中原中也全詩アーカイブ2

心に残る響き、美しく瑞々しい言葉達。そんな中でも、特別な詩人、中原中也。その詩は悲しみ…

中原中也全詩アーカイブ2

心に残る響き、美しく瑞々しい言葉達。そんな中でも、特別な詩人、中原中也。その詩は悲しみを感じさせつつも、美しく、生きる力を与えてくれると言われています。心に響く一篇をお楽しみください。  http://nakahara.air-nifty.com/poem/

最近の記事

幻 影(中原中也)

私の頭の中には、いつの頃からか、 薄命そうなピエロがひとり棲んでいて、 それは、紗の服なんかを着込んで、 そして、月光を浴びているのでした。 ともすると、弱々しげな手付をして、 しきりと 手真似をするのでしたが、 その意味が、ついぞ通じたためしはなく、 あわれげな 思いをさせるばっかりでした。 手真似につれては、唇も動かしているのでしたが、 古い影絵でも見ているよう―― 音はちっともしないのですし、 何を云ってるのかは 分りませんでした。 しろじろと身に月光を浴び、 あ

    • 閑 寂(中原中也)

      なんにも訪うことのない、 私の心は閑寂だ。     それは日曜日の渡り廊下、     ――みんなは野原へ行っちゃった。 板は冷たい光沢をもち、 小鳥は庭に啼いている。     締めの足りない水道の、     蛇口の滴は、つと光り! 土は薔薇色、空には雲雀 空はきれいな四月です。     なんにも訪うことのない、     私の心は閑寂だ。

      • 一つのメルヘン(中原中也)

        秋の夜は、はるかの彼方に、 小石ばかりの、河原があって、 それに陽は、さらさらと さらさらと射しているのでありました。 陽といっても、まるで硅石か何かのようで、 非常な個体の粉末のようで、 さればこそ、さらさらと かすかな音を立ててもいるのでした。 さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、 淡い、それでいてくっきりとした 影を落としているのでした。 やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、 今迄流れてもいなかった川床に、水は さらさらと、さらさらと流れているのであり

        • 思い出(中原中也)

          お天気の日の、海の沖は なんと、あんなに綺麗なんだ! お天気の日の、海の沖は まるで、金や、銀ではないか 金や銀の沖の波に、 ひかれひかれて、岬の端に やって来たれど金や銀は なおもとおのき、沖で光った。 岬の端には煉瓦工場が、 工場の庭には煉瓦干されて、 煉瓦干されて赫々していた しかも工場は、音とてなかった 煉瓦工場に、腰をば据えて、 私は暫く煙草を吹かした。 煙草吹かしてぼんやりしてると、 沖の方では波が鳴ってた。 沖の方では波が鳴ろうと、 私はかまわずぼんやり

          湖 上(中原中也)

          ポッカリ月が出ましたら、 舟を浮べて出掛けましょう。 波はヒタヒタ打つでしょう、 風も少しはあるでしょう。 沖に出たらば暗いでしょう、 櫂から滴垂る水の音は 昵懇しいものに聞こえましょう、 ――あなたの言葉の杜切れ間を。 月は聴き耳立てるでしょう、 すこしは降りても来るでしょう、 われら接唇する時に 月は頭上にあるでしょう。 あなたはなおも、語るでしょう、 よしないことや拗言や、 洩らさず私は聴くでしょう、 ――けれど漕ぐ手はやめないで。 ポッカリ月が出ましたら、 舟

          秋の一日(中原中也)

          こんな朝、遅く目覚める人達は 戸にあたる風と轍との音によって、 サイレンの棲む海に溺れる。  夏の夜の露店の会話と、 建築家の良心はもうない。 あらゆるものは古代歴史と 花崗岩のかなたの地平の目の色。 今朝はすべてが領事館旗のもとに従順で、 私は錫と広場と天鼓のほかのなんにも知らない。 軟体動物のしゃがれ声にも気をとめないで、 紫の蹲んだ影して公園で、乳児は口に砂を入れる。     (水色のプラットホームと      躁ぐ少女と嘲笑うヤンキイは      いやだ いやだ

          秋の一日(中原中也)

          残 暑(中原中也)

          畳の上に、寝ころぼう、 蝿はブンブン 唸ってる 畳ももはや 黄色くなったと 今朝がた 誰かが云っていたっけ それやこれやと とりとめもなく 僕の頭に 記憶は浮かび 浮かぶがままに 浮かべているうち いつしか 僕は眠っていたのだ 覚めたのは 夕方ちかく まだかなかなは 啼いてたけれど 樹々の梢は 陽を受けてたけど、 僕は庭木に 打水やった     打水が、樹々の下枝の葉の尖に     光っているのをいつまでも、僕は見ていた

          月夜とポプラ(中原中也)

          木の下かげには幽霊がいる その幽霊は、生れたばかりの まだ翼弱いこうもりに似て、 而もそれが君の命を やがては覘おうと待構えている。 (木の下かげには、こうもりがいる。) そのこうもりを君が捕って 殺してしまえばいいようなものの それは、影だ、手にはとられぬ 而も時偶見えるに過ぎない。 僕はそれを捕ってやろうと、 長い歳月考えあぐんだ。 けれどもそれは遂に捕れない、 捕れないと分った今晩それは、 なんともかんともありありと見える――         《一九三五・一・一一》

          月夜とポプラ(中原中也)

          いちじくの葉(中原中也)

          夏の午前よ、いちじくの葉よ、 葉は、乾いている、ねむげな色をして 風が吹くと揺れている、 よわい枝をもっている…… 僕は睡ろうか…… 電線は空を走る その電線からのように遠く蝉は鳴いている 葉は乾いている、 風が吹いてくると揺れている 葉は葉で揺れ、枝としても揺れている 僕は睡ろうか…… 空はしずかに音く、 陽は雲の中に這入っている、 電線は打つづいている 蝉の声は遠くでしている 懐しきものみな去ると。           《一九三三・一〇・八》

          いちじくの葉(中原中也)

          夜 店(中原中也)

          アセチリンをともして、 低い台の上に商品を並べていた、 僕は昔の夜店を憶う。 万年草を売りに出ていた、 植木屋の爺々を僕は憶う。 あの頃僕は快活であった、 僕は生きることを喜んでいた。 今、夜店はすべて電気を用い、 台は一般に高くされた。 僕は呆然と、つまらなく歩いてゆく。 部屋にいるよりましだと思いながら。 僕にはなんだって、つまらなくって仕方がない。 それなのに今晩も、こうして歩いている。 電車にも、人通りにも、僕は関係がない。

          浮 浪(中原中也)

          私は出て来た、 街に灯がともって 電車がとおってゆく。 今夜人通も多い。 私も歩いてゆく。 もうだいぶ冬らしくなって 人の心はせわしい。なんとなく きらびやかで淋しい。 建物の上の深い空に 霧が黙ってただよっている。 一切合切が昔の元気で 拵えた笑をたたえている。 食べたいものもないし 行くとこもない。 停車場の水を撒いたホームが ……恋しい。

          雪が降っている……(中原中也)

          雪が降っている、   とおくを。 雪が降っている、   とおくを。 捨てられた羊かなんぞのように   とおくを、 雪が降っている、   とおくを。 たかい空から、   とおくを、 とおくを   とおくを、 お寺の屋根にも、   それから、 お寺の森にも、   それから、 たえまもなしに。   空から、 雪が降っている   それから、 兵営にゆく道にも、   それから、 日が暮れかかる、   それから、 喇叭がきこえる。   それから、 雪が降っている、   なおも。     

          雪が降っている……(中原中也)

          屠殺所(中原中也)

          屠殺所に、 死んでゆく牛はモーと啼いた。 六月の野の土赫く、 地平に雲が浮いていた。   道は躓きそうにわるく、   私はその頃胃を病んでいた。 屠殺所に、 死んでゆく牛はモーと啼いた。 六月の野の土赫く、 地平に雲が浮いていた。

          梅雨と弟(中原中也)

          毎日々々雨が降ります 去年の今頃梅の実を持って遊んだ弟は 去年の秋に亡くなって 今年の梅雨にはいませんのです お母さまが おっしゃいました また今年も梅酒をこさおうね そしたらまた来年の夏も飲物があるからね あたしはお答えしませんでした 弟のことを思い出していましたので 去年梅酒をこしらう時には あたしがお手伝いしていますと 弟が来て梅を放ったり随分と邪魔をしました あたしはにらんでやりましたが あんなことをしなければよかったと 今ではそれを悔んでおります……

          梅雨と弟(中原中也)

          春と赤ン坊(中原中也)

          菜の花畑で眠っているのは…… 菜の花畑で吹かれているのは…… 赤ン坊ではないでしょうか? いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です 菜の花畑に眠っているのは、赤ン坊ですけど 走ってゆくのは、自転車々々々 向うの道を、走ってゆくのは 薄桃色の、風を切って…… 薄桃色の、風を切って 走ってゆくのは菜の花畑や空の白雲 ――赤ン坊を畑に置いて

          春と赤ン坊(中原中也)

          雲 雀(中原中也)

          ひねもす空で鳴りますは ああ 電線だ、電線だ ひねもす空で啼きますは ああ 雲の子だ、雲雀奴だ 碧い 碧い空の中 ぐるぐるぐると 潜りこみ ピーチクチクと啼きますは ああ 雲の子だ、雲雀奴だ 歩いてゆくのは菜の花畑 地平の方へ、地平の方へ 歩いてゆくのはあの山この山 あーおい あーおい空の下 眠っているのは、菜の花畑に 菜の花畑に、眠っているのは 菜の花畑で風に吹かれて 眠っているのは赤ん坊だ?