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國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.13

國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.13
國松 淳和 くにまつ じゅんわ
医療法人社団永生会南多摩病院
総合内科・膠原病内科 部長


 今回は2020年7月号の「何読み」です!

 今月の内科学会雑誌の特集は、「出血傾向」です。
 今回のおすすめは、

V. 後天性血友病Aの診断・治療とその問題点
VII. 術前検査としての凝血学的異常

 あたりでしょうか。

 Vは、めちゃめちゃ簡単に言うと、「出血症状+APTT延長」で引っ掛け、クロスミキシングテストをしていわゆる“上凸パターン(インヒビターパターン)”を示したら診断です。
 インヒビターというのはつまりは抗体です。ある特定の凝固因子に対する抗体ができてしまい、その量が少なくなってしまっているというわけです。簡単ですね。
 なので治療はステロイドです。

 VIIは、例えば処置前とか外科医が術前とかにやる「ギョーコチェック」で、もしPTやAPTTが延びていた場合、内科医にコンサルテーションがあると思いますがまさにそういう時にすごく役立つ記事です(外科でも内科でも)。
 色々細かく書いてあるのでこの記事は要保存ですが、めちゃ一言で言えば「APTT延長に注意」です。
 von Willebrand症候群も血友病もAPTT延長から見つかります。後天性でもそうです。


 はい、さて「今月の症例」については今月号も2例ありました。では見て参ります。
 今月の「どこ引き」の始まりです!

 あ、

 ちなみに「どこ引き」というのは、「今月の症例、どこに線を引きましたか?」の略で、弊note「何読み」の中の名物コーナーになっております(自称)。

 「どこ引き」は、(私の場合)青とピンクの2色の蛍光ペンで、

青:この症例に関する重要点・私が重要と思ったところ
ピンク:この症例とは直接関係ないけれど、一般論として重要な点・別の症例などに役立ちそうなところ

 で塗り分けるのでした。

 まず1例目です。

■p1415 石綿曝露者に生じたIgG4関連呼吸器疾患による胸膜炎の1例

 ではいつものように最初にタイトルをみます。
 はい、まったく一般的な感じではありません。
 これは俄然読みたくなります。

 まぁ、これ、先に言ってしまうとかなり質の高い洗練された記事です。無駄がなく美しいです。
 「石綿? え、中皮腫じゃん」という非専門医の浅はかな思いを、この労災病院の専門家たちがぶっ潰してくれます。

 症例は、40年間舞台美術の仕事をしていた、業務上の石綿曝露があったという60代の男性。
 1年前の右胸水+胸膜肥厚の精査に際し、胸腔鏡下の胸膜生検までやって繊維性胸膜炎としか言えず、「石綿曝露による良性石綿胸水」という結論になっていました。これが1年前です。
 しかし今回は左胸水で受診。FDG-PET/CTも実施、今回も胸腔鏡で胸膜生検を実施しています。

 するとなんということでしょう。IgG4関連疾患の病理像に一致しているではありませんか。
 すると1年前の右胸水精査時の胸膜病変の病理は? これを再検討する(=その目で見返す)とこちらもIgG4でしたとさ。

 実はこの論文の素晴らしいところは、ここからのメッセージのもって行きかたなんですよ。

 「原因のよくわからない胸水を見たらIgG4関連胸膜炎も鑑別に入れるべきである」

 なーんて、メッセージ風だけどなんのメッセージ性もない、薄く非現実的な“Take Home Massage”を作っちゃう医者がいますが、一生鑑別に入れてろって感じですよ。もしくはずっと家でマッサージでもしていて欲しいです。

 この論文の著者たちは違います。その要点は以下です。

● 石綿曝露者に胸水を認めた場合は、まずはとにかく悪性中皮腫を考える
● その理由として、「悪性中皮腫の初期では胸水のみのこともあり得る」
● 中皮腫は胸水検査のみで診断できないから、積極的に胸腔鏡下の胸膜生検をするべきだ

 としています。非常に、謙虚な態度で臨床医らしいです。
 考察も、

● 文献的に、石綿曝露者の胸膜炎→IgG4関連疾患だったという例はない(今回が初)
● 良性石綿胸水とIgG4関連呼吸器疾患で見られる胸水は、胸水検査だけでは両疾患の鑑別は困難

 とした上で、つまりは生検が重要だとしています。

 かなり極端に稀なケースを呈示しつつ、考察やメッセージが非常に普遍的で有用なものになるように記述が練りこまれ、かつくどくどしていない文で書かれてあります。ちなみにIgG4関連疾患の診断は病理学的には確実だと思いました。手堅いです。ぜひご一読を。

......1例目は、以上です! では2例目に参ります。


■p1423 インフルエンザを契機とした副腎不全、低Na血症の加療中に横紋筋融解症を生じた1例


 さて「どこ引き」2例目です。今回もまずタイトルを見てみましょう。
 まず、「インフルエンザで副腎不全? 怖い!」と誤解を招いてしまいそうです。なので早速で恐縮ですがtitleがよろしくないと思います。

 次に「副腎不全」と「低Na血症」ですがこれは仲良しなのでOK。その経過で横紋筋融解症になるかということですが、これは......なりますよね?(経験的に)

 ということでけっこう不安な気持ちで読み始めることになります!!

 読んでみるとすぐに、まずインフルエンザのくだりが飲み込めました。
 この患者さんはもともと下垂体前葉機能低下症があり、ヒドロコルチゾンの補充を連日行なっている方でした。副腎不全のハイリスク患者さんでした。
 そりゃインフルエンザが過負荷になって副腎不全を起こしかねませんよね。(実際には、インフルエンザのせいか嘔吐下痢が起き、それでヒドロコルチゾンの吸収が悪くなり、ステロイド離脱となって副腎不全になったように見えます)

 このようなところが大事だと思っていて、健常な人が、インフルエンザに罹って急に新しく副腎不全になっちゃったかのようなtitleだな思ってしまうわけですよ私は。私はね。

 経過でちょっと細かいことを言います。
 この症例ではインフルと診断されて投薬が始まった2日後に意識障害と痙攣を起こして救急搬送されるところからが今回の経過となっています。そこでNa 113 mEq/lでした。
 そして頭部CTで頭蓋内の新規病変がないことで意識障害と痙攣の原因が低Na血症としています。確かにこれ(Na 113 mEq/l)はその原因にはなりますが、この患者さん、いかんせんインフルエンザ確定の2日後に意識障害と痙攣が起こっているんですよ。もう少しこの鑑別に対して慎重になっても良かったのではないでしょうか。
 例えば髄液検査とか、MRIとか、脳波とか。

 論文の主題はこの後からで、Na 113 mEq/lに対する補正を急いだところ、補正が早すぎたためにそれが横紋筋融解症発症のリスクになったのでは、という考察になっています。
 この論文の素晴らしいところは、この考察の裏付けをする展開です。
実は、「水中毒の人って、極端な低Na血症になって有症状になって搬送されて、入院でみているとCK高くなってるよなあ。痙攣のせいかなあ。でもまあいいやすぐ治るし」みたいなことって臨床的にはすごくよく経験すると思うんですが、これを見事に考察しているのです。

 ある文献(*)では、非外傷性横紋筋融解症298例を検討したところ、薬剤性・感染症・高血糖昏睡・水中毒・アルコール中毒、がこの順で多いとし、水中毒の場合は、痙攣、低Na血症、低浸透圧血症が横紋筋融解症の発症に関与するとされているそうで、これを引いて低Na血症自体が横紋筋融解症を招いたのだと論を展開しています。
(*)原西保典,他.本邦における非外傷性横紋筋融解症例の文献的検討.ICUとCCU.2004;28(11):929-933.

 そして「低Na血症による横紋筋融解症」の発症機序が2つに分けて述べられています。もちろん原文では文献付きです。

 1つは、細胞外Na濃度が下がると、横紋筋の細胞膜上のNa-Ca交換系の機能が低下するので、細胞内Caイオン濃度が増え、Ca依存性プロテアーゼなどの酵素が活性化されて細胞障害が起きる、とする説。

 もう1つは、細胞外浸透圧の低下によって細胞が膨張、細胞膜が脆弱化して細胞内の酵素が逸脱するという説。つまり浸透圧の急激な補正がそれを招くということ。

 これをまとめて、低Na血症・低血漿浸透圧・血漿浸透圧の急な補正、が横紋筋融解症の発症に関連しているのではという考察がなされていました。
 これだけでなく、既報の検討から、横紋筋融解症をきたした低Na血症のほとんどが水中毒によるものらしいです。
 つまり私の現場所感であった「水中毒の人って、極端な低Na血症になって有症状になって搬送されて、入院でみているとCK高くなってるよなあ。」は正しかったということになります。

 水中毒によるNa補正に関する論文があって(Kashiura M, Sugiyama K, Hamabe Y. Association between rapid serum sodium correction and rhabdomyolysis in water intoxication: a retrospective cohort study. J Intensive Care. 2017; 5: 37. PMID: 28649384)、補正に際して横紋筋融解症を発症した群は発症しなかった群に比べて、補正開始後24時間以内の補正速度が速かったらしいです。そりゃそうかなという結果。

 またSoodらによると(Sood L, Sterns RH, Hix JK, Silver SM, Chen L. Hypertonic saline and desmopressin: a simple strategy for safe correction of severe hyponatremia. Am J Kidney Dis. 2013; 61(4): 571-8. PMID: 23266328)、過剰補正したNaは、逆に5%ぶどう糖やデスモプレッシンでNaを下げてやるとよい、としているみたいで、これは実際に今回の症例でもやられており感心しました。

 まあとにかく最初の24時間は、Na補正はゆっくりと!というメッセージになっています。

 ......と、ここまで言っておいて。

 実は個人的にはこの最後だけは少しだけ違う感覚を持っています。
 水中毒の人って、1日にどれだけ水を飲んでるか知ってます?
 10 Lとか8 Lとか6 Lとか飲むんですよ。
 毎日5~6 L飲んで慢性低Na血症になっていたところへ、ある日ばかりは10 Lくらい飲んでしまい急に低Naが進んで有症状化すると思うんですよね。

 すると、そんな人が入院して例えば500 mLの3号液を4本繋いでいたらどうですか?

 2 Lです!
 めちゃめちゃ水制限しています! 普段のこの人からすると!!

 つまり、入院して点滴管理(その内容はこの際何でもいい)にしたというだけでそれはもうNa補正に向かっていると思うんですよ相対的に。水-Na動態として。

 だからそもそも、水中毒の人に「補正」という概念すら取り入れなくていいのではと思ってしまうのです。「補正」しようとするから「速度」という軸が生まれちゃうのです。あ、また俯瞰しちゃった。


 それでは今日はこの辺で!

 あ、セルフトレーニング問題今年はやらなきゃ......(デジャブ感)

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