同情するなら金をくれ

私は自分を可哀想だと思っている節がある。
しかしながら、私ははたから見たらそんなに可哀想ではない。
むしろ結構恵まれている部類に入るのでは?と思う。
それなのに、私はしょっちゅう自分をかわいそがる。
なんでなのかなーと考えて、多分それは幼少期に見たドラマ『家なき子』の影響が強かったんではないかと思う。
あれはもう、たまらなく主人公の女の子が可哀想だった。
どこからどう見ても可哀想。まさに悲劇のヒロインそのもの。
あの物語は私の何かしらの性癖にドンズバ!と刺さったのだと思う。
それから私は、ちょっとでも何か不幸なことがあるたびに大袈裟なくらいに自分をかわいそがった。
なんて可哀想な私。なんて不幸な私。
それは愉悦にも似た不思議な恍惚とした薄暗い喜び。
まるで自分が天涯孤独でたまらなく不幸だと全身で嘆くことが喜びだった。
歪んでる。
こうして文字にすると、ものすごい歪みを感じる。
それが癖になったのかなんなのか、今も私は自分のことを可哀想がる。
とても暗い喜び。
可哀想な自分でいると安心する。不思議。
自他共に認める可哀想にはなれないけれど、私の中の私はとっても可哀想でとても不幸でとても可愛い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?