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トラックは止められなくても


「ぼくは死にません、あなたが好きだから」どんな理由だ。

小学校低学年の私に衝撃的なこの台詞は「101回目のプロポーズ』という一九九〇年代のドラマのもの。

それ以降に生まれた方にはご存じないだろう。わたしが覚えている限り、毎日、この台詞を芸人がブラウン管の画面越しに過度な演出を加えてモノマネしていた。

子供の私はドラマを観させてもらえず、台詞の意味が全くわからなかった。父がそれをみてゲラゲラ笑っているのが嬉しくて、つられて笑った。

それから約三十年。愛する父は天国にいる。

「ぱぱ、亡くなったって」
帰宅するなり母がそう言った。私は、感情が無くなり本能で母を抱きしめた。母を抱きしめるのは人生で初めてだった。

父は昭和の親父だった。毎日、仕事後、スナックでカラオケを歌い、酒を飲んで夜中に帰宅
し私に絡む。
「ぱぱ、お酒くさーい。どっかいけ」「なんて娘だ、絶交だ」と拗ねて寝る。

朝は早く起きて仕事前にジムへ行く。泳ぐことが好きでジム仲間と遠泳にも出た。調子に乗って若者からもらったタトゥーシールを闊に貼って私に見せる。
「ぱぱかっこいいだろう」
「そうかもね」

父は癌で二年間、闘病した。弱音を吐かない父がたまに病院からメールを送る。
「こうがんざいがんばるよ」
漢字も打てないのか。苦しかった。まだ生きている証拠としての安堵もあった。

友達には言えない。同情されたくなかった。同情では父の痛みは和らがない。いや違う、いつも明るい私でいたいプライドだったと今、思う。

今年で十周忌を迎える。幸い、母は心身ともに元気だ。今度、母娘で韓国に行く。ときどき元気だった頃の父の思い出話もする。
「ぱぱは、海外出張多かったよね。韓国のおみやげが海苔だけで怒ったよね」

父の死を受け入れられず、亡骸を見なかったからかもしれない。
ふとした瞬間、どこかからヒョコっと「よぉ、久しぶりだな」いつもの感じで父が出てくる気がする。

それは父の思い出が生きているということ。それは、「あなたは死にません、私があなたを好きだから」ということ。
愛があれば人は死なない。

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