失敗から学ぶウラ診断学(6)
失敗から学ぶウラ診断学(6)
[第6回]成功したこと,失敗しなかったことに目を向けよ!
和足孝之
島根大学医学部附属病院 卒後臨床研修センター
誰もが臨床の場で経験する「やっちゃった」「しくじっちゃった」という負の財産を明日からの実力に転化するノウハウを伝授します.
Safety management should move from ensuring that‘as few things as possible go wrong’to ensuring that‘as many things as possible go right’. We call this safety—Ⅱ.
安全へのマネジメントは“できるだけ悪い方向へいかないことを保証する”考え方から,“できるだけ良い方向へいくことを保証する”考え方に変えるべきだ.われわれはこれをsafety—Ⅱと呼ぶ.
(Erik Hollnagel,デンマークの安全の研究者)
はじめに
医師はなぜ間違えるか? そもそも,ウラ診断学の観点からはそのようなことを考えること自体が古典的になりつつあります.なぜ古い考えかって? そこを理解していただくために,今回はsafetyⅠとsafetyⅡという比較的新しい概念【1】について,わが国で初めて(!!)診断エラーと絡めてお話しをしていきます.
無敗=患者の安全
本連載「ウラ診断学」の究極の目標として,「百戦全勝より百戦無敗」を掲げています.医療安全の視点からは,そもそも医師の診断という行為において「何をもって無敗とする」のでしょうか? 全く診断を間違えないということは,絶対に不可能です.しかし,診断は医療の本質である以上,仮にエラーが発生しても患者さんの安全が保障されなければなりません(実際にはココが一番難しいのです).患者さんの安全,これこそが「無敗」の意味するところです.
前回までのお話は,医師が行う診断の過程には,さまざまなエラー要因があり,特に認知バイアスという人間のもつ脳の特性が大きな影響を及ぼしていて,瞬間的に脳が自動で判断してしまうsystemⅠ(直観的診断)が与える影響が大きいということでした(第2~5回参照).一方で,分析的に考えながら診断を行う方法をsystemⅡ(分析的診断)と呼んできました.直観的に診断するほうが早くて効率が良さそうですが,うっかりミスが増えるのではないかとされています【2】.確かに分析的にいろいろな角度から評価したほうが診断エラーは減りそうでもありますが,評価しすぎることで罠にはまりやすくなる側面もあります.
さて,日常生活を考えてみましょう,僕はこの1週間を振り返ると,メールする相手を間違えたり(医学部長に奥さんあてのメールを送ってしまったり),原稿の締め切り日を間違えていたり(故意に?),花の都大東京で反対側の電車に乗ってしまって気付かずに一周してしまったりと散々でした.
診断エラーや,医療安全におけるさまざまな事例も本質的にはこのような日常生活における失敗と全く変わりがありません.場所や相手によって,笑い話で済むこともあれば,時には医療として有害性を帯びてくるわけです.
日常生活でも,医療の現場でも,誰しもエラーを頻発するのが今や前提です.これが,“To err is human(人は誰でも間違える)”の概念です【3】.それだけ頻繁にわれわれはエラーを起こしているにもかかわらず,患者さんへ実害を与えている少なさを考えてみると(僕らが認識できていないだけかもしれませんが……),そもそも「安全とは何か?」という命題を考えなければなりません.
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