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「感く」 4年 鈴木愛理


「感く」
4年 商学部 鈴木愛理



「感く」と書いて「うごく」と読む。
現代ではあまり使われていないが、目には見えない「心」が動く様を表す言葉だ。

自分はどんな時に「感いた」だろう。


選手権を敗退した兄の姿を見た時。

兄の試合を観てみるみるうちに元気になっていく祖父の姿を見た時。

水戸ホーリーホックのインターンに参加して「ステージ4の癌を患ったけどホーリーホックの試合を観に行きたくて治療頑張ったんだ」と話すおじいさんの姿。

そして

1部降格した時。

大好きな先輩が引退した時。

同期一人一人の目標を聞いた時。

学年会でケツメイシの「仲間」をみんなで肩を組んで歌った時。

度重なる怪我に苦しみながらもリハビリに励む姿を見た時。

私がベンチに入ると勝てない試合が続いた時。

それを払拭して勝利できた時。

応援部員との一体感を感じた時。

7連勝して2部優勝した時。

「LOVE中央」をスローガンに決めた時。

ロスタイムで追いつきPK戦で勝利した時。

アイリーグの最終節で同期の涙を見た時。

学年会で酔っ払いながらもトップの選手に熱い気持ちを語る姿を見た時。

試合前のロッカールームで自分と向き合う選手の姿を見た時。

目標としていたものには届かなかったけど、なんとか一部残留を決めた時。


挙げればキリがない。

私を「感かしていたもの」はいつでも「サッカー」やサッカーを通じて出会った人・仲間であった。


嬉しいことも、悔しく辛いことも思い返してみれば全部サッカーやサッカー部にある。

鳥肌が立つくらい、手が震えるくらい「感かされていた」

マネージャーとして何が足りないのか考え続ける日々だった。
勝利する喜びを感じる時間よりも、もどかしく苦しい時間の方が多い4年間だった。

でも一瞬の喜びがあればその苦しい時間は私にとってスリルある楽しい時間に変わった。
その一瞬の喜びの為に頑張れた。

気づいたら、この「感く」感覚がたまらなく病みつきになっていた。
この感覚無しではもう生きていけないと感じるまでだ。

それと同時に部員のみんなにはそれぞれ尊敬の念が生まれた。
観ている人達に感動や勇気、生きがいを与えることができるから。

いつからか私も、人に生きがいを与えられる人になりたいと思うようになった。
だから私はサッカーに携わる仕事に就くと決めた。

サッカーを通じて、選手、クラブ、クラブスタッフ、そしてファン・サポーターの方々やクラブに関わる全ての人々にとっての価値を創り上げる。これが今の私の目標だ。
間違いなくサッカー部での経験が生きると思っている。


4年間本当にありがとう。
どんな時も同期がいたから頑張れた。
みんながこれまでとはまた違ったマネージャーの形を創り上げてくれたと思う。

22年間本当にありがとう。
最終節に家族みんなで来てくれた時、泣きそうになるくらい嬉しかった。
何不自由なく家族みんなで私のことをここまで育ててくれてありがとう。サッカーの魅力を英才教育してくれてありがとう。

これまで私は「感かされてきた」
今度は私が人々を「感かす」ことのできる人になりたい。

LOVE中央

◇鈴木愛理(すずきあいり)◇
学年:4年
役職:マネージャー
出身校:関東学院高校

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