見出し画像

基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(11)

[第11回]緑膿菌に対するキノロンのポジションとは①

西村 翔 にしむら しょう
神戸大学医学部附属病院感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.2 No.6 2018年11月 刊行)

 前回まで,AmpC,ESBLと解説してきました.その流れでくれば,次はカルバペネム耐性腸内細菌……となるのが本筋ですが,今回は少し話題を変えて,筆者が以前から思うところのあった緑膿菌感染症でのfluoroquinolone系(以下,キノロンと称します)のポジションについて,(わりと好き勝手に)お話しします.

はじめに

 一言でキノロンといっても,細かく分類すると第4世代まであり,日本で保険収載されている薬剤は13種類(点滴,内服,局所薬含む)におよびますが,臨床現場で緑膿菌をターゲットとした場合,ciprofloxacinとlevofloxacin以外のキノロンを用いる機会はほとんどなく,またその意義も乏しいため,ここではこの2剤に絞って議論します.では読者の方々はciprofloxacinとlevofloxacinをどのように使い分けているでしょうか? 筆者は緑膿菌に対してはよほどの理由がない限りはlevofloxacinを用いることはありません.その理由の一つは,levofloxacinのほうがciprofloxacinよりも,肺炎球菌や黄色ブドウ球菌を含めてそのスペクトラムが広域であり,緑膿菌のみをターゲットとした場合にはそのスペクトラムの必要性が乏しいため,ということなのですが,もう一つの理由は,緑膿菌に対して,ciprofloxacinのほうがlevofloxacinよりも“有利な点が多い”ということにあります.有利な点が多い,というのはいかにもザックリとした物言いですので,今回と次回の2回に分けてその深意を語ります.まず今回はキノロンの基本的な耐性機序について解説します.

┃キノロン系の作用部位

 キノロンのターゲットとなるのは細菌のDNA gyrase(別名:topoisomeraseⅡ)とtopoisomerase Ⅳの2つの酵素です.では細菌内でこれらの酵素はどのような役割を果たしているのでしょうか?
 細菌でもヒトでも,2本鎖のDNAは二重らせん構造を呈しており,複製や転写などの過程ではこの二重らせんを局所的に解く必要があり,この解かれることにより生じたひずみのことを“負の超らせん”と呼びます.DNA gyraseは,DNA 2本鎖を切断し,切断された一方のDNA鎖を切断部位に通過させた後に,もう一方の切断されたDNA鎖と再結合させるというプロセスを経てこの負の超らせんを生じさせます.さらにDNA gyraseは複製や翻訳の際の捻れや歪みを解消する役割も担っています.一方で,topoisomerase Ⅳは複製された娘2重鎖DNAの結び目を解き,結果的に娘2重鎖DNAを分離させます.
 各酵素の構造を細かく見てみると,DNA gyraseはGyrA(サブユニットA)およびGyrB(サブユニットB)の各2分子ずつから成る4量体を呈しており,GyrAはATPが加水分解される際のエネルギーを利用してDNAの切断と再接合を触媒するのに対して,GyrBはATPに結合することでATPを加水分解(ATPase)する活性を持ちます.Topoisomerase ⅣもDNA gyraseと同じく4量体を形成しており,DNA gyraseでの各サブユニットGyrAおよびGyrBに対応するのが,グラム陰性桿菌であればParCおよびParE,グラム陽性球菌であればGrlAおよびGrlBとなります.
 キノロンは主として,これらの酵素によって2本鎖DNAが切断された部位に「はまり込んで」,酵素―DNAの複合体を捕捉し安定化させてDNAの再結合を阻害し,DNA複製ができなくなることで抗菌活性を発揮します[図1].キノロンの標的となりやすい酵素は,菌種ごとに異なっており,グラム陰性桿菌であればDNA gyraseが,グラム陽性球菌ではtopoisomerase Ⅳが主たる標的となります.

ここから先は

10,290字 / 5画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?