マガジンのカバー画像

小説

32
その場で読めるショートショート作品の集積所です。
運営しているクリエイター

2023年5月の記事一覧

書類に恋した男

 探偵団の朝は早い。  眠たくてすぐに落っこちてくる目を無理やりに開けながら、私、矢原草江は今、駅のホームでふらふらとしている。  この時間ホームで安全確認をしている駅員の水谷さんは、はじめこそふらふら歩く私を気にかけて、今にもホームに落っこちるんじゃないかと目を光らせていたのだけれど、今では呆れ顔を向けて一言「今日も部活かいな」と馴れ馴れしい挨拶を交わすばかりであった。乗客のたくさんいる都会の駅とは違って、退屈な田舎の駅ではたまにこういうことが起きる。煩わしいなんて思わ

手帳

 「過度に華美でない靴下」とは「紺を基調とした、ワンポイント以上の柄のついていない膝下丈の靴下」のことを言うのだと知ったのは、並木の花も落ちきって、坂の麓から学堂までの一本道をすっかり枯茶色に染めてしまった頃のことで、四月の幼い雨に汚れた地面に立ってなお凜と穢れを知らないそぶりで笑っていたその人が都美子先輩でした。  都美子先輩は、当時まだお転婆な一年生だった私の、はねっ返りの泥の乾いた足元をちらと見ると、先生方のように無粋な指摘をするわけでもなく、かといって他の先輩たちの

わたしたちの道徳

 私たちは平等に二十点のノルマを課された。期限は一週間だという。  手元のタブレットにデータが配られた。募金運動のしくみやたいせつさは、先生ではなく、動画のお姉さんが教えてくれた。正直、動画を見たって細かいしくみは理解できなかった。ただ私たちがマークを集めて提出すれば、世の中に、なにかよいことが起こるらしい。今はそれで十分だと先生が言った。先生が言うのだから、たぶんきっとそうなのだろう。私は考えるのを止めて一覧表を眺める。何の商品に何点のマークがついているかの一覧だ。  マ