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【期間限定公開】 突破口 感染症診療の難問に答えはあるか(24)

[第24回]例外と一般

岩田健太郎 いわた けんたろう
神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座感染治療学教授

(初出:J-IDEO Vol.8 No.3 2024年5月 刊行)


D 「うずらの卵だよ」
S 「あー,小学生が誤嚥,窒息して死亡した事故ですよね.可哀想でしたね」
D 「そのとおりだ.しかし,その後の対応がモヤモヤする」
S 「あー,過去にも同様の事例があったそうですね.2015年だったかな」

給食の「ウズラの卵」で児童が窒息死 過去に「米粉パン」「白玉団子」でも同様の事例 覚えておきたい対処法の一つ「ハイムリック法」(FNNプライムオンライン).https://news.yahoo.co.jp/articles/
0304c9fb5feb4b4dec1a4193ce0031bcd481f127
(Accessed 2024/3/5)1)

D 「逆に言えば,その2例だけだろう.一体,これまで何個のうずらの卵が子どもに食されたと思ってるんだ? こういうとき,分母を考えるのはとても大事だろう」
S 「たしかに,“うずらの卵を食べてもなにも起きなかった事例”を分母とすると,リスクとしてはとても小さいかもしれませんね」
D 「厚生労働省によると,2021年の5~9歳の小児の死亡原因第一位は悪性新生物だ2).次いで“不慮の事故”となる.死亡者数は330人と非常に少ない.1950年には同年齢層では19,774人も死んでいた.2000年ですら738人だ.人口減少を勘案しても,この年齢層での死者が非常に減っていることがよくわかる3).なんだかんだ,日本はどんどん安全な国になってるんだよ.そもそも小学生の死亡リスクは非常に低いのだ.いわんや“うずらの卵”に至っては,だ.ところが,小学校の給食でうずらの卵の提供を止めようとか,細かく刻んで出そうとか,あるいは低学年だけ別メニューにしようとかいうアイデアが出てるそうなんだ」
S 「むー.うずらの卵止めちゃうと,八宝菜とか若干さみしいですね.業者さんも困るだろうし.細かく刻むといっても,ただでさえ人件費の高騰などで給食業界から撤退・倒産してる業者が多いなかで,さらに業務を増やすというのもなんだかなー,ですね4).低学年だけやらせるなんてさらなる労苦ですよね」
D 「そうなんだよ.日本は昔から労働力=ヒューマン・リソースを軽視しすぎる.人の労働なんて打ち出の小槌みたいに無尽蔵に湧いて出ると信じている人があまりに多い.だから企業も役所もブラック体質になるんだよ.給食からうずらの卵を排除したり,給食のおばさんに細かく刻ませても,“やった感”が出るだけで,現場が疲弊するだけだ.小学校は規模にもよるが数百人単位で食事を作らねばならないんだからな.現場を疲弊させることにかけては,日本は天才的に上手だけどな」
S 「うちの病院もそうですよね……」
D 「そもそも,本件のポイントは“うずらの卵”そのものではない.それなりの大きさの固形物を慌てて噛まずに飲み込むと,なんだって窒息の原因になる.パンでも,肉でも,餅でも,飴玉でも,だ」
S 「ま,そりゃそうですね」
D 「ちなみに,消費者庁のちょっと古いデータによると,2010年から2014年までの5年間で発生した小児の窒息死事故は623件,そのうち約半数が0歳児で,4歳児以下が83%を占めている5).ここが介入の最大の年齢層ということだな.内訳で一番多いのがゼリーや団子などの菓子類,次いでりんごやぶどうなどの果物,次いでパン類,肉類となる.“うずらの卵”事故が起きたのは2015年だから,このデータには当然含まれていない.だから“うずらの卵”の供給を停止しても本質的な問題の解決にはならない.そして,小学生は介入の主戦場ではない.保育園だったらわかる.保育園は園単位の人数も少ないし,食事にきめ細かさも出せる.細かく刻んで対応するのが妥当だろう.しかし,小学生にはやりすぎだ」
S 「はい」
D 「大事なのは“固形物は咀嚼せよ”と教えることだ.あるいは教員たちにハイムリック教えることかな.小学生が噛まずに飲み込む可能性に配慮し,すべて禁止したらどうなる? 結局,咀嚼の習慣は失われ,問題は中学校に先送りだ.昔,バイク事故を防ぐために“三ない運動”ってやったんだよ.1970年代のことだ.高校生に“免許を取らせない”,“買わせない”,“運転させない”だ.けど,高校生でそれを禁じても,結局卒業後に免許を取り,バイクを買い,運転するわけで.むしろ学生時代にしっかり交通安全や運転技術を伝授したほうがよいわけだ」
S 「そうですよね」
D 「すごいのはこれからだ.Wikipedia情報によると,そもそも“三ない運動”に事故防止の根拠が乏しいということで,日本政府や文部省(当時)もこの運動に積極的じゃなかった6).しかし,高等学校PTA連合会がこれを強く主張し,運動が続いた.運動の実施が完全に終了したのは2017年のことだ.日本あるあるの,“間違ってるのに訂正できない,修正できない”の典型だな」
S 「でも,小学生でも,嚥下困難な人はいるかもしれませんよ.筋疾患とか,神経疾患の人もいるでしょうし」
D 「当たり前だ.例外事項は例外事項として扱う.なんで例外を過度に一般化するんだ.そういう誤嚥リスクの高い小児は,配慮して別扱いにすればいいだけの話だ.“アレルギーのある”子がいるからといって,給食からすべて全員からポテンシャルなアレルゲンを奪うわけにもいかないだろ」
S 「そりゃそうですね」
D 「このような“例外事項の一般化”も日本のお家芸で,みんな公平,平等にして,全員に同じルールを適用させ過ぎなんだ.典型的なのが大学の研究不正だな.たまに邪な研究者がいて,研究不正をすると,研究者全員を対象に防止策がアプライされる.“研究不正はいたしません”なんて誓約書に毎年サインさせるとか,ふざけすぎだろ.あんなことしてるから,要らん書類が増えて大学がブラック化していくんだ.不正するやつなどどこにでもいるんだから,そういうやつは見つけたらお尻ペンペンする仕組みを作っとけばいい.不正をしない大多数の研究者を鎖で縛るのはやめてくれ.ただでさえだだ下がりの日本の研究力がさらに下がるじゃないか」
S 「本当ですよねー」
D 「本当は,もっと注力すべきは“メディアが騒ぐ稀な事例”ではなく,“メディアが興味すら示さない毎日起きていること”なんだ.“犬が人を噛んでも騒がないけど,人が犬を噛むと騒ぐ”とは言い古されたクリシェだが,もちろん,人が犬を噛んだときの対策とかマニュアルは必要ない.大事なのは犬が人を噛んだときの対策だけだ.たとえそれが,メディアの関心を惹かなくても,だ」
S 「たとえば,どんなものでしょうか」
D 「毎年,接種率が低いままのHPVワクチンとかな.あれこそメディアが全力でカバーして議論すべきトピックだろ.贖罪の意味も込めて,な.大阪大学の研究グループによると,2022年までに対象初回接種を終えた人は2~25%しかいなかった7).あと,俺らまわりで言うならば,毎日のように起きている院内感染.カテーテル関連の尿路感染とかは,海外では激減してるんだぞ.でも,日本では相も変わらず,中途半端なインディケーションで尿カテを突っ込まれ,放置され,感染が起き続けている.オハイオの大学病院では,NHSNサーベイランスでCAUTIを年々減らし続け,ついに2021年にはゼロになった.まあ,米国ではメディケアの院内感染支払いを止めたりして,経済的なインセンティブが非常に強いのだけど,それにしてもすごい.カテーテル抜去の徹底がなされているんだな.カテがなければカテ感染は原理的に起きえないからな.ちなみに,日本の複数施設からの報告だと,NHSN基準でのCAUTI発生率は1,000カテーテル日あたり9.86,カテーテル挿入の適切さは66%だった8~10).こういう,“毎日起きている”問題の改善こそ,一所懸命力を入れるべきところなんだ.メディアが騒がないやつな」
S 「そうですね」
D 「薬剤耐性(AMR)対策アクションプランの2023-2027年版が出ただろ11~13).外来の抗菌薬使用はだいぶ減ったので,今度はカルバペネム使用など入院患者にも介入をかけようとしている(20%減)」
S 「はい」
D 「前回のアクションプランは“風邪に抗菌薬出すな”,“下痢に抗菌薬出すな”みたいなシンプルなメッセージだったから,比較的達成は簡単だった.しかし“カルバペネム減らせ”で,本当にカルバペネムが減るかは難しい.“どうやったらカルバペネム使用は減らせるか”がないからだ.このノウハウがないままに単にカルバペネム使うな,言うても,“じゃ,ピプタゾで”とかになるに決まってる」
S 「沖縄県立中部病院でカルバペネム届出制にしたとき,その使用量がまったく減らなかったと故・遠藤和郎先生が喜んでましたね.紙切れ一枚で使用量が減るってことは,いつもちゃんとインディケーション考えずに使ってるからって」
D 「そういう“考え方”は厚労省とかが全然理解できないやつだな.さて,ではカルバペネムをどう減らすか.ピプタゾに置換する,ではなく」
S 「はい」
D 「一番カンタンなのは,“カルバペネムを使いたくなるようなシチュエーション自体を減らす”ことだ.つまり,院内感染だ.CAUTIなんて,格好のターゲットだぞ」
S 「なるほど」
D 「抗菌薬の適正使用も大事だが,やはりいちばん大事なのは“抗菌薬を使わなくていい状態”を最大化することだ」
S 「どうしたらいいんでしょうね」
D 「決まっとるだろうが! J-IDEO創刊号からバックナンバー全部精読するんじゃ! 自宅用と,職場用と,持ち運び用と,保存用の全4冊揃えておくのが理想的だぞ!」
S 「最後はステマかい……てか,露骨なマーケティングでしたね」
D 「それはともかく,みんなでうずらの卵を食べて業者さんの応援しようぜ!」
S 「今夜も八宝菜だ!」



[参考文献]
1)給食の「ウズラの卵」で児童が窒息死 過去に「米粉パン」「白玉団子」でも同様の事例 覚えておきたい対処法の一つ「ハイムリック法」.https://news.yahoo.co.jp/articles/0304c9fb5feb4b
4dec1a4193ce0031bcd481f127
(Accessed 2024/3/5)
2)厚生労働省.令和4年(2022):人口動態統計月報年計(概数)の概況.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai22/dl/gaikyouR4.pdf (Accessed 2024/3/5)
3)e-Stat. https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003411659 (Accessed 2024/3/5)
4)ナリコマグループ.給食委託会社がやばい? 厨房運営委託会社の撤退・倒産が続く背景とは.https://www.narikoma-group.co.jp/lp/food-service-risk  (Accessed 2024/3/5)
5)消費者庁.食品による子供の窒息事故に御注意ください!―6歳以下の子供の窒息死事故が多数発生しています―.https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/release/pdf/170315kouhyou_1.pdf (Accessed 2024/3/5)
6)三ない運動.https://ja.wikipedia.org/wiki/三ない運動 (Accessed 2024/3/5)
7)朝日新聞.HPVワクチンの初回接種率 生まれ年度ごとに推計 大阪大チーム.https://www.asahi.com/articles/ASS224585S1YUTFL006.html (Accessed 2024/3/5)
8)Whitaker A, Colgrove G, Scheutzow M, et al. Decreasing catheter-associated urinary tract infection(CAUTI)at a community academic medical center using a multidisciplinary team employing a multi-pronged approach during the COVID-19 pandemic. Am J Infect Control. 2023;51:319-23.
9)Stone PW, Glied SA, McNair PD, et al. CMS changes in reimbursement for HAIs:setting a research agenda. Med Care. 2010;48:433-9.
10)Katayama K, Meddings J, Saint S, et al. Prevalence and appropriateness of indwelling urinary catheters in Japanese hospital wards:a multicenter point prevalence study. BMC Infect Dis. 2022;22:175.
11)薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027)概要.https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_gaiyou.pdf (Accessed 2024/3/5)
12)薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027).https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/ap_honbun.pdf (Accessed 2024/3/5)
13)厚生労働省.薬剤耐性(AMR)対策について.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html (Accessed 2024/3/5)


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