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[Special Topic]病院の薬剤耐性菌対策を見直そう

[Special Topic]病院の薬剤耐性菌対策を見直そう
坂本史衣 さかもと ふみえ
聖路加国際病院QIセンター感染管理室マネジャー


何が薬剤耐性菌対策を困難にしているのか

 薬剤耐性菌(antimicrobial—resistant organisms, ARO)を取り巻く世界の状況は明るくはない.2014年に英国の経済学者Jim O’Neillは,2050年には全世界で毎年1,000万人がARO感染症で死亡し,GDPが2~3.5%減少することで,最大100兆ドルの経済的損失が生じると首相に報告した【1】.また,2017年にWHOは,病院や長期療養型施設において重篤な感染症を引き起こす薬剤耐性結核菌およびグラム陰性桿菌に対する治療オプションの不足が深刻化しているとの警告を発した【2】.O’NeillやWHOの警告を本気で受け止めた方がよいという実感は,感染対策担当者であれば誰もが持っているはずである.十数年前まではAROといえばMRSAであり,VREであった.これらが予防策の隙間をかいくぐって感染症を引き起こしても,早期診断と効果的な治療薬により患者が重症化も死亡もせずに済むことはいくらでもあった.だが近年は,それを許さないAROに遭遇する機会が増えた.それらはたとえば薬剤耐性ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌(NFGNB)であり,カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)である(以下,本稿でAROという場合は主にこれらを指す).特に後者は治療薬が限られるという点だけでなく,腸管に長期間保菌する患者がいること,菌種によっては感染症の致命率がきわめて高いこと,検査の限界により見過ごされる株が存在すること,また,伝達性プラスミド上の耐性遺伝子を異菌種が共有するために感染経路の特定や感染対策の評価が難しいといったこれまでにない困難をもたらしている.


今日の薬剤耐性対策に求められるもの

 これらのやっかいなAROの広がりを防ぐには,One Healthアプローチが必要であることは2016年に策定された薬剤耐性対策アクションプランのなかで述べられている通りであるが【3】,本稿ではそのメインプレイヤーの一つである病院においてAROの伝播を防ぐために行う取り組みに焦点を当てる.病院はAROが集中し,社会に拡散していく中核地(epicenter)である.しかし,そこで行われている「保菌者に標準予防策と接触予防策を徹底するよう現場に指示する」という従来型の取り組みは,AROの伝播を防ぐために十分な機能を果たしているとは言えない.そのことは,薬剤耐性NFGNBやCREによるアウトブレイクがたびたび報告されていることからもうかがえる.アウトブレイクの要因は複雑に絡み合っており,すべてを病院でコントロールするのは難しい.だが,そのなかには働きかけを強化することで,ARO対策をより効果的なものに変えるポテンシャルを秘めた要因が二つ含まれている.一つは,AROのボーダーレス化であり,もう一つは,医療従事者の自由意志に基づく行動である.一見制御不能に思えるこれらの要因に介入することは,今日のARO対策に不可欠である.


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