國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.10
國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.10
國松 淳和 くにまつ じゅんわ
医療法人社団永生会南多摩病院
総合内科・膠原病内科 医長
今回は2020年の4月号です。
今月の内科学会雑誌の特集は、「内分泌疾患と電解質異常」です。
役立つトピックスばかりで、ちょっとした保存版かもしれません。
実はこの回、“「内分泌疾患」と「電解質異常」”ではないんですよ。
「内分泌疾患における電解質異常」という回なんです。
つまり、「内分泌疾患というレア疾患における、電解質異常というコモンな病態」を考える回でありまして、非常に有用だと思いました。
電解質異常から内分泌疾患を疑うための特集なんですね。
非常に良い企画だと思います。
さて「今月の症例」は今月号も3例ありました。1例ずつ見て参ります。
今月の「どこ引き」です!
あ、
ちなみに「どこ引き」というのは、「今月の症例、どこに線を引きましたか?」の略で、本連載note「何読み」の中の名物コーナーになっております(自称)。
「どこ引き」は、(私の場合)青とピンクの2色の蛍光ペンで、
青:この症例に関する重要点・私が重要と思ったところ
ピンク:この症例とは直接関係ないけれど、一般論として重要な点・別の症例などに役立ちそうなところ
で塗り分けるのでした。
まず1例目です。
■p784, HIV感染を合併し、下垂体前葉機能低下・下垂体炎を呈した神経梅毒の1例
はい、まずはタイトルをみます。
HIVと梅毒/神経梅毒は、普通につながります。自然です。
すると、「下垂体前葉機能低下・下垂体炎」という部分だけが少し浮いているように見えます。
ここが、論文自体の要点になるはずですきっと。
こういう症例は、本当は内科学会雑誌のこのパッケージ(いわゆる“内科サマリー形式”)には向きません。
いわゆるケースカンファレンス方式にしたほうがいい。
少しずつ時間を進めて、その時々で考えられること・実際にしたことなどを順に叙述していくのが良いです。
それがわかってしまうから、こういう論文を見ると冷めます。
時々刻々、その時々でどの情報を使ってどのジャッジとプランを行なったかが全然わからないからです。
例えばこの症例は、若年男性が2ヶ月にわたる発熱・頭痛と後から嘔気や嘔吐が出てきたことで紹介受診となっています。
いいですか。「これだけで」出すべき検査、考慮すべき検査ってあるわけですよ。
本当はそれを示して欲しいんです。
考えたことと、実際したことを書くんです。
そしてそれは一致してなくていいんです。そのミスマッチが面白いんです。
そのミスマッチこそが「臨床」です。
例えば(さすがに論文に書かなくてもいいですが)、患者が午前2時に怒りながらやってきたとか、外来医が夕方から絶対遅れられない予定があるのに患者が16時に受診してしまったとか、担当医が前日全然寝ていないとか、そういう生臭い要素ってあるわけです。
つまり、ミスマッチがあったっていいんですよ。
お行儀の良い優等生みたいな形式に見えるから苦手だなこういうの。
とりあえず、若年男性が2ヶ月にわたる発熱・頭痛と後から嘔気や嘔吐が出てきたというだけで、何も考えず腰椎穿刺なんですよ。
で、1分を争うわけではないから、まずは頭蓋内精査です。CTと造影MRIが浮かびます。
造影MRが律速になる施設でしたら、単純CT→腰椎穿刺→その前後で病歴・身体診察→造影MRI、という道筋が現実的でしょうか。
この症例ではCTは正常、髄液検査は思いっきり異常でした。
髄膜炎がわかったこの時点で、もうHIV/AIDSまで想定します(もちろん経過を加味してですよ)。
正直、地域によっては「若年男性が2ヶ月にわたる発熱・頭痛と後から嘔気や嘔吐が出てきた」の時点でHIV/AIDSを疑います。腰椎穿刺の前に。
他もあるじゃんかと思いましたか?
思慮が甘いです。
HIV/AIDSかどうかは割と最初に判定しておく意味があるんです。
というのはHIVが陽性だとわかった時点で、臨床医の思考がはっきりと変わるんです。
どう変わるか。
「直ちにどっかに送る」
とかじゃないですよ。
そうではなく、HIVが陽性だとわかった瞬間に「なんでもあり」になるんですよ。
「なんでもあり」というのは、要するに複数の病態が重複していいということです。こう居直ることで、臨床医はホッとするんです。
逆じゃないの?と思うかもしれません。「なんでもあり」ということは、たくさんのことを考えなくてはならないじゃないかと。
そうじゃないんです。「なんでもあり」だと、患者ではなく、自分自身をメタ認知することである種の安堵感が生まれるんです。
この症例ではHIV陽性でした。
そうすると確定検査に移りますが、それでも陽性。
するとなんでもありになりますから、髄膜炎の病態は全て考えることになります。
検査をします。
梅毒は陽性でした。髄液FTA-ABSも陽性で、神経梅毒はあり。
あとは結核性髄膜炎が否定しきれないので、検査でも引っかからず経験的治療に踏み切る。
良い治療です。
下垂体がおかしいなという方向に寄ったのは、造影MRIの後でした。そこで多彩な脳病変の中の1つに下垂体炎に一致する所見があったとのことでした。
ホルモン精査では、プロラクチン以外は低下していました。
電解質や臨床症状ではあまりそれらしいものはありませんでした。
やはり「下垂体前葉機能低下・下垂体炎」という部分は、内容も浮いていましたね。
予想どおりでした。
……1例目は、以上です!
微妙な雰囲気のまま2例目に参ります。
■p792, 全身性毛細血管漏出症候群の1例
全身性毛細血管漏出症候群は稀な病気ですから、タイトルもシンプルです。
きっとストレートな内容でしょう。
こういうのは、「ピンク蛍光ペン」をしっかり引いて、この際全身性毛細血管漏出症候群という疾患を(短時間で)レビューしちゃおう、と考えるべきです。
はじめに言っておくと、この論文はおすすめです。
一度しっかり読んでおくと、それだけで「使えるアタマ」になります。
そろそろこのnote連載の隠れたテーマ:hidden theme(ごめん英語で言いたかっただけ)に勘づいてきた方もおられるでしょう。
それは、「症例報告で、臨床力を上げる」ということです。
先ほど「使えるアタマ」になると言いましたが、たくさんの症例報告を読むだけで「使えるアタマ」を作ることができます。
ちょっと機嫌が回復してきたので全身性毛細血管漏出症候群について、自分のピンク蛍光ペンを元に解説します。
全身性毛細血管漏出症候群は、著明な低血圧・低アルブミン血症・血液濃縮を三徴候とする稀な疾患ということです。
ふーんと思いましたか?
それはセンスがないです。
まず「著明な低血圧」と「低アルブミン血症」。これはいいですよね。自然です。
ですが、「低アルブミン血症」と「血液濃縮」です問題は。これは「!!!???」という感じです。
だって、アルブミンが低いのに血液が濃縮してるんですよ??(ママ)
やばくないですか?
もうこの三徴読んだだけで神経がヒリヒリしてきます。
実際の症例でも、アルブミンがストーンと落ちていると同時にHb/Htがガーっと上がっているんです。これは全身性毛細血管漏出症候群を特徴的に疑う所見だと思います。
ショックの患者を前にオロオロするだけのではなく、こういう検査データもしっかり見ましょう。身体診察だけじゃなくて。
病気の原因は不明で、推定される病態は、血管内皮の機能障害で血管透過性が亢進し血漿や蛋白が間質に漏出するというもの。そりゃそうだ。
全身性毛細血管漏出症候群は3つの病期を呈し、
(1)倦怠感や筋痛、発熱等の前駆期
(2)血圧低下を来たす漏出期
(3)心不全を生じる回復期
があるそうです。
発症は「急性発作」の形式をとるため、診断の遅れを生じやすい。
発作は年に平均3回程度くらい。
急性期治療は敗血症にそっくりとなるため敗血症に準じた治療になる(全身性毛細血管漏出症候群を認識できていないのだから当然)。
あ、
…...これは......
“pseudosepsis”、ですね?
そうです。
このたび刊行の運びとなった「Kunimatsu’s Lists ~國松の鑑別リスト~」のP36を当然思い出すはずです。
これです!
この著者によれば、”pseudosepsis”の病像をとるものとして、
サイトカインストーム
急性副腎不全/副腎クリーゼ
甲状腺クリーゼ
免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE)
TAFRO症候群
を挙げています。
ここに「全身性毛細血管漏出症候群」を入れておけばよかった~。くー!
……とこのように、この本には、後から鑑別リストや項目を追加・検討していくというコンセプトが備わっていて、
ここに、
お便りをください!
2例目は以上です!
あ、嘘です。
全身性毛細血管漏出症候群ですが、平時(発作でない時)の予防的治療が極めて大事とされています。
それはIVIgです。
保険適応もないのにどうするんだとか色々胸騒ぎがするのですが、今は考えるのをやめておきます。
死亡原因となるのは、回復期の心不全か、漏出期の虚血性多臓器不全だそうです。適切なIVIgで5年率は90%とのことで、やはり予防が大事ということになりそうです。認識も大事ですよね。
(参考文献)
Druey KM, Greipp PR. Narrative review: the systemic capillary leak syndrome. Ann Intern Med. 2010; 153: 90-8.
Kapoor P, et al. Idiopathic systemic capillary leak syndrome (Clarkson's disease): the Mayo clinic experience. Mayo Clin Proc. 2010; 85: 905-12.
■p798, 消化管出血を契機に診断された健常成人に発症した結核の1例
さて「どこ引き」最後の3例目です。
この症例の要点をお示しします。
- 消化管出血に対する初回の精査では、回盲部潰瘍はあったがこの時点で
は腸結核を強く疑う所見ではなかった。
- この時胸部CTで中葉に小さな浸潤影があった。呼吸器症状なし。
- 2回目の内視鏡で生検、病理で腸結核と診断。この時も呼吸器症状一切
なし。
- しかし痰から抗酸菌塗抹陽性、結核菌LAMP法陽性
……出てるじゃん!!!
これで終わるといけないので、先ほどの「Kunimatsu’s Lists ~國松の鑑別リスト~」のP138をみて見ましょう。
そりゃそうだ。
それでは今日はこの辺で!
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