怪談_記事

『怪談に学ぶ脳神経内科』【企画誕生前夜】~幕間~


推薦文
オカルトな時間留学のススメ

 私は超能力,幽霊,霊視,UFO,UMA など,いわゆるオカルトが好きだ.エスパー,陰陽師,イタコといった職業にもとても関心がある.超常現象の本を見つけるとつい読んでしまう.なぜオカルトが好きかといえば,2つの魅力があるためだ.まずなぜそのようなものが生まれたのかという社会学的,民俗学的,歴史的側面が面白い.そしてその現象や人が,われわれの理解できる科学現象なのか,それとも人智を超えたまだ理解できない現象なのか,はたまた単なるインチキかという科学的側面も面白い.私は現在,オカルトと呼ばれているもののなかには,未来には解明されるものが少なからず存在すると考えている.なぜならはるか昔にオカルトと考えられたもののなかには,現在の神経学の目から見れば説明がつくものが数多くあるためだ.

 さて2016 年6 月,本書の著者である駒ヶ嶺朋子先生らによる印象的な論文に出会った.「Lewy 小体病における幻覚とザシキワラシとの類似点―民俗学史料への病跡学的分析の試み―」(1)というタイトルに惹かれ,手にした論文の以下の書き出しに心が踊ったことを覚えている.「神経内科で出会う訴えの中には,妖怪や幽霊,怪物などの民間伝承のようなエピソードが時にある.民間伝承は世界各地に種々の形で存在し,その多くが空想の産物と捉えられている.しかし,普遍性の背景には何らかの根拠が存在する可能性があると仮定もできる」

 論文では,有名な「ザシキワラシ」について脳神経内科医の立場から,ある仮説を検証していた.具体的には「ザシキワラシ」の姿をした幻覚を認めた患者を紹介したあと,歴史をさかのぼり,明治から大正期に蒐集された「ザシキワラシ」の病跡学的分析を行っている.種明かしになるのでここで記載を留めるが,その興味深い論考は本書の第2 章で愉しんでいただきたい.

 本書は奈良時代から大正時代にかけて「時間留学」し,当時のひとびとにはオカルトもしくは超常現象と思われたであろう現象を,冷静な脳神経内科医の眼で見つめ直している.疾患についての現代的知識を整理して,その疾患についての理解を深めるとともに,病歴を深く読み取ることの大切さを改めて教えてくれる.時間軸を縦横無尽に行き来し,知的好奇心を満たす本書のような医学書は,私にとって初めて経験するものであった.

 本書が提案する「時間留学」の門戸は広く,敷居は低く,そして奥が深い.脳神経内科医や,その世界を学びたい他の診療科医師はもちろんのこと,とくに研修医や医学生,さらに一般のひとびとにも本書をぜひ手にとっていただきたい.10 の時代巡りをしたあと,きっと脳神経内科とオカルトが好きになるはずだ.それでは楽しい「時間留学」に出発しよう.
  
2020 年2 月
           岐阜大学大学院医学系研究科脳神経内科学分野 教授
                              下畑 享良


参考文献
(1)駒ヶ嶺朋子, 国分則人, 平田幸一.Lewy 小体病における幻覚とザシキワラシとの類似点―民俗学史料への病跡学的分析の試み―.神経内科. 2016; 84: 513-9.


書籍タイトル
『怪談に学ぶ脳神経内科』

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著者略歴
駒ヶ嶺朋子(こまがみね ともこ)
1977 年生.2000 年早稲田大学第一文学部卒.同年,第38 回現代詩手帖賞受賞(駒ヶ嶺朋乎名).2006 年獨協医科大学医学部卒.国立病院機構東京医療センターで初期臨床研修後,獨協医科大学内科学(神経)入局.脳神経内科・総合内科専門医.2013 年獨協医科大学大学院卒.医学博士.詩集に『背丈ほどあるワレモコウ』(2006 年),『系統樹に灯る』(2016 年)(ともに思潮社)がある.

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