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「みんなでつくる中国山地」つくり手インタビュー Vol.3 七咲友梨さん   ふるさとの魅力~変わらないこと、続けること

お待たせしました。中国山地編集舎メンバーの重原です。
不定期に掲載している「みんなでつくる中国山地」つくり手インタビュー。
今回は、「みんなでつくる中国山地」の写真を担当している島根県出身で東京在住の写真家、七咲友梨さんです。

七咲さんは、2019年12月に発刊した創刊準備号「狼煙号」から写真を担当。昨年10月に出版した「創刊号」では、森田一平さんのルポ「中国山地1,000キロの旅」にも同行し、フォトエッセイも手掛けています。

中国山地を旅して

森田さんの旅では、岡山県久米南町の「パーマカルチャーセンター上籾」を訪れ、日本の里山文化がパーマカルチャーの源流になったことを知り、中国山地の山々を見る目が変わったと言います。準備号の撮影では、かつて中国地方で盛んに行われていた「たたら製鉄」の痕跡、「鉄穴(かんな)残丘」の存在から、その土地と暮らしの深い関わりに触れ、何気なく目にしていた景色の見え方が変わる経験になりました。「今自分が立っている現在地を自分で確かめる感じがして、それもすごく面白かった」と振り返ります。

いつもと変わらない風景

創刊号の撮影のため、新型コロナウイルスの感染が広がる中で、昨年5月に東京から島根に入り、2週間の自主隔離生活を送ったのちに、撮影に出かけた七咲さん。
島根では、いつもの年と同じように、田んぼに水が張られ、田植え作業が始まっていました。変わらない風景がそこにある安心感、そしてその風景をつくり出している日々の営みに、改めて心を動かされます。
「都会はこんなに大変なことになっているのに、いつもと変わらない風景があるのがすごいなと思って。自分が10代のときは、変わらないことがものすごく嫌で、飛び出していきたい気持ちもあったけど、今は、小さな変化はありながらも、続けていくってほんとにすごいことだなと。始めることって簡単と言えば簡単だけど、続けるのは難しいから」

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なるべく素直に

森田さんが「七咲さんの写真がなかったらこの本はどうなっていたか…」と語っていた七咲さんの写真。七咲さんの写真は、ただ美しいだけじゃなく、そこに暮らす人の息遣いが感じられて、この風景をつくり、受け継いできた人たちに対する感謝の気持ちが呼び起こされるような気がします。見る人がそれぞれに自分の経験を重ね、いろいろな思いを呼び起こすような写真だと思うんです。
野暮な質問だとは思いながらも、撮影で心掛けていることを聞くと、とても素敵な表現で答えが返ってきました。

「こうしてやろうとかいうよりも、なるべく素直にと思ってますね。写真の良さの一つなんですけど、モノでも人でも風景でも、被写体の魅力を発見する装置みたいなところがあって。すてきだな、とか、ここはひっかかるな、なんだろうなっていうことを、答えを出す前に、探りながら撮っていくというか、すてきって思った瞬間にシャッターを切っている。こういうふうにとかあまり思わずに、反応していくみたいな感じで。中国山地の場合、そこに生きている人たちの姿を写しつつ、そこの、空気っていうとあいまいだし、発しているエネルギーとかいうと、写らないって言われそうなんだけど…。その光景を切り取っている感じですかね」

ふるさとを撮る

10年ほど前から、ふるさとの島根県吉賀町柿木村で写真を撮り続けている七咲さん。通っているうちに、柿木が移住先として人気があるという話を聞きつけます。野菜を売っていた人に声を掛けたり、紹介してもらったりして(積極的!)、柿木に移住してきた人たちに出会い、「ここには何もない」と思っていた地元を見る目が大きく変わります。

「ここには何もないと言われ続けて育ったから、それに対して何の疑問も持ってなかったんですけど、私の価値観がめちゃくちゃに変わっちゃって。ここは宝の山って言ってる人がいる!みたいな。ここをもっと知りたいと思うようになって」
そこから、撮影を続け、さらにはお茶づくりにもつながっていきます。

売ることで伝えたい、価値観が変わる経験

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2017年に「SOTTOCHAKKA」(ソットチャッカ)というお茶のブランドを立ち上げ、地元で収穫し伝統的な製法で作る「釜炒り茶」や「野草茶」を販売している七咲さん。お茶を売ることを通じて、地元の人たちに、自分と同じように、地元のことを見直してほしいという思いが込められています。

柿木では身近にお茶の木があり、自分たちで飲むお茶を育て、加工する文化が根付いているといいます。七咲さんは6年ほど前に、実家で続けていたお茶づくりの全工程を手伝ったのがきっかけで、その奥深さにはまり、お茶作りに精を出すようになります。つくったお茶を東京の友人に配ると、意外なほど好評だったことから、販売することにしました。

「お茶を売ることで、ここには何もないって言っている人たちに、柿木に興味を持ってくれる人がいるということが伝わるんじゃないかと。もう、『こんな場所』って言わせないぞ!と思って。自分に起きた“衝撃”を親世代以上の人にも味わってもらいたい」と、ちょっといたずらっぽく笑う七咲さん。その思いはきっと、伝わると思います。写真だけでなく、「SOTTOCHAKKA」のこれからの展開にも期待しています!

次回予告

次回は、七咲さんのリクエストで、みんなでつくる中国山地を縁の下で支えるIT担当、檜谷邦茂さんのインタビューをお届けする予定です。



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