怪談_記事

『怪談に学ぶ脳神経内科』【企画誕生前夜】第壱夜(駒)


江戸コレラ流行期の口コミ

 今現在,医療は人類が新たにその存在に気づいたという意味で「新型」と呼ばれるウイルス禍のさなかにある.人類との接触の機会が少ない環境に存在したのか,あるいはウイルスも環境の変化に適応し進化していく存在であるために実際に最近現れたのか(1)
 この10年で人類の移動習慣は激変し,かつてないスピードで多くの人々が地球上を行き来していることが,世界的大流行の背景にあることは事実だろう.未曾有の,未知の出来事に対する当然の反応として,恐怖が蔓延している.

 一方で医学史をざっと振り返ると,船を停泊させて検疫する手段は700年前のペスト流行時にはすでに行われていた.1348年に感染地からヴェネツィアに到着した船舶は上陸まで40日間錨を下ろして待機する決まりが作られ,イタリア語のquaranta giorni(40日間)がquarantine(検疫)の語源となったという(2)

 温故知新という言葉があるが,過去を振り返ることは新たな発見につながる.『怪談に学ぶ脳神経内科』では,3世紀の「倭人伝」から,現代文学まで1800年間を自由に行き来し,なかでもことさら不思議な現象を拾い上げ,医学と絡めて学んでみた.

 この時節柄,ここに発言の機会を得たので,今回,歴史上の感染症の流行と神仏妖怪の類との関連を検索してみた.
 国立公文書館デジタルアーカイブでは『安政箇労痢流行記』(1858年)が公開されている(3).「コレラ」は19世紀にはすでに腸管感染による脱水症が死因となることが突き止められていたが治療法は確立していなかった.1858年夏のコレラの流行が,その年の秋にすでにこうして一冊にまとまっていることも驚くべきことだが,「コレラ」という正確な病名の記載のほか,コロリと亡くなってしまう恐ろしい存在であるから「狐狼狸(ころり,いろいろな当て字がある)」と呼ぶといったことや,8月に出現したという彗星が関連ありげにイラストで描かれていたり,民間での様々な噂もまた記録されている.
 中でも驚かされた記録は,治療法として「此病をうけたりと知らバ熱き茶の中へ其茶の三分一焼酎を入れ砂糖としおを加えてのむべし」という部分である.続いて,焼酎を布につけて体をこするべし,といった,なんとなく消毒を思わせる記載もある.

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図1.擬人化された疾病コレラ.狐狼狸の絵.

 西洋医学でのコレラ治療の歴史は1830年代に実験的経静脈補液療法が提案され,20世紀半ばにそれが確立され,その後1960年代にはグルコースが腸の塩分吸収を助けることが発見されて,より汎用性のある経口補液療法が可能になったとされている(2).医学的検証より100年も前に,江戸の人々はできることから脱水症の治療を模索していた様子がわかる.アルコールは濃度によって細胞膜に対する振る舞いが異なるため,なぜ真水よりも腸管吸収がよいのかまだわかっていない部分もあるようだが, 19世紀の江戸の民間療法もあながちあなどれない.

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図2.疫病除けとなる「白澤(はくたく)の図」.

 また,この『安政箇労痢流行記』の巻末には,「白澤(はくたく)の図」が掲載されていた.疫病除けになると信じられ,麻疹やコレラの流行の際には,こうしたご利益のある図画を持つことが当時行われていた.ツノが頭と背中に合計6つ,目玉が見えているだけで7つあるライオンと牛が合体したような風態の造形だが,その眼光は理知を湛えていてまるでレオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知図』の大天使ガブリエルのような顔貌である.受胎告知図で,自らの妊娠にまだ気づいていないマリアを不安がらせないため大天使が下からうやうやしく見上げたように,白澤もまた不安を取り除くような威容を醸しながら見上げている.

 黒船が1853年に来航し鎖国がとうとう終焉を迎えたという状況の中,外国から持ち込まれたと思われる疫病が次々と流行するという危機に対する江戸の人々の不安や恐怖は計り知れない.
 蔓延を阻止するためには冷静な対処を要する.冷静な対処を行うには,不安や恐怖を落ち着かせることが必要であり,こうした図画は実際に,医療を助ける大きな力を発しただろう.


参考文献
(1)ポール・W・イーワルド.池本孝哉・高井憲治訳.病原体進化論.人間はコントロールできるか.2002年,新曜社.
(2)スティーヴ・パーカー.酒井シヅ監訳.医学の歴史大図鑑.2017年,河出書房新社.
(3)安政箇労痢流行記概略.国立公文書館アーカイブス.http://www.digital.archives.go.jp/


書籍タイトル
『怪談に学ぶ脳神経内科』

予約ページはこちらから
http://chugaiigaku.jp/item/detail.php?id=3129

著者略歴
駒ヶ嶺朋子(こまがみね ともこ)
1977 年生.2000 年早稲田大学第一文学部卒.同年,第38 回現代詩手帖賞受賞(駒ヶ嶺朋乎名).2006 年獨協医科大学医学部卒.国立病院機構東京医療センターで初期臨床研修後,獨協医科大学内科学(神経)入局.脳神経内科・総合内科専門医.2013 年獨協医科大学大学院卒.医学博士.詩集に『背丈ほどあるワレモコウ』(2006 年),『系統樹に灯る』(2016 年)(ともに思潮社)がある.

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