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基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(23)


[第23回]D-testの本質とは

西村 翔 にしむら しょう
神戸大学医学部附属病院感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.4 No.6 2020年11月 刊行)

 連載当初から耐性グラム陰性桿菌に関するハナシを続けてきました.ここまで,かなり難しいテーマが続いたと思います.なので,今回はガラッと切り替えて,D-testのハナシをします.余談ですが,実は筆者が細菌の耐性機序に興味を持ちはじめたキッカケはD-testだったりします.D-testの本質って実はかなり深イイんです.ただし,すでにJ-IDEOでも2017年の5月号で住友病院の幸福知己先生が,2018年1月号でも近畿大学の戸田宏文先生がD-testに関して解説なさっているので,基本的なことは省いていきます.

┃CLDM耐性が誘導される?

 S. aureusの感受性検査でclindamycin(CLDM)に感受性だった場合に必ず確認しなきゃいけないこと,それがerythromycin(EM)の感受性です.EM耐性だった場合にはD-testを行う必要があり,D-test陽性なら,治療中にCLDM耐性が“誘導”されるからCLDMを使用してはいけない,これが一般的な理解じゃないでしょうか? 感染症フェロー1~2年目くらいの先生が,ドヤ顔でききますよね,“それってD-testで確認してるん?”って.おっしゃるとおりです,D-test,やらなきゃいけない.でもそんな時,(ひねくれてる)私はこうきき返します,“じゃあD-test陽性なら,CLDMって絶対使えないん?”と.
 結論から言うと,この命題の答えはNoです.CLDMで治療できる場合もあります.この命題の真意は,D-testが見ているのはCLDM耐性をもたらす遺伝子が存在しているか否かのみであって,CLDM投与中にその遺伝子が発現してきて耐性化して治療に失敗するかどうかはD-testではわからない,ってトコです.耐性遺伝子が存在している=必ず耐性化する=治療に失敗する,ということではないんですね.そりゃそうです,耐性遺伝子が存在していたとしても感受性検査を行った培地内ではCLDMでしっかり発育が抑制されたために“susceptible”になっているわけですから.
 ここまでのハナシが当たり前じゃんってヒトは以下を読む意義がありません.うーんよくわからん,と感じたヒトは以下を読むことで私の真意が理解してもらえると思います.

┃MLSb耐性

 まず,D-testを理解するためには,Staphylococcus spp. が取りうるCLDM耐性機序を知っておく必要があります.CLDMはリンコサミド(lincosamides:L)系抗菌薬に属しますが,作用部位(リボソームの50Sサブユニット)が,他クラスであるマクロライド(macrolides:M)やストレプトグラミンB(streptogramins B:Sb)と共通しており,耐性機序に関してもこの3クラス(MLSb)を併せて捉える方が理解しやすいので,ここではMLSb全体への耐性機序を概説します.MLSbへの主な耐性機序は,①リボソームの標的部位のメチル化あるいは変異による抗菌薬の結合阻害,②排出ポンプ,③酵素による抗菌薬不活性化,の3つがあります.そのなかで,①のリボソームの標的部位の変異(メチル化含む)による耐性では,MLSbに共通した作用部位の変異ですから,MLSb全クラスに耐性化するのに対して,②および ③の耐性機序ではMLSbのなかで耐性化する抗菌薬は限定されます[表1]【1】.それぞれの詳細な耐性機序および原因遺伝子についての解説は本稿の目的ではないので省きますが,今回のテーマであるD-testが絡んでくるのは,MLSbの共通した作用部位である50Sサブユニットの23S rRNAをジメチル化(demethylation)することで,これらの全ての抗菌薬に耐性化してしまうerm(erythromycin risobome methyase)遺伝子による耐性機序です.このermはプラスミドやトランスポゾン,接合によって獲得する後天性の耐性機序であり,全ての菌株が有しているわけではありません.また,仮にermを獲得していたとしても,単にermが存在するだけでは14,15員環マクロライドには耐性化しても,CLDMを含むその他のMLSb系抗菌薬には(必ずしも)耐性化するわけではありません.EMを筆頭とする14,15環系マクロライドがermに接触することで初めてermによるCLDM耐性が惹起され,この現象を誘導(inducible)耐性と呼びます.では,この誘導という現象は一体何が起こっているのでしょうか?

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