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基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(32)

第32回Pseudomonas aeruginosaの臨床像と耐性機構②

西村 翔 にしむらしょう
神戸大学医学部附属病院感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.6 No.3 2022年5月 刊行)

前回に引き続きP. aeruginosaのハナシです.今回は病原因子およびβ-ラクタム系への耐性機序(の一部)について解説します.

緑膿菌の病原性

緑膿菌の病原性は,なにも抗菌薬耐性のみで規定されるわけではなく,それ以外にも代謝の多能性,豊富な病原因子virulence factor,バイオフィルムなど多数の因子が関与して構築されています.これらの病原性を規定する因子は,複数の体系による転写時,転写後,翻訳後の制御を受けており,転写因子,クオラム-センシングquorum-sensing(QS),2種の成分が一体化した調節系統two-component regulatory system(TCSs),ノンコーディングRNA,まだ同定に至っていない環境シグナルの複雑なネットワークが,これらの形質の発現を調整しています【1】.
 QSとは,菌集団のなかでの化学物質による細胞間のコミュニケーションの一種であり,同種(細菌)の産生する自己誘導物質auto inducerと呼ばれるシグナル伝達分子が特定の受容体に認識されることで伝達物質の濃度から菌密度を感知し,それに応じて特定の遺伝子の制御に変化をもたらし最終的には表現型をもコントロールする一連の現象を意味します.この細胞間ネットワークによって,細胞同士のコミュニケーションが可能となり,細胞は“集団”として各種の信号に応答し,環境に適応できるようになります.このQSはバイオフィルム形成,分泌装置secretion system,排出ポンプ,薬剤耐性,菌の運動性,病原因子の発現の制御において中心的な役割を担っています.現在までにP. aeruginosaで確認されているQS回路には,LasI-LasR,RhlI-RhlRの2種類のLuxI-LuxR型回路と,PQS/HHQ-PqsR/MvfR,IQS(integrated quorum sensing)の計4種類の回路があり,LasI-LasR系が,その他の系の発現に対して正の調節(positive control)を行っています【2】.
 P. aeruginosaの産生する代表的な病原因子[表1]としては,前述のQSに関与する自己誘導物質以外には,Ⅳ型繊毛や鞭毛,Type Ⅰ分泌装置(アルカリ・プロテアーゼが代表的な分泌物質),Type Ⅱ分泌装置(エラスターゼ,外毒素A,ホスホリパーゼC,Ⅳ型プロテアーゼが代表的分泌物質),Type Ⅲ分泌装置(外毒素ExoS,ExoT,ExoU,ExoYが代表的分泌物質),エンドトキシン(リポ多糖),アルギン酸やPel,Pslなどの菌体外多糖,ピオシアニン(フェナジン),ピオベルジン/ピオケリン(シデロフォア)などがあります【4,5】.

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