人でなし VS カルガモ親子

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 梅雨時になると決まって放映される「カルガモのお引越し」。あれを嫌いだというと「人でなし」と罵られかねない。親ガモの後ろを列になってよたよたと小走りについていくコガモ達。それを大の大人が追いかける。朝から晩までしつこくどこまでも。
 適度な距離を保とうと気を使ってはいるようだが、側溝の金網の隙間から落ちてしまう雛がいれば、持参したバインダーで穴を塞ぎ、迷子になりそうなコガモをなんとか親元へ誘導しようと試みる。
 新天地にたどり着くまでの旅が全てではない。運が悪かったり体力がなかったり、環境に適応できないものが生き残れないのは自然の摂理だろう。迷惑千万な話だと思っていた。でもね…

 団地の中央には、蓮池公園がある。休日には釣人が糸を垂れる、のんびり散歩するにはうってつけの場所だ。南西の際にも大きな堰があって、様々な水鳥が越冬に訪れる。もちろんカルガモも住んでいる。

 帰宅途中、団地に入ってすぐの十字路は、信号が変わっても動き出さない車に完全に塞がれていた。新参の車に気づいたお兄さんが数歩こちらに近づき、先頭車の足元を指さしてから手のひらをこちらに向けて止まれのサイン。事故かしら、と訝しく思いつつ車を降りる。周辺には数名の人だかりができていたが、みんな蕩けそうな表情で眉尻を下げている。視線の先には…。リアル「カルガモのお引越し」!

 心優しきドライバーたちに緑のおばさんよろしく道を封鎖してもらい、えっちらおっちら信号を渡っていくカルガモの親子。
 あくまでマイペースのお母さんは振り返らない。水かきのついた、歩行には全く向いていない足で、よたよたとまっしぐらに突き進む。続く雛たちはふわふわの焦げ茶のボディ。お腹は淡い黄色で、おそろいの園児服みたい。クリーム色のほっぺにまんまるお目々。情けない声でひっきりなしに鳴き続けながら、ちっちゃなおしりをふりふり、塊になってお母さんに追いすがる。大きな頭が重いのか、前につんのめっては、生意気そうな嘴を突き出して「ひよひよひよ」。

 こんなものを目の前で見せつけられたら…。

 ああ、触りたい。手のひらにもふもふしたあの子達を包みこんで代わりにお母さんを追いかけてあげたい。でも、生まれたての君たちだけど、ここが正念場なんだ。がんばれ!負けるな!
 「自然の摂理」は、瞬殺で明後日の方向に飛んでいった。

 あ、車が近づく音がする。気づけば、車の前に立ちふさがり、手のひらを突き出し、目を丸くしているドライバーに向けてサインを送っている私。
 「人でなし」を貫徹するのは難しい。

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 5月半ばから連日の夏日予報。大雨か日照りかという極端な天候を繰り返し、6月に入ったばかりだというのにシオカラトンボがちらほら。そのうち田の面に赤とんぼがホバリングし始め、エライコッチャと思っていたら、これはウスバキトンボという外来種で、初夏に大陸から渡ってくるらしい。すごい体力。勝虫侮るべからず。

 風にサワサワと波打つ緑の絨毯は、すでに夏の香りだ。日の出とともに起床し、中田を訪れる。いつものようにのんびり歩みを進めながら、畔で休んでいる鳥たちを観察する。
 今日はおなじみのキジが誰も姿を見せなくて、少し寂しい。

 と、北から二本目の畔に大きな鴨を発見。南側の稲がこんもり盛り上がっていて、カラスの住む休耕地からは見えない絶妙の位置だ。しかし、でかい。おまけに胴体がぷよぷよ不規則に動いている。急いで双眼鏡のピントを合わせる。
 なんと、休んでいたのはカルガモのお母さんだった。翼に抱え込んでいるたくさんの雛。入りきれずに背中からはみ出している、茶色と黄色のちっこいふわふわがもこもこ動く。小さな嘴を不満そうに突き出し、お母さんの懐に強引に潜り込めば、ムギュッと押し出され転げ落ちる他の雛。慌ててお母さんの翼の下へともぞもぞ。か、可愛い。
 これは誰かに教えたい。急いで帰って報告せねば。

 翌日、今度は旦那を伴って中田散歩だ。草刈りしたばかりの休耕地から栗畑を通り過ぎ、みっしりと茂った稲波の向こう側へ歩みを進めると、カルガモの畔が見えてくる。
 
 ん?なにこれ。
 畔の真ん中にお母さんが座っているのが見える。そこからダンダラ模様の帯が手前に向かって伸びでいる。目を凝らすと線がうごめいているような。首にかけた紐をたぐるのももどかしく双眼鏡で確認する。

 いた!カルガモの親子!しかしなんという格好だろう。雛たちは、まあるい体をくっつけあってきれいに整列していた。ふわふわの焦げ茶の背中にレモン色のお腹。ぷっくりほっぺ。おんなじ模様、同じ姿勢。嘴の向きもみんな一緒。長い列に半ば呆れて数えてみれば、お母さんを先頭に畔に並ぶ雛はなんと10羽。これは翼に入り切らんわな。

 先へ行ってしまった旦那を身振り手振りで呼び戻し、畔を指さして双眼鏡を渡す。そうそう。めちゃくちゃかわいいよね。こんな光景が見られるなんて緑が丘の田んぼも捨てたもんじゃあない。なんか誇らしくて、すれ違った散歩仲間にも教えてあげる。一人が犬を連れていたのが少し心配になるが、マイペースな黒柴ちゃんだから大丈夫だろう。
 翌日、目をキラキラさせた散歩仲間から、バッチリ見られたと報告があった。

 今年は稲の生育が速い上にジャンボタニシ対策で水が少ない。すぐに中干しが始まってしまった中田で、再びカルガモの親子に会うことはなかった。

 8月。台風一過の朝。一月以上続いた酷暑は一息ついた感じだが、びしょびしょになった田の面に鳥たちの姿は見えない。ゆっくりと歩みを進める上空から、ヒュヒュヒュヒュと、超音波のような羽音が近づいてくる。周囲を一周して戻ってきた群れが着水したのは、ジャンボタニシの食害で穴だらけになった田んぼで、半ば沼と化していた。浮かんだカルガモは全部で6羽。大きな1羽と小柄な5羽。親子らしい。
 雛の帯を目撃したあの日から、間もなくふた月だ。半分しかいないけれど、あの子達の生き残りかもしれない。確信はないけれど。「心配したんだよ」と心のうちに語りかけ、ゆったりと食事を始めるカモたちになんとなくほんわかする。

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