排出量取引制度の比較分析:キャップ&トレードとベースライン&クレジットの特徴 ~日本と欧州におけるカーボンクレジット価格比~
1.日本国内における排出量取引制度について
日本政府は排出量取引制度における知見・経験の蓄積と事業者の自主的な削減努力の支援を目的に、平成17年に環境省主導による自主参加型国内排出量取引制度(JVETS)を導入し、試験的運用を試みてきました。
その後、国内排出削減・吸収プロジェクトにより実現された温室効果ガスの排出削減・吸収を促進するためのオフセット・クレジット(J-VER)や先進対策の効率的実施によるCO₂排出量大幅削減事業(ASSET事業)、工場・事業場における先導的な脱炭素化取組推進事業(SHIFT事業)等の助成金事業を策定し、事業者への浸透は図っています。
しかしながら、現在の日本において、国全体としてのキャップ&トレードによる排出量取引制度は実施されていません。
2.キャップ&トレードとベースライン&クレジットの2つの排出量取引制度について
キャップ&トレードとは、政府や自治体が排出量の上限(キャップ)を設定し、事業者や産業部門に対して排出権を割り当てる方式です。
事業者は割り当てられた排出権を保有し、必要に応じて取引(トレード)を行います。
この方式は、排出量の削減を達成するために削減目標に沿った規制に基づいているため、その特徴は制度的な強制力を持つことです。
(図1.削減量の考え方 キャップ&トレード方式 参照)
一方、ベースライン&クレジットはあくまで事業者の自主的な環境貢献を評価するためのクレジット制度であり、あらかじめ設定されたベースライン(基準ライン)と比較して事業者の排出量削減を評価し、その差分に応じてクレジットが発行される方式となります。
事業者がベースラインを下回る排出量を達成した場合、その差分に対応するクレジットを取得することができ、自社の環境目標の達成や他の事業者への売却などに活用することができます。
このベースライン&クレジット方式は、事業者に柔軟性を持たせつつ、環境への貢献を促す仕組みとして利用されており、日本においては環境省、経済産業省、農林水産省が運営している「Jクレジット制度」がこれに該当します。
(図2.削減量の考え方 ベースライン&クレジット方式 参照)
2つの方式で大きく異なる点は以下の3点です。
(図3.主な特徴の比較 参照)
①算定の範囲
キャップ&トレード方式では企業や事業所といった組織が対象となります。
制度により異なりますが、一般的には建物の主たる所有者やエネルギーの連動性などを加味して対象を選定し、一定の排出を行う組織に対し、キャップ(排出枠)をかけるイメージです。
対して、ベースライン&クレジットではプロジェクトにより範囲を決定するため、具体的にはより排出量の少ない設備への更新や導入などが上げられます。
②排出(目標)量の確定時期
キャップ&トレード方式では対象となる事業体に対し基準を設けるため、制度設計に不備がない限りは達成が見込める目標となります。
つまり、実行する前段階で削減量をほぼ確定することが可能といえます。
一方でベースライン&クレジットではプロジェクトの実行前に計画(方法論に基づいたプロジェクト計画書)を立てるものの、バリデーション段階においては、そのプロジェクトの有効性確認(妥当性確認)に留まり、実行後の結果(モニタリング・算定)については、ベリフィケーション(検証)が行われ、最終的な削減量が決定します。
上記に付随して、図1図2に示すように生産量や活動量が変化した場合におけるCO2の削減量の算出が異なる部分も特徴的です。
③削減活動における強制力の有無
前述のとおり、規制的側面を持つキャップ&トレードと自主的活動をベースとするベースライン&クレジットが根本的に異なる制度であることが理解できるかと思います。
故に、キャップ&トレードは導入における規制の基準やその対象となる企業の理解を得ることが容易ではなく、制度化への敷居が高くなることが一般的であるといえます。
3.キャップ&トレード方式を導入した東京都排出量取引制度
東京都では、2050年までにCO2の排出量を実質ゼロの達成を目指し、2010年に「温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」を開始しました。
この制度では、前年度の燃料・熱・電気の使用量が原油換算で1,500kl/年以上の事業所を対象に段階的な削減義務を設け、達成できない場合は罰金及び違反事実の公表といった罰則が設けられています。
図4(東京都制度における対象事業所の総CO2排出量の推移)を見ると、第二計画期間(平成27年度から令和元年度)では、CO2を17%(または15%)削減することが義務付けられていましたが、全対象事業所の総CO2排出量は各年度において、削減義務率を大きく上回る26~27%の数値を示しています。
さらに、第三計画期間(令和2年度から令和6元年度)に移行してからも、削減義務率27%(または25%)に対し、33%という数値を示し、目標を大幅に達成しています。
加えて、対象事業所の約80%以上がクレジット等の活用ではなく、自らの取り組みにて削減義務を達成していることも、CO2の削減に向けた強いコミットメントが見て取れます。
以上から、本制度は東京都の確固たるリーダーシップにより、着実にCO2の削減を推進している精緻なキャップ&トレード方式の排出量取引制度であることが理解できます。
4.日本と欧州におけるカーボンクレジット価格の比較と動向
先ほど述べたとおり、キャップ&トレード方式は強制的な削減目標に沿って実行されるため、制度内で発生する排出量(排出枠)の信頼性及び価値を高める側面を持っています。
これに基づき、日本におけるベースライン&クレジット方式の「Jクレジット」と、キャップ&トレード方式の代表格である欧州「EU-ETS」のカーボンクレジットの価格比について考察したいと思います。
現在の「Jクレジット」の平均取引価格(再生エネルギー由来)が約3,200円(※2023年5月時点 出典:2023年9月J-クレジット制度事務局)であるのに対し、欧州カーボンクレジット市場による価格は凡そ85€(為替レート1€155円で換算すると日本円にして約13,000円)となります。
(図5.欧州のカーボンクレジット市場参照)
「 EU-ETS」における排出権価格の推移を見ると、2020年は20~30€前後で推移していたものの、 2021年7月にFit for 55(欧州連合の温室効果ガス排出量を 2030 年までに 55% 削減すること)の発表等を受け、取引価格は高騰し続け、2023年には一時、1t/co2あたり100€を超える価格を示しています。
現在においても取引価格は高い水準を保っており、欧州においてはCO2削減に向けた取組みを勢力的に実行していることがわかります。
5.国内排出量取引制度(GXリーグ)の確立について
日本政府は2023にGXリーグを発足し、国内排出量取引制度の確立に向けて動き出しました。
このGXリーグの基本方針では、排出量取引/GX-ETSの段階的発展方針が示されており、2026年度(第2フェーズ)の本格稼働に向けて、準備を進めている段階です。
しかしながら、本制度は現段階において、参画企業の自主的な目標設定と達成状況の説明に重点を置いた、プレッジ&レビュー方式の制度であり、先に述べた規制的な側面を持つキャップ&トレード方式とは異なる制度といえます。
「EU-ETS」といった国際的なカーボンニュートラルの取組みに対応した制度設計は、国家間での排出量取引における信頼性を高め、現状ではグローバル市場での優位性が保たれています。
今後、日本の排出量取引制度がグローバル市場で評価されるには、どのように制度設計を進めていくが焦点になるかと思われます。
(執筆者:中産連プロジェクトマネジャー 東京都・埼玉県 GHG検証担当 市川 )
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