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國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.09

國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.09
國松 淳和 くにまつ じゅんわ
医療法人社団永生会南多摩病院
総合内科・膠原病内科 医長


 今回は2020年3月号です。

 今月の内科学会雑誌の特集は、何というか、去年の10月に行われた「内科学の展望」という生涯教育セッションの総集編となっています。

 各講演のまとめ集ということです。
 総花的で、踏み込んだ内容ではないので、ぱらっと読んで「今月の症例」をチェックしに行きました(何読みになってない)。


 「今月の症例」、今月号は3例ありました。1例ずつ見て参ります。
 今月の「どこ引き」です!

 あ、

 ちなみに「どこ引き」というのは、「今月の症例、どこに線を引きましたか?」の略で、本連載「何読み」の中のメインコーナーになっております。

 「どこ引き」は、(私の場合)青とピンクの2色の蛍光ペンで、

青:この症例に関する重要点・私が重要と思ったところ
ピンク:この症例とは直接関係ないけれど、一般論として重要な点・別の症例などに役立ちそうなところ

で塗り分けるのでした。


 まず1例目です。

■p590, 家族内に複数人感染がみられた新規ブルセラ属菌感染症の1例


 ブルセラというのは病原体の名前で、それにかかるとブルセラ症を発症します。発熱します。
 断続的な熱が数週間続き、一時的によくなって、また繰り返す......とちょっとピンと来ませんが、「波状熱」という固有名詞が有名で、テストに頻出です。

 この症例は、タイトルからもわかるように「希少な感染症で、しかも新種」というパターンです。正直日常臨床で出会うことはまずなく、記録的な意味合いが大きい症例報告ということになります。

 ブルセラ菌属は普通動物からヒトに感染して発症します。この症例の地は長野県松本市で、今回は新規のものが同定されたそうです。

 この症例では、家族内感染していますが、感染契機(どの動物からうつったか)が不明なままでした。病原体を突き止める執念が感じられる症例報告でした。

 すごいですね。

 ちなみに症例報告のスケルトン(骨格)は次のようになっています。御免なさいスケルトンって言いたかっただけです。

1ヶ月間、熱が出たり下がったり微熱が続いたりの40代女性

発熱時に両膝が痛いくらいで、あとは非特異的な症状のみ。

CRPは11.6 mg/dLで、血液培養をしたら3日後に2セット4本のうち、好気ボトル2本からグラム陰性桿菌が出た。

特定できず、外部機関で16S rRNA解析でブルセラ属と判明。

最終的には国立感染研で、9座連結配列による系統樹解析まで行って、新規のものとわかった。

というものです。

 はい、前も言いましたが、こういうのは「レアなマニアックなブルセラ属種の一例報告」としてみてしまうと、0.1秒で飛ばしたくなる症例ですが、ブルセラ症のミニレビューだとして読めば、短時間でレビューできる良い読み物になっています。

 素晴らしいですね、内科学会雑誌。
 今月東京国際フォーラムで開催予定だった内科学会総会はノーベルコロナのせいで飛びましたけど(泣)。

 ......1例目は、以上です!


■p598, 心タンポナーデを合併した抗PL-7抗体陽性皮膚筋炎の1例

 
 さて「どこ引き」の2例目です。

 みなさん、抗ARS抗体って知ってますか? ARSは、アミノアシルtRNA合成酵素の略です。しーん。

 抗ARS抗体は総称で、一番有名なのは国試でもおなじみ抗 Jo-1抗体ですね。現在は8種わかっていて、残り7種あって、今回の抗PL-7抗体はそのうちの1つです。

 ここではめんどくさいので、じゃなかった文字数の関係で「抗ARS抗体症候群」という言葉だけ押さえておきましょう(中外医学社から別に文字数制限とかないけど? とかいう声が聞こえましたが無視)。

 今回は、タイトル通りの症例で、抗PL-7抗体陽性皮膚筋炎の治療経過中に心嚢液貯留を認めた、っていうことです。

 私はこうみえてリウマチ専門医で、抗ARS抗体関連の筋炎の診断とマネジメントに慣れているので大丈夫ですが、詳しく知りたい方は是非この症例報告を読むといいです。
 考察のところが、例によって非常に質の高い、しかもコンサイスで程よいレビューになっています。

 個人的には筋炎の治療で、ステロイドの減量過程で心嚢液貯留 → 心タンポナーデをきたしたというところに関心を持ちました。
 これは文献で「示唆」があるようです。

Labirua-Iturburu A, et al. Anti-PL-7 (anti-threonyl-tRNA synthetase) antisynthetase syndrome: clinical manifestations in a series of patients from a European multicenter study (EUMYONET) and review of the literature. Medicine (Baltimore). 2012 Jul;91(4):206-11. (PMID: 22732951)

 これによると、ヨーロッパ人の抗PL-7抗体症候群18例のうち、9例にpericardial diseaseがあり、そのうち2例に心タンポナーデがみられたそうです。

 抗PL-7抗体の筋炎では、心膜症候;心嚢水・心タンポナーデに注意と思っても良いようです。

 この症例は50歳女性で「皮膚筋炎」らしいのですが、その描写が全然なく、正直いうと本当に皮膚筋炎なのかは怪しいと思っています。

 また、診察で普通にmechanic handsもあり、近年商業ベースで普通に測定可能な抗ARS抗体を前々から測っていれば、今回の急性増悪の時に、ステロイド単独での治療ということにはならなかったのではと考えました。

 あ、

 2例目は以上です!(忖度)


■p603, 中枢神経ループスとの鑑別を要した水痘帯状疱疹ウイルス血管症の1例

 
 さて「どこ引き」最後の3例目です。

 これは非常にタフなケースです。
 ちょっと気が引き締まります。

 なんか、自分が後期レジデントの時代、当時のボスである三森明夫 先生(@膠原病診療ノート)やその仲間たちとの、病棟での日々のことを思い出してしまいました。じーん。

 私は今でこそ、総合ナンチャラとか、外来でナンチャラとか、不明ナンチャラとか、あるいは 國松’sリスト、などと言っていますが、原点は膠原病科での入院診療です。
 懐かしいなあ。
(※ 編集部注:三森明夫 先生は現在クリニックの院長として診療をされており、ご健在です)

 さてこの患者さんは18歳ですが小児発症のSLEで、腎炎の反復再燃に対して維持ステロイド + 免疫抑制剤(MMF + Tacを使った流行りのマルチターゲットセラピー)で治療されていました。

 発熱・頭痛・嘔吐で前医の病院に入院するのですが、そこで頭部MRIを撮ったところ、なんというか......

 あっ、いま急にこの「何読み/どこ引き」の作業風景を撮ってみたくなったのでお見せしますね。

 こんな風に青蛍光ペンで線を引いたりしてます。

図1


 あっ、話を戻しますが、MRIの所見がすごかったみたいなので髄膜脳炎としての対応をまずしたようなんですが......
 そしてここがこの症例の最大の引っ掛けなのですが、同時に尿蛋白が増悪していたんです。
 つまり、腎炎の再燃もみられ、この中枢病態もやはりSLEから来ていると判断されて、原病への治療を強化(ステロイドパルス + 血漿交換 + IVCY)されることになったんです。
 そして神経症状(聴力障害、意識障害)がさらに出現したのでもっと治療強化(ステロイドパルスもう1回 + リツキシマブ)します。
 それでも治らず、視力が下がり、重度のウイルス網膜症ということで今回の報告者たちの病院へ転送となったということです。

 ポイントは脳血管造影で多発脳動脈瘤があったことと、髄液中のVZV-IgGが高値、VZV-DNA量が高値だったということでした。これでまぁとにかく今回のタイトルにある病名に行き着くわけですが、興味深い点が2点。

■血清VZV-DNAは陰性だった一方、眼房水中のVZV-IgGは著明に上昇していた
■さらに衝撃は、前医入院時(転院する2ヶ月前)の髄液中ですでにVZV-DNAが著明に上昇していた!

 これは恐ろしい。ホラーです。
 SLE病態と思っていたもののほとんどが、VZV感染だったということだったのです。

 全部VZVだったのです!!

 VZV血管症では、約4割で皮疹を認めず、また皮疹があっても神経症候が出現するまでに平均4ヶ月を要するという報告*もあり、これは知っていてよいと思いました。

*Nagel MA, et al. The varicella zoster virus vasculopathies: clinical, CSF, imaging, and virologic features. Neurology. 2008 Mar 11;70(11):853-60. (PMID: 18332343)

 今回の報告を読んで思ったのが、あらためてSLE診療は難しいなあっていうことと、VZVってほんと中枢/頭頸部が好きなんだなあっていうことです。

 VZV(多発脳)血管症・VZV脳髄膜炎・VZV網膜炎と起こしておきながら、血中のVZVは陰性で、つまり播種病態というわけではないってことなんですよ。

 これだけの免疫抑制をかかっていても、(脳血管や脳髄膜や網膜ではウイルス再活性化を許しながら)再活性化VZVが血中にはshedされていないというのには、驚きです。全身播種症例というわけでもないのです。
 人間の免疫というのは、結構強いんだなって思いました。

 なお、スクリーニング的に使うには、髄液中のVZV-IgGが良いようで、93%陽性ということらしく非常に感度が良いみたいです。“らしくない”けど念のため否定したい時とかに良いですね。
 でも“らしくない”って推測すること自体が難しそうだから、髄液VZV-DNA量測定まで考えないといけないかもですね。

 臨床判断というのは、難しいですよね。ね? 三森先生(死んでない)。

図2

三森先生(右)と白金のイタリアンで会食中の筆者(左)。私がカルボナーラをシェアしようと提案したら「自分で一皿食べる」とシェアを固辞してきたので不機嫌な筆者。


 それでは今日はこの辺で!

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