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[Special Topic]呼吸器科の最後の砦で出合う感染症たち

[Special Topic]呼吸器科の最後の砦で出合う感染症たち
倉原 優 くらはら ゆう
国立病院機構近畿中央胸部疾患センター内科


 この「Special Topic」というコーナーは,アカデミックな内容にとどまらず,硬軟さまざまな企画を試したいとのこと.これまでそうそうたる顔ぶれの有名人がSpecial Topicを担当しましたが,ここでアウトローな私めが少し「軟」の側面にトライしたいと思います.「もうね,なんでも好きに書いていいよ」と言われたので,私の好きなクラシックピアノと麻雀の話でもしてみようかと思ったのですが,次号この雑誌をクビになるのはイヤなので,コーヒーを飲みながら気楽に読める感染症話を書きたいと思います.はい,みなさんリラックス.


 国立病院機構近畿中央胸部疾患センター.私が勤務する病院の名前です.独立行政法人という6文字を入れると,漢字だけで20文字を達成できます.えっへん.当院は呼吸器内科だけで300床ある呼吸器疾患の高度専門病院です.呼吸器内科医が30人以上在籍しており,そのほとんどが呼吸器疾患オタクです(もちろん良い意味で).そのため,リンパ脈管筋腫症や肺胞蛋白症という教科書でしか見たことのないレアな疾患がコモンディジーズに君臨している,一風変わった病院でもあります.当院に見学にくると,平均的な臨床プラクティスが平均でなくなる『不思議の国のアリス』の世界に迷い込んでしまったような感覚をおぼえるかもしれません.
 得てしてこういった高度専門病院は,その地域の最後の砦として機能します.とはいえ,大阪城の真田丸のように突破されるかされないか,という意味での最後の砦ではなく,プライマリケアで難渋する呼吸器疾患の患者さんを最後まで引き受ける役割があるということです.当院は,地域病院であらゆる診断治療を受けたが改善しない,あるいは病気が悪くなってしまった患者さんを分け隔てなく受け入れています.臨床アウトカムが二倍三倍に改善する夢の病院というわけではありませんが,それを目指しているアツイ呼吸器内科医たちが集まっています.ぜひ一度見学に来てください.あ,病院の宣伝になってしまった,怒られる.
 この雑誌を執筆している方々は,エビデンスに基づいた感染症診療を実践されている優秀な人たちです.また読者の皆様もきっとそうでしょう.私はどちらかというと感染症医というよりも呼吸器内科医なので,感染症の難しい話はちょっと苦手ですが,頑張ってエビデンスに基づいた感染症診療をするぞと毎日勉強しています.
 当院のような最後の砦で出合う“焦げ付いた”感染症は,教科書で見るそれとは違い,とても泥臭くつらいものです.私の記憶に残る,そんな症例を紹介します.そして,そういう如何ともしがたい感染症にどう立ち向かえばよいのか,一石を投じてみましょう.投げっぱなしになるかもしれませんが,そこはご愛嬌.


もはや何の肺炎なのか知る由もない肺炎

 その昔,間質性肺炎の患者さんには,ステロイドや免疫抑制剤が頻繁に用いられていました.そのため,ステロイド漬けになった患者さんが,日和見感染症にかかって当院にやってくることが多々ありました.しかし,2012年に間質性肺炎の代表格である特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis,IPF)に対するステロイドや免疫抑制剤が臨床アウトカムを改善させるどころか悪化させるという知見【1】が出てからというもの,この最後の砦に日和見感染症を呈してやってくる患者さんはグンと減ったように感じます.線維化が進みきった肺にステロイドや免疫抑制剤を投与したところで,百害あって一利なし,と考えられるようになったのです.
 しかし,それでも膠原病を合併している間質性肺疾患,ステロイドが有効な一部の間質性肺炎(特発性器質化肺炎や非特異性間質性肺炎など)では,いまだに日和見感染症にかかる人も少なくありません.たとえ予防的にST合剤を内服していようと,既存の肺構造に変化がある患者さんはいとも簡単に呼吸器感染症にかかってしまうのです.異物のウォッシュアウトがうまくできないためでしょう.
 少し,IPFについて話をさせてください.IPFに対して頻繁に免疫抑制剤が用いられていた時代,まことに不気味な肺のすりガラス影を呈して入院になった患者さんがいました.外来ですでに在宅酸素療法(安静時10 L/分,労作時14 L/分)を導入されていたエンドステージのIPFの患者さんでした.胸部CTでは肺は恐ろしいほど破壊が進んでおり,残った肺野の広範囲にすりガラス影がみられていました.つまり,正常に換気できる肺胞がほとんど残されていなかったのです[図1].

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