優れたリーダーが、“失敗した部下”を一切「責めない」理由とは?
はじめに
管理職は「自分の力」ではなく、「メンバーの力」で結果を出すのが仕事。それはまるで「合気道」のようなものです。
管理職自身は「力」を抜いて、メンバーに上手に「技」をかけて、彼らがうちに秘めている「力」を最大限に引き出す。
そんな仕事ができる人だけが、リモート時代にも生き残る「課長2.0」へと進化できるのです。
管理職の命運を決定づけるのは「これ」だ
メンバーが失敗したり、トラブルを起こしたときにどう対応するか。
これは、管理職の命運を決定づける極めて重要なポイントです。
対応を誤ればメンバーからの信頼を失い、正しく対処できればメンバーからの信頼が厚くなる。
そして、その後のチーム運営に決定的な差が生まれるのです。
それは、自分が部下だった頃の経験を振り返れば、簡単にわかることだと思います。
私には、今でも忘れられない上司がいます。
まだ若かった頃に、私が属していた部門を担当していたAさんという役員です。
あるとき、Aさんが壇上でプレゼンをするというので、スクリーンに投影するプレゼン資料の作成を命じられたのですが、当時、私はまだパワーポイントにもほとんど触ったことがありませんでした。
だから、見様見真似で必死になって資料を作り上げたのですが、致命的とも言うべき間違いを犯していました。
少しでもリッチな内容に見えるようにしようと思って、ページをめくるたびに大袈裟な効果音が鳴る設定にしていたのです。
こんなことは、今なら絶対にしません。
ひどく滑稽な演出で、プレゼンの説得力を削ぐ効果しかないからです。
そして、この資料がAさんに恥をかかせてしまうことになりました。
Aさんが誠実な語り口でプレゼンを始めたにもかかわらず、ページをめくるたびに、それをぶち壊しにする効果音が鳴り響くのです。
もはや、コントの世界です。しまいに、会場からは失笑が聞こえてきました。
それでも、Aさんは苦笑しながら、「なかなか賑やかなプレゼンになってきましたね」とジョークを飛ばして、なんとか最後までやり切ってくださったのです。
私は、その様子を見つめながら、自分の犯した失敗に愕然とするばかりでした。
穴があったら入りたかった。ところが、プレゼンが終わってから、縮み上がるような思いでAさんのところにお詫びをしにいくと、彼は、ニコニコしながら私を労うばかりで、一言も責めるようなことはおっしゃいませんでした。
そして、「また、頼むね」と声をかけてくださったのです。
いま思えば、私が、明らかに自分を責めて憔悴しきっていたから、あえて苦言を呈する必要がないと判断されたのだろうとは思いますが、あのときの私には、本当に救われるような思いがしました。
そして、「Aさんに喜んでもらえるように、全力で頑張ろう」と素直に思えたのです。
メンバーとのコミュニケーションを根幹から壊すものとは?
もちろん、このような上司ばかりではありません。
正反対の上司もいました。例えば、Bさんという直属の上司。
あるとき、Bさんに連れられて、役員のところに直接プレゼンしに行ったのですが、私の作成した資料に間違いがあることを厳しく指摘されたことがあります。
Bさんの指示に沿ってつくり、そのチェックも受けた資料でした。
だけど、Bさんは、「お前は何をやってるんだ?」と私をなじり、「だから、これじゃダメだと言っただろ?」と嘘を交えながら、「自分は被害者」という立ち位置を演出しようとしたのです。
こういうのは“上司あるある”で、慣れっこになっていましたから、いちいち腹を立てるまでもない出来事ではあります。
だけど、一度でも、そういう姿を見せた上司に対しては、心のなかで「そういう人なんだな……」と見切りをつけざるを得ません。
そして、そのような上司が何を言おうが、私の心にはまったく響かない。
コミュニケーションが根幹から崩れ去ってしまうわけです。
ビジネスパーソンであれば誰でも、こうした経験をしてきていると思います。
そして、Aさんのような管理職と、Bさんのような管理職の、どちらがマネージャーとしての力を発揮できるかは明らかだと思います。
Aさんのように、メンバーの失敗をカバーしたうえで、励ましてあげる管理職は求心力を身につけますし、Bさんのように、感情的に責め立てたり、ましてや、見苦しく「自己保身」を図ったりすれば、それまで積み上げてきた「信頼関係」というマネジメントのインフラは完全に崩壊します。
このように、メンバーが失敗をしたり、トラブルを起こしたときに、どのように振る舞うかは、まさに管理職としての命運を左右する決定的な瞬間だと考えておく必要があるのです。
「トラブルの芽」が小さいうちに、報告してもらえる関係性を築く
そもそも、そのような局面でメンバーを責め立てることには、まったく合理性がありません。
例えば、メンバーが顧客とトラブルを起こしたときに、メンバーを責め立てたところで何か意味があるでしょうか?
トラブル対応はスピードが命です。初動が遅れれば遅れるほど、打ち手がなくなっていきますから、1秒でも早くトラブル・シューティングに取り掛からなければなりません。
メンバーを責め立てる時間はムダでしかないのです。
もちろん、問題が発生した原因を特定して、再発防止策をメンバーと共有する必要はありますが、それは、問題が解決したあとに行うこと。
それよりも、とにかくすぐにトラブル・シューティングに移行することが大切なのです。
それだけではありません。
メンバーを責め立てるようなことをすると、より深刻な問題を生み出します。
なぜなら、意味もなく責め立てる管理職の姿を見たメンバーたちは、それ以後、トラブル情報をできるだけ報告するのを避けようとするからです。
これが大問題を生み出します。どんなに誠実に仕事に取り組んでいても、トラブルは避けがたく発生するものです。
重要なのは、トラブルの芽が小さいうちに組織的な対応をとること。
ところが、メンバーがトラブルを隠そうとすることによって、水面下でトラブルはどんどん大きくなってしまいます。
そして、メンバーが抱えきれなくなったときに、問題は噴出。
組織に大きなダメージを与える結果を招くのです。
これは、マネジメントとしては最悪の事態です。いえ、マネジメントが崩壊しているからこそ、このような最悪の事態が発生してしまうというべきでしょう。
まさに、管理職として失格と言わざるを得ないのです。
だから、私は、メンバーから「ちょっとまずいことがありまして……」などと、ネガティブなホウレンソウをされたときには、冷静に話を聞いたうえで、必ず、「すぐに報告してくれてありがとう」などと礼を言うようにしていました。
そして、状況をしっかりと把握したうえで、メンバーとともに対応策を検討。
すぐさまトラブル・シューティングに取り掛かりました。
もちろん、私が担当している部署の問題の最終責任は、すべて管理職である私にありますから、上層部に報告するときにもそのスタンスを徹底します。
そうして、しっかりとトラブルを解決することができれば、メンバーからの信頼はさらに厚いものになっていますし、「こういう上司であれば、困ったときにはすぐに相談したほうが得だ」と思ってもらえますから、ネガティブ情報もどんどん上がってくるようになります。
ますますマネジメントがしやすくなるわけです。
これが、リモート・マネジメントで大きな力を発揮してくれます。
リモート・マネジメントを成立させるためには、メンバーが積極的にホウレンソウをしてくれることが不可欠。
そのために最も効果的なのは、メンバーが起こしたトラブルに、管理職が正しく対応すること。
その姿をしっかりと見せておくことで、メンバーとの関係性は劇的に深まるのです。
その意味で、管理職にとってトラブルはチャンスだというべきなのです。