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#2 ぶんぶん公園と近田家とサクラ(2)~謎の振動、そして・・・

#1 ぶんぶん公園と近田家とサクラ(1)

ことの始まりは新型コロナの第2波が猛威を振るい、多くの人がステイホームや在宅勤務をはじめた2020年8月から9月ごろにさかのぼる。

このころ、近田さん一家が暮らす東つつじヶ丘2丁目の地下47メートルでは、東京外かく環状道路=外環道の本線トンネル工事が行われ、世界最大級直径16メートルのシールドマシンが掘り進んでいた。東名高速道路と交差する世田谷区喜多見を発進したシールドマシン、愛称「みどりんぐ」は、3年半ほどかけておよそ4キロ北の調布市に達していた。

JV(共同企業体)事務所の外壁に描かれた「みどりんぐ」

通常、地下鉄や地下道路などを建設する場合、土地を所有する地権者と、用地買収や区分地上権の設定のための交渉をする必要がある。こうした交渉を容易にするため、これまでは幹線道路や公有地の地下に建設されることが多かった。しかし外環道の本線トンネル工事では、地下40メートル以深といった「大深度地下」を用地買収や地権者の同意なく使用できると定めた「大深度地下使用法(2001年施行)」に基づき、住宅密集地の直下が掘削された。過密した大都市圏での地下開発を促進するため首都圏・中部圏・近畿圏の対象地域に限った特別措置法で、外環道は神戸市の大容量送水管整備に続く2例目の適用だった。

国土交通省のパンフレットより

近田さんら住民はNEXCO東日本などから、“地表に影響は及ばない”という趣旨の説明を受けてきた。国土交通大臣や国交省幹部も国会で「大深度地下でのシールド工事は、地上への影響は生じない」と答弁。言葉通りであれば、シールドマシン「みどりんぐ」は、住民が暮らす地下深くを、何事もなく通過していくはずだった。

東京外環プロジェクト「トンネル工事の 安全・安心確保の取組み(2018年7月版)」より。下線は筆者が加筆。
同様の記述は現在も現場付近に(写真は2023年11月)

ところが、このころ住民は、朝から晩まで長時間の「謎の振動」に悩まされていた。近田さんはウォーターサーバーの水面に波紋が広がる当時の動画を見せ、こう振り返る。

近田眞代さん:「おなかにひびく感じ、なんて言ったらいいか、気持ち悪くなるんですね。ゆっくりズシン、ズシン、ズシンとリズミカルにくるんですよ。胃のへんがむかむかとして、これ(重機)は目に見えているから想像がつくけれども、何も見えない中でズシン、ズシンとくるから気味悪くなってきて。(近所の人も)どこかで楽団の音がするとか、気持ち悪くて出てきたとか、家にいられないからコーヒー飲みに喫茶店に行っていたとか」

原因がわからないなか不安は増幅。コロナ禍で井戸端会議もままならなず、自分だけではないか、心身の変調ではないかとひとり悩む住民もいた。そういえばトンネル工事が原因ではと思い至り、事業者側に訴えると「4、5日我慢してほしい」などと言われたという。

近田さんら住民は、再三、事業者側にこうした状況を訴え、対策を求めた。

「コロナ対策で在宅勤務をすることになったが、周期的なズンズンという振れとガラス戸枠がガタガタと音を立て、家で仕事ができず、場所を変えて行った」
「集合住宅で振動や音の原因がわからず、上階の方がドンドンうるさいと、苦情を不動産会社に申し立てた」
「遠い雷のような音、下から突き上げる振動や、不気味に揺れ続ける振動で、陥没の不安を感じた」

(2020年9月18日付 野川べりの会/調布外環沿線住民の会 要請文より)

博多や新横浜などで起きていた事象を連想し「陥没の不安」をも訴える住民に対し、NEXCO東日本など事業者側は、公道上での振動計測で都条例が定める55デシベルの規制基準以下を確認したと主張。掘進時間を短縮したり掘進速度を下げたりしたものの、住民が求めたマシンの一時停止には応じなかった。公道上ではなく住宅内での計測をという要求にも応じないため、住民は独自に機材を借りて、10月19日に室内での計測を行なおうとした、その矢先だった。

2020年10月18日。休工日の日曜、“揺れない静かな休日”のはずだった。
異変は近田さん宅から直線距離で75メートルほどの住宅の車庫の前で起きた。NEXCO東日本の発表では、朝9時半、巡回中に地表面の沈下を確認。11時50分に現場担当者が到着したときには舗装に亀裂が確認された。そして午後0時半に撮影された写真では、路面のアスファルトが脱落して道幅の4分の3程度まで穴が広がっている。

近田眞代さん:「(近所の方から)近田さん見に来たほうがいい、自分の目でといわれて飛んで行ったら、目の前でアスファルトが2度落ちて、大きな穴になったんです。なんていうか、足がすくむっていうのかしら」

陥没は地中ベースで縦横5メートル×6.5メートル、深さ5メートルに及び、近隣住民に避難を要請する事態となった。毎日のように振動に悩まされてきた住民と「地表に影響はない」と言い続けてきた事業者側。近田さんは両者の認識の差を感じたという。

近田眞代さん「博多の陥没、横浜でもありましたよね。ここ作っているときに同じことが起こったらどうなるんだろう。想定してやってますかと聞いても、そんなことはないですないです・・・いまこの下を掘っているという目印だけでも置いてくださいと言ってもしてくれなかった。何かが起きた場合には車のスピーカーで避難を呼びかける、そういう決まりが一応あったんですが、(陥没発生時には)一切機能していなかった。事業者は何もないことを前提に、私たちは何か起こることを前提に話をしている。その違いがちゃんと出ていると私は思っています」

翌日から工事は中止。原因究明のためのボーリング調査があちらこちらで行われ、静かな町は一変、騒然とした状態になった。ほどなく11月3日には長さ30メートル、電車1両分にもなる巨大な空洞が近田さん宅の裏で。その後11月21日、そして年明け1月14日と相次いで空洞が見つかり、近田さん宅は2つの空洞に挟まれた形となった。

近田家は空洞①と③に挟まれた(資料に近田家の位置などを追加)
3つ目の空洞発見現場前で会見する住民 向かって右端が近田眞代さん(2021年1月)

近田眞代さん:「私たちがもし悪いことでもしているんでしたら罰は受けます。でも、何もしていないのになんでこんな目にあわなければならないのか。責任の所在をきちんと、NEXCOもそうですが、国がとっていただきたいと思っています」


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