鳥散歩 キジも鳴かずば

 健康維持のために早朝散歩をするようになった。緑ケ丘エッジコース・鴨巡りコース・野鳥の声コース・二丁目迷子コース等々。いくつかのパターンから、天候と足腰の健康状態に合わせてチョイスする。
 
 今日は、田んぼ周遊コース。昨今、あえて農地や山林を取り込んで売りにする団地が増えているらしいが、ここは用地の関係で、結果的に中央公園脇と一丁目の真ん中に農地が残った。

 9月に入っても残暑は厳しいが、高台にある宅地から農道へ降りると、稲穂を渡る涼やかな風が心地よい。やはり散歩は早朝に限る。こんな景色を独り占めだ。
 のんびりと歩き出したところでいきなり後頭部を大音声にぶん殴られた。辺りを見回すが、青々と茂る二番穂に覆いつくされ、主の姿は見えない。
 今の鳴き声、明らかにカラスではないよね。尋常でない気配にたじろぎつつ、声のしたあたりにじりじりと近寄っていく。

 と、みっしり生えた穂の中に不意に鮮やかな赤が浮き上がった。

 瑠璃色に陽光を弾く首、戴く頭部の真紅の肉垂れは、ハートを横にしたような形で、珊瑚で彫られた作り物のよう。黄金に縁取られた鋭い眼、厚い胸板がエメラルド色に煌めく。里山で最もゴージャスな生き物!キジだ。アッシュグレイのショールをふわりとまとい、麦の穂のような尾羽根をピンと立て、こちらを睥睨する姿は、誠に神の使いにふさわしい威容である。

 半歩足を踏み出した姿勢のまま、息を殺して見つめる。と、荘厳なまでにあでやかな首がつーっと伸び、黒い瞳がギラリと彼方を一閃した。獰猛そうな黄色い嘴がクワッと開き、むっちりと筋肉の詰まった逞しい体から、田園風景を揺るがす鳴砲が響き渡る。「QUEOOOOON」。西川貴教の瞬間絶唄とでも形容したくなるようなどすの効いた野太いハスキーボイス。成熟した雄鳥の圧倒的な迫力に見惚れていると、キジの視線が刺す、はるか北、幾重にも続く田んぼの彼方から、お仲間が返事を返すではないか。「くおっ くおーん」と、こちらの声はなんか頼りなげ。だが若々しい艶がある。即座に鳴き返す西川キジ。数泊遅れて返ってきた返事は、少しく遠ざかっている。数度のやり取りの末、若い声はついに聞きとれなくなった。始めは夫婦の鳴き交わしかと思ったが、雄の縄張り争いだったようだ。
 私が若雄だったとしてもこの声にはたじろぐよ。なんとも平和的な賢い選択だね。
 
 しかし、これがハンターの潜む山野なら話は変わってくる。キジは旨い。「キジも鳴かずば撃たれまい。」とはよく言ったものだ。この声では数百メートル離れても所在が割れてしまうこと請け合いだ。野のキジは命がけで縄張りを確保し、雌を迎える。母キジは命がけで子を守る。碧に輝く壮齢のキジは雄々しく胸を張り、見事に垂れ下がった紅い頬を稲の中へ埋めた。
 
 この出会いのおかげで、キジの声を耳にするや田んぼにすっとんでいく日々を送ることになる。野鳥図鑑も買った。田舎ではなかなか入手困難な双眼鏡も購入。美しい、生きた里山の宝玉の虜になってしまった。

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