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小説

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2022年12月の記事一覧

バス停山

 ガタンとも言わずに車体は揺れた。運転席のちょうど背中にある〈急停車に注意〉の表示が点灯した。ブーとブザー音が鳴って、前側の扉が開く。一番後ろの席がいいとはしゃいだ悠も、今は目を瞑って窓にもたれかかっている。窓の、悠の頭の当たった所だけが、うっすらと白く曇る。運転手が後ろを向く。 「降りる人おられませんね。いいんですね」  声にいら立ちが混じっていた。三回目ともなると仕方がない。駅前行きのバスは先ほどから、降りる客もいないのに降車ボタンを押され、その都度律儀に停まり続けて

十円

●2022年BFC(ブンゲイファイトクラブ)4 一回戦の出場作品です。

袖を引く石

 波に生える煙突を見に岬を訪れた。何でも海没した炭鉱施設の遺構らしい。煙突と言うには短く、寸胴の筒といった印象を受ける。筒は大きいのと小さいのの二つがあって、所在なく揺れる波の中で一寸も動かず立ち続けている。  岬は名を黒崎と言って、なるほど岩や砂の所々が深く黒ずんでいた。触れようと指を寄せると、砂は自ずと這い寄ってくる。驚いて目を凝らすが、砂は砂のままである。 「ここらのもんじゃないな」  声がしたので顔を上げると、老人が一人立っている。かなりの高齢だが背は高く体格も

 早朝の教室にはありさ一人がいて、ちょうど花瓶の水を換えているところだった。私はそれを気に留めず、一言「おはよう」と声をかけた。ありさは「今日は早いんね。朝練?」と涼やかに笑って自分の席についた。それきり二人の会話は途切れてしまった。窓はひとつだけ開いていて、ちいさい風がちょっと吹く。百合の甘い香りが教室を通り過ぎていく。それが一通り吹き去ってしまうのを待ってから、教室を飛び出した。朝練の準備を始めるにはまだ早い時間だ。でも、そのまま教室に居座っていても、手持ち無沙汰があるだ