうちフェードアウトすると思う。なぜかというと、花が迷惑する気がするから。花は物を言わない。人間は、自分を中心にして、言わぬが花、と言うけれども。

でも仏花というのは、少し理解ができた。今日私は、じじつ、手向けたのだ。一人の女性に。菊とか彼岸花、じゃないんだ。きっとその女性は、仏なのだよ。仏になるから、私はロータス、を選んだ。

先週とある喫茶店の一番端の席に座っていた、性別がわからなくなるぐらい、そこにずっといた人。私の概念とも本当の霊体とも取れるひと。私にとっては、概念でも霊体でも、それはどちらでもよいのだよ。とにかく切れ長の目の美しい人なのだが、その人はおそらく、私と共に、梅島を後にした。いっしょに私の家に入る。別にどちらでもよかったのだが、塩を撒いた。少し重たさを感じたためだ。そして何か、撒いて欲しいような感じがしたから…。

そしてその人は、私の右肩をつかんで、許さない、と言った。肩を掴んだ手を、そっと触った。そのときはじめて、ああ女性だったのだと確信した。純粋に、かわいそうだと思った(あと、怖いともな…)。でもきっとあの、昔キャバレーだった喫茶店を出て、彼女は初めてそう、言えたのではないか、と思った。ずっと言いたかった言葉は、あそこでは決して言うことは出来なかったのだろう。だれかに連れ出して欲しかったのかな、と思った。

塩を撒いたり、結界を張ることは、除霊というより、浄化なのでは、とも思った。本当にその人が口にしたかったこと、、たとえそれを伝えたいお相手が、その時間、その空間にいないとしても、想念というものがあるのだろう。仕方なく私に伝えたのだろうけど、言えただけ、少しは気分は楽になったのだろうか。

目に見えても、見えなくても、沢山のひとやもの、ことが、連れ出されて、陽の光を浴びたら、良いのかもしれない。花、あるいは花の名前のように。ただしそれを相手が望んでいるならば。





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