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基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(38)

[第38回]Acinetobacter属の臨床像と耐性機構①

西村 翔 にしむらしょう
兵庫県立はりま姫路総合医療センター感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.7 No.3 2023年5月 刊行)

 前回までP. aeruginosaに関して解説してきましたが,今回からはブドウ糖非発酵菌のもう一方の雄である,Acinetobacter baumanniiについて議論していきます.

Acinetobacter属の変遷および同定

 Acinetobacter属は,偏性好気性,ブドウ糖非発酵,非運動性,カタラーゼ陽性,オキシダーゼ陰性の,多型性のグラム陰性(球)桿菌です.
 Acinetobacter属の歴史は1911年に遡り,オランダの微生物学者であるBeijerinckによって土壌から初めて分離され,当初はMicrococcus calcoaceticus(現在のAcinetobacter calcoaceticus)と名づけられました【1】.その後,1940年代までに類似した菌種が繰り返し発見されては異なった属や種に分類(例;Diplococcus mucosus,Mima polymorpha,Herellea vaginicola,Moraxella lowffiiなど)されました【2】が,1954年にBrisouおよびPrevotによって,初めてAcinetobacter属が設けられ,そのなかで運動性の菌種から非運動性の菌種が分離されました(ちなみに,Acinetobacterはギリシャ語の,αは「欠く」,kinetoは「運動性」つまり,α-kinetoで非運動性を意味する単語を語源としており,bacterは桿菌を意味します.名前の通り,鞭毛も有さないAcinetobacter属は運動性がありません)【3】.その後,1968年にBaumannらによって,前述の異なった菌種らが一つのAcinetobacter属として統合され【4】,1971年には,「Moraxellaおよび関連細菌の分類に関する委員会」によって,正式にAcinetobacter属として承認されました【5】.すでに1968年にBaumannらがAcinetobacter属を提唱した段階で,ここに属する種を表現型検査に基づいて分類することは困難であることを指摘していました【4】が,その後,1986年になり,BouvetやGrimontによって,DNA-DNAハイブリダイゼーションの技術を用いた分類法(taxonomy)が開発されて,ようやく12のグループ(あるいはgenomic species)に分類されるようになります【2】.その後も,新しい菌種の登録や,新たな遺伝子解析技術の進歩による再分類が進み,2023年1月21日時点でLPSN(list of prokaryotic names with standing in nomenclature)には76の菌種が登録されています【6】.先ほど,Acinetobacter属を表現型検査で分類するのは困難である【7】,と述べましたが,特に最もヒトへの侵襲性感染を起こす頻度が高く【8】,抗菌薬の耐性度も高い【9】ために臨床的重要性の高いA. baumannii(Bouvetらの分類でのgenomic species 2)【8】と,A. calcoaceticus(genomic species 1),A. pittii(genomic species 3),A. nosocomialis(genomic species 13TU)の3菌種は非常に近縁であり,自動同定装置や生化学的性状に基づいた同定検査などの表現型検査では鑑別不能であり【10】,これらはまとめて,Acinetobacter calcoaceticus-Acinetobacter baumannii complex(ACB complex)と称されています.さらに,近年では,A. seifertii(genomic species 13TUの近縁種)【11】,さらにはA. dijkshoorniae(A. pittiiの近縁種)【12】の2菌種も,このACB complexに組み込まれています.結果的に,現時点でACB complexには6菌種が含まれることになり,このなかで唯一A. calcoaceticusに関しては,土壌や水系環境から分離される環境菌であり,ヒトに対して病原性を有することはほとんどない【9,10】と考えられてきましたが,近年ではヒトへの感染事例も散見されます【13,14】.Acinetobacter属内での正確な菌種同定には,16S rRNAやrecA,rpoBといったハウスキーピング遺伝子,あるいは16S-23S spacer領域遺伝子のシークエンス解析が必要です【15】.16S rRNAに関しては,他の細菌属と異なり,Acinetobacter属では,菌種間での可変領域の多型性(polymorphism)が低いため,その他のハウスキーピング遺伝子(例;rpoB,recA,gyrBなど)の解析が有用である可能性が指摘されています【16】.また,近年はMALDI-TOFによる菌種同定も検討されていますが,データベースのアップデート具合と検体の抽出プロトコールに依存して検査精度には幅があるようです【15,17,18】.また,ACB complexのなかでも,A. baumanniiのみが,class DのカルバペネマーゼであるOXA-51-like遺伝子(blaOXA-51-like)を染色体上にコードしているため,OXA-51-like遺伝子をPCRによって検出することでもA. baumanniiの同定が可能です【19】.ただし,プラスミドを介して,Acinetobacter属の他の菌種がOXA-51-like遺伝子を獲得したり【20】,逆にA. baumanniiでも挿入配列(例;ISAba19)によってOXA-51-like遺伝子が破壊されてしまい,アウトブレイク時に(一部の症例での)検出が遅れたとする報告もあります【21】ので,OXA-51-like遺伝子のみに依存してA. baumanniiを同定する際は注意が必要です【15】.

Acinetobacter属の疫学

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