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ヨセコウの価値がフィボナッチ数列で表されることを証明する

コウの解析(中村貞吾 著) によると、本コウの価値はその出入りの$${1/3}$$、1手ヨセコウは$${1/5}$$、2手ヨセコウは$${1/8}$$、3手ヨセコウは$${1/13}$$, …… と続いていき、$${n}$$手ヨセコウの価値は $${1/F(n+4)}$$ になる、とある。
ただし $${F(n)}$$はフィボナッチ数
$${F(0) = 0, F(1) = 1, F(n + 2) = F(n+1) + F(n)   (n \leq 1)}$$
であって、最初の数項は$${\{0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, …\}}$$である。

これを証明する。

0. 前提および記法の整理

仮定1. 現局面は、出入り $${2M}$$目の後手ヨセが盤面上最大の手であり、この大きさの後手ヨセを白黒双方が何度でも打つことができるものとする。

例1: $${M=0.5}$$ の後手ヨセ

Aの出入りは1目。Mはその半分とする

例2: $${M=3}$$ の後手ヨセ

Bの出入りは6目

手番を無視すると、例2のBを打つ前の局面は、黒がBを打って白地0目となった局面と、白がBを打って白地6目になる局面のちょうど中間と言える。したがってこの局面の平均値は白地3目である。上のヨセを打つと、平均値白地3目の局面から、手番によって±3目の変化が生じる。局面の平均値の増減は3目、これは出入りの半分である。
実戦では出入り計算によってヨセの大小を判断するのが適切である。一方で、手番の影響を平均化した「局面の平均値(=ある局面から黒が着手した図と、白が着手した図の平均値)」による議論が本記事では有用であるから、出入りを$${2M}$$目と置くことにする。

仮定2. コウダテは双方にとって必要十分な大きさのものが何度でも打てるものとする。また。出入り$${w}$$目の後手ヨセが発生するコウダテを$${K(w)}$$と書く。$${w}$$をコウダテの大きさと呼ぶ。

例3: 白番で、$${K(10)}$$のコウダテ

白がAに着手すると出入り10目の後手ヨセが発生する。

必要十分な大きさのコウダテとは、コウが解消したときに、コウダテを連打することによる利得と、コウが解消したことによる利得がピッタリ釣り合うような大きさのコウダテのことを指す。

出入り計算による目数と、局面の平均値の差分はコウの文脈ではどちらを指すものかわかりにくい。本記事ではこの両者を明確に区別して記述する。

定義1: コウの大きさ、コウの出入り
コウの大きさとは、コウ取りによる局面の平均値の差分のことを指す。
コウの出入りとは、双方がコウを解消した2局面の平均値の差分のことを指す。

本コウではコウの大きさはコウの出入りの$${1/3}$$となる。
例4: 大きさ5目、出入り15目の本コウ

白がコウを解消すると白地7目 黒がコウを解消すると黒地8目 双方の出入りは15目である。
黒がAとコウを取る手の大きさは5目となる。
仮定1. 2. の下では、Aのコウ取りと出入り10目の後手ヨセは価値が等しい。
コウを取り合った両局面の差分がコウの大きさ = 5目
コウを解消し合った両局面の差分がコウの出入り = 15目

1. 補題

定理の証明に必要な補題を用意する。
以下、ヨセコウが不利な側を$${D_{ad}}$$、有利な側を$${A_{ad}}$$と表記する。

補題1. コウの大小
$${n}$$手ヨセコウを1手ヨセた$${n-1}$$手ヨセコウの大きさは、元の$${n}$$手ヨセコウの大きさよりも大きい。

ヨセコウをヨセるとコウが大きくなる、という主張である。
ヨセコウのダメを詰める手はヨセる側の解消に近づくため、$${D_{ad}}$$にとって正の利得があるはずである。したがって$${D_{ad}}$$の取り番の局面の平均値は$${A_{ad}}$$側から$${D_{ad}}$$側に移動する。この局面から$${A_{ad}}$$は解消のためにコウの大きさと等しい大きさの手を2回打つことになるが、解消による利得はヨセる前と等しくなる(ダメを詰めた手がほかに影響を与えないという仮定を置いている)。
したがって1手ヨセた形のコウは、ヨセる前のコウよりも大きくなる。□

補題2.  ヨセコウのコウダテ
$${n}$$手ヨセコウを$${D_{ad}}$$が$${k}$$手ヨセたあとに$${A_{ad}}$$が解消した場合のコウダテによる利得は、その途中で$${m}$$手ヨセた$${n-m}$$手ヨセコウでのコウダテを $${K(w_{m+1})}$$ としたとき、以下のように表せる。ただし正の符号を$${D_{ad}}$$からみた利得にとる。

$$
(kが奇数の時のコウダテ利得) =  w_{k+1} - w_{k} - w_{k-2} - \cdots - w_1  \\
(kが偶数の時のコウダテ利得) = w_{k+1} - w_{k} - w_{k-2} - \cdots - w_2- w_0 
$$

ここで、$${w_0 = M}$$である。

コウダテの大きさ$${w}$$は盤面上最大の後手ヨセ$${M}$$よりも真に大きいはずである。(そうでなければ、コウダテが機能しない)
コウ解消後のコウダテの処理は、大きい順に行われるため、補題1. より、
本コウのコウダテ → 1手ヨセコウのコウダテ → …… の順にコウダテを処理することになる。
$${D_{ad}}$$がコウを解消した場合、コウダテはすべて$${A_{ad}}$$が立てたものとなる。本コウのコウダテは$${A_{ad}}$$に権利があり、以降$${D_{ad}}$$ → $${A_{ad}}$$ → …… と交互にコウダテを処理していく。したがって奇数手ヨセコウのコウダテはキャンセルされる。

$${A_{ad}}$$がコウを解消した場合、本コウのコウダテのみ$${D_{ad}}$$が立て、それ以外は$${A_{ad}}$$が立てたものである。本コウのコウダテは$${D_{ad}}$$が連打し、1手ヨセコウのコウダテは$${A_{ad}}$$が連打する。以降順にコウダテを処理していくと、偶数手ヨセコウのコウダテはキャンセルされる。
したがって、コウダテによる利得の合計は$${D_{ad}}$$から見て表式のように表される。 □

補題3. フィボナッチ数の性質
フィボナッチ数について、以下が成り立つ。

$$
1  = F(1) = F(2) \\
= F(3) - F(2) \\
= F(4) - F(3) \\
= F(5) - F(4) - F(2)\\
=\cdots \\
= F(2n) - F(2n-1) - F(2n-3) -\cdots - F(3)\\
= F(2n+1) - F(2n) - F(2n-2) - \cdots - F(4) - F(2)
$$

定義式、 $${F(2N + 1) = F(2N) + F(2N-1)}$$ を再帰的に用いて、$${F(2N+1) = F(2N) + F(2N-2) + \cdots + F(2) + F(1)}$$ を得る。これは表式の最左辺と再右辺を結ぶ等号と同値である。他の式も同様の手続きにより得られる。□

上の表式は$${F(N)}$$を一意に定めるので、補題3. の逆が系として得られる。

系3-1. フィボナッチ数の性質の逆
補題3. の表式を満たすならば、$${F(N)}$$はフィボナッチ数である。

2. 定理の証明

定理. $${n}$$手ヨセコウの大きさ

$${n}$$手ヨセコウの大きさはコウの出入り $${b}$$ に対して $${b/F(n+4)}$$ である。

補題2. から、コウの解消による利得まで含めた合計の利得を計算できる。簡単のため、$${A_{ad}}$$がコウを解消した局面の目数を双方0目とし、正の符号を$${D_{ad}}$$側から見たものとしてとる(WLOG)。

$${2n+1}$$手ヨセコウについて、$${D_{ad}}$$がコウを解消し、コウダテを全て処理したあとの局面の目数は、

$$
w_{2n+3} - w_{2n+2} - w_{2n} - w_{2n-2} -\cdots -w_2 - w_0
$$

である。ただし、$${w_{2n+3} =b}$$とする。

一方、$${D_{ad}}$$が$${k}$$回ヨセた後に$${A_{ad}}$$がコウを解消し、コウダテをすべて処理した局面の目数は

$$
(kが偶数のとき) w_{k+1} - w_{k} - w_{k-2} - \cdots - w_0 \\
(kが奇数のとき) w_{k+1} - w_{k} - w_{k-2} - \cdots - w_1
$$

である。kが偶数の時には最後に白が後手ヨセ$${M (=w_0)}$$を着手することに注意。

また、双方がコウダテを立てずにコウを解消した場合、


$$
w_0 (=M)
$$

が解消後の目数となる。

さて仮定1. 仮定2. により、双方が必要十分な大きさのものだけを着手する仮定の下で、これらすべての目数は等しい。
以上より、

$$
M = w_0 \\
 = w_1- w_0 \\
= w_2 - w_1 \\
= w_3 - w_2 - w_0\\
= w_4 - w_3 - w_1 \\
= w_5 - w_4 - w_2 - w_0\\
= w_6 - w_5 - w_3 - w_1\\
= \cdots\\
=  w_{2n+3} - w_{2n+2} - w_{2n} - \cdots - w_0
$$

これは補題3. の辺々を$${M}$$倍したものに等しい。
したがって、 $${b = w_{2n+3} = F(2n+5)M}$$

同様の議論によって $${2n}$$手ヨセコウについても、$${b=F(2n+4)M}$$が導出される。

したがって、$${n}$$手ヨセコウについてその出入り$${b}$$と損得が釣り合う最大の後手ヨセ$${M}$$を用いて、$${b=F(n+4)M}$$が成り立つ。これが定理の主張である。□

3. おまけ

定理の系として、必要十分なコウダテの大きさがわかる。

系. 必要十分な大きさのコウダテ
$${n}$$手ヨセコウを$${k}$$回ヨセたコウと釣り合うコウダテの大きさは $${w_{k+1} = F(k+3)M = bF(k+3)/F(n+4)}$$である。

フィボナッチ数の隣接2項間の比は黄金比(≒1.61)に収束していくのだが、これは項数のかなり早い段階でも良い近似を与える。
遠い遠い将来、盤面が非常に大きくなって、例えば10000×10000くらいの碁盤で囲碁が打たれるようになったときに、この知識は重宝するのではないかと思う。
すなわち、ヨセコウのサイズは1手寄せるごとに約1.6倍になっていくのである。これでフィボナッチ数を覚えたり、初項から逐次的に計算しなくてもある程度コウの大きさが見積もれるのではないだろうか。

19路盤では無用の知識である。
3手ヨセコウはコウにあらず、という格言があるが、3手ヨセコウは出入りの13分の1の価値なので、例え出入り100目の3手ヨセコウがあったとしても、それは出入り約15目の後手ヨセと等価値となる。
同じサイズの2手ヨセコウは出入り25目の後手ヨセと等価値なので、やはり格言というのは的を射ている、という感想でこの記事を締めることにする。

※ 証明部分はちゃんと書いたつもりなのですが、間違いがあったらこの記事の性質上良くないので、小さな間違い(誤変換、誤字、脱字、考えればすぐに読者側で修正できるミス等)でも指摘していただけると助かります。
Twitter: @cidolfas まで連絡ください。

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