リコール署名偽造事件、名古屋市長選明けに決着か

〇愛知県の大村秀章知事のリコール（解職請求）をめぐる署名偽造事件は、愛知県警が2021年2月24日、地方自治法違反（署名偽造）容疑で強制捜査に乗り出し、これまでに県内64市町村の選管に提出された、リコールの住民投票を求める全署名を押収し、リコール活動団体の旧事務所を捜索しました。この署名はリコールの住民投票を求めるため集められたものですが、提出された約43万5千筆の83％にあたる３６万２千票が偽造などによる無効なものと愛知県選管が２月１日発表した、いわくつきのものです。

〇また佐賀市内でアルバイトを使っての大規模な偽造票作成の容疑も浮かび、愛知県警はこの作業の関係者やアルバイト集めを発注したとされるリコール活動団体の事務局幹部らの事情聴取も進めています。あとは、誰が、何のために署名の大規模偽造（民意の偽造！）
を発案し、指揮をしたか、という事件の中枢を明らかにすることが残されています。

〇しかしここに来て、表立った捜査の動きは止まっています。その代わり、関係者や識者によるこの事件への様々な見方が明らかにされ、社会的関心はむしろ高まっていると言えます。例えば、４月９日の朝日新聞オピニオン＆フォーラム欄の「リコール制と民主主義」での成蹊大学の武田真一郎教授の論考は、事件の展開を追っているだけでは理解できない日本のリコール制度の問題点についてわかりやすく解説するものです。

〇この解説で、武田教授が最も問題にしているのはリコールの設定の仕方の問題です。つまり、今回の問題は一昨年、あいちトリエンナーレで昭和天皇を扱う作品の展示を巡り、賛否が巻き起こったのが発端。ですから「県の美術展で天皇制を扱う作品の展示を禁止すべきか」という設問の賛否を問うべきだったとしています。しかし大村知事のリコールは、公職に就く者が不適格か無能といった声が上がった時に行うべきもので、今度の場合は、本来のリコールの趣旨からずれていたと言っています。

〇しかし武田教授は、リコール制度は大切だ、とも言っています。武田教授は、選挙で首長や議員を選び、議会で物事を決めてもらう間接民主主義には欠陥があるといいます。選挙で争点にならなかった問題について有権者は次の選挙まで民意を反映できません。また、選挙で選ばれた代表が、「当選すれば何をしてもいい」とばかりに、民意を反映しない政策を行いかねません。リコールなどの直接民主制はそうした欠陥を補うためにあるもので、そのことを忘れてはならない、としています。

〇武田教授の解説には啓発されるところ大、ですが、現場の人ではないので、実務に関することについては、おっしゃることすべてが正しいとは限りません。武田教授はこの論稿の冒頭で、「リコールの署名は、選挙管理委員会が厳密に審査するものです。もし大量の不正があれば、すぐ発覚します。・・・私には、リコールの基本的な仕組みを知らないものが偽造したとしか思えません」と言っています。果たして、そうでしょうか。

〇この記事とほぼ同じ時期に発売された「文藝春秋」２０２１年５月号に、リコールの対象とされた大村秀章愛知県知事による９ページにわたる長文の原稿が掲載されていますが、その中に面白い一説があります。

「署名数が法定数に達せず、リコールが不成立の場合は、提出された署名簿に関して有効無効の審査は行われず、活動団体にそのまま返還されることになっています。今回、選管が異例の調査を行ったのは、『勝手に名前を使われた』という指摘が相次いだためです。
　今回の偽造は、審査を行えば、ただちに不正だと判明する杜撰で幼稚なものばかりでした。このことから、『捏造の首謀者は、―署名数は明らかに法定数に達しないために審査は行われないーとあらかじめ見込んだ上で、それでもできるだけ署名数を増やすことを目的として捏造を行った』という推測も十分成り立ちます。
　実際、昨年１１月６日、県選管が『４３万５２３１の署名が高須氏らから提出された』と公表すると、河村氏は『４３万人の県民からノーを突き付けられた哀れな人だ』と『４３万』という数字を強調しています」（「文藝春秋」５月号　大村秀章「私は河村たかし名古屋市長の嘘を許さないー愛知県知事リコール『不正署名』黒幕はだれか？―から）

〇私は、この件については、大村知事の見方を支持したいと思います。リコール署名の大量偽造はリコール制度をよく知った者の仕業でしょう。

〇この事件の大詰めの捜査で、捜査当局としてはリコール運動を主導した名古屋市の美容クリニックの高須克弥院長と河村たかし名古屋市長から事情を聴く必要があります。この事件の表向きの捜査が止まって見えるのは、このうちの河村たかし名古屋市長が４月１１日告示された名古屋市長選に４選目指して立候補しており、選挙干渉などの批判を避けるためと思われます。市長選の投開票が４月２５日に行われると、捜査は一気に動き出すでしょう＃＃