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ペリー(洋梨のお酒)復活の兆し

コロナ禍が始まる前2019年の話なのですが、フィナンシャルタイムズ紙に非常に興味深い記事が掲載され、当時サイダー生産者たちの間でたくさんのシェア拡散がされていました。
当時私自身も深く頷きながら記事を読んで要約しながら、その時の感想を書いてしたためておりました。
最近ヘレフォードの生産者と話す機会があり、たまたまペリーの話になり、ペリーの復活ぶりは目を見張る感じだという状況を聞き、この記事の件をふと思い出しました。日本のペリー(洋梨酒)好きの方に記事の内容をご紹介出来たらと思います。

記事によれば、イギリスにおける生産者にとってのペリー(洋梨酒)のポジションは風前の灯火状態だったのですが、ところが今、復活の兆しが見えているというのです。

ペリー(洋梨酒)用の洋梨(ペリーペアー)は、ほんとに生産するのが難しい、生産者泣かせの品種です。
というのも、そもそも樹の成長が遅く、まともな果実を収穫したいのであれば少なくとも20年を要し、さらに実自体が固く小さく酸が多い。その上、収穫のタイミングが難しく、読み誤ればすぐに腐敗を招いてしまう危険性が大きいし、収穫後のプレスのタイミングも収穫後すぐに行わなければ、上質なペリーになりうる果汁を絞ることすらできないのです。

そうはいっても、出来上がった黄金色に輝くペリーはサイダーより香り高く、ワインより飲みやすく酔いにくいという特性もあり(多分単純にアルコール度数の違いかと思います)、のどの渇きを潤すには最高の1本には違いないです。かのナポレオン1世はペリーをイングリッシュ・シャンパーニュと呼んでいたという逸話まであります。

しかし、「ペリー」の問題点はそれだけではなく、呼び名自体にも誤解を招きやすいのです。
今までこの文章の記述は「ペリー」としていますが、サイダー(シードル)にちなんで、「ペア・サイダー」といいたくなるのが普通かと思いますが、イギリスにおける「ペア・サイダー」というのは全くの別物で、輸入果汁や濃縮還元果汁に補糖やフレーバーを添加するなどしたものであり、ここで話しているサイダーと同義語で用いられるべき、地元のフレッシュな果汁だけを用いて発酵させたものという意味での対象語は「ペリー」と呼ぶのです。
そう考えるとコマーシャル・サイダー(商業的サイダー)を生産する大手企業生産者が、ペリーを造るにはハードルが高く、言うまでもなくまっすぐに絶滅に向かっていたわけです。

そこでその風前の灯火に火をもう一度ともしたのが、ヘレフォードシャー州のリアルクラフトサイダーのスーパースターで、音楽グループのザ・プロクレイマーズのマネージメントも行うレジェンド、オリバーズ・サイダーの当主トム・オリバー氏。
彼によれば、イギリス人がペリーというと、ベイビーチャム(洋梨で造られた甘いスパークリング)を思い浮かべるかもしれないが、そんなのは1700年代の昔の話。あの時代に脚光を浴びて、その後ずっと陽の目を浴びない暗い場所を歩き瀕死の状態あったけれど、現在はペリーの素晴らしく繊細な味わいに意義を見出す時にきているという。

さらにトム・オリバー氏は、グロスターシャーで一番とされる有名チーズ店、スティンキング・ビショップ・チーズの創始者チャールズ・マーテル氏と共に、1990年代からまずは引き抜いてしまった洋梨の木を再生しようというキャンペーンを行っています。

余談だけれど、私も2019年5月にヘレフォードのサイダー・ファームをいくつか訪問して、試飲の際にちょっとした口直しで出されるのはおおむねスティンキング・ビショップ・チーズのチーズであったし、本当にサイダーによく合うように開発されている商品も多い。何より最高においしいチーズたちばかりだったし、皆スティンキング・ビショップ・チーズのチーズを出すことはステータスの1つのようにも思えました。

訪問時に食べたスティンキング・ビショップ・チーズ

続けてオリバー氏によれば、洋梨は代役がいないし、テロワールの観点からも洋梨の樹を植えること自体に価値を見出せるという。季節の移り変わりに左右されることは癪に障るけれども。オリバー氏のペリーは、ドライタイプと彼が「朝食用ペリー」と呼ぶ洋梨の自然な糖を残した「キーヴィング」のスタイルで造るセミ・スイートなものがあります。

サイダー用りんご同様、ペリー用洋梨も100種類以上品種があり、ワインのブドウ品種のようにそのキャラクターは様々です。例えばロス・オン・ワイ・サイダー&ペリーでは40種類以上のペリー用洋梨を栽培しており、例えばフラクニー・ブレイク種のようなたった6本しかないレア品種などもあり、そのペリー用洋梨を用いて、ブレンドしたタイプや単一品種のペリーを造っている。また、どのペリー用洋梨もニックネームがつけられており、例えば、1825年に植樹の果樹園で一番古いホーマーという品種は、スタートル・コックという別名があり、利尿作用があるからということかららしい。また、1994年創立のグレッグス・ピットでは、300年も続く2エーカーの果樹園の貴重なレア品種37種類を用いて、サイダーやペリーを生産しており、生産方法においては18世紀の近隣のディーンの森から採掘した緑の石を用いてハンドプレスを行っているとのこと。

2019年5月に訪問したサマセットのサマセット・サイダー・ブランデー・カンパニーのジュリアン・テンパリー氏に話を聞いた時もそうだが、先代達が試しに植えたり、気づいたら新しい交配品種が生まれていたり、正直1本しかない樹もあったりして、増やすのすら難しいものも多いという。記事の中で、ロス・オン・ワイ・サイダー&ペリーのアルバート氏が言う通り、「当時植樹した先人たちに導かれて、今ペリー用洋梨をプレスすることができるというとてつもなく大きな特権を与えてもらっている」という表現がペリー生産するという意味として心にしみわたってくるような気がします。

マルヴァーン・ヒルズ ダイモック
たぶんイギリス国内でもペリーを生産している生産者は30ほどしかなく、大半はスリー・カウンティーズ(ヘレフォードシャー、グロスターシャーとウスタシャー)にあり、生産量も大して多くない。そんな中でも新しい試みをフェリックス・ナッシュのような若手生産者が試みているのは記事の表題通り「復活の兆し」と表現してもいいのかもしれません。
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<記事元>Perry: ‘England’s champagne’ comes back from the brink
©2023Marie Tanaka
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