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[バックナンバー記事を無料公開]日本の感染症界全体をでっかく論じよう

(初出:J-IDEO Vol.3 No.2 2019年3月 刊行)

[Special Topic]日本の感染症界全体をでっかく論じよう
国立国際医療研究センター副院長
大曲貴夫
神戸大学大学院医学研究科教授
岩田健太郎


岩田 今回のテーマは「日本の感染症界全体をでっかく論じよう」ですが,このテーマでお話を伺う相手は大曲先生の他にいらっしゃいません.日本の臨床感染症の母体ともいえる国立国際医療研究センターで責任者を務められていて,厚生労働省の政策決定にも大きな影響を与えられ,また学会活動も非常に盛んに行われていてと,感染症という観点からは日本で最も影響力の大きな方だと思います.
 この数年,感染症に関係する大きなイベントや話題がありました.たとえばデング熱・エボラ出血熱などの輸入感染症,薬剤耐性菌や抗菌薬適正使用といった問題,それから病院の加算の追加の数々.
大曲 そうですよね.
岩田 感染症界自体がいま激変期にあると思います.そのような日本の感染症界において,大曲先生が特に一番大事と思われるトピックとはどういったものでしょうか.
大曲 いきなり難しいですね(笑).一番大事なところですか.
岩田 2つ3つあげていただいても結構なのですが.
大曲 まず,エボラ出血熱,MERS,デング熱の問題が生じたので新興・再興感染症対策は行わざるを得ませんでしたし,それを機に見直す機会にもなりました.まだ何も積み上げられてはいませんが,やっと始まったという意味で,タイミング的にはとても大事だと思います.
 それから,私たちが以前から目指してきた適切な感染症診療,それは結果として耐性菌,AMR対策という形につながっているのですが,それらがいつの間にか世界的な話題になって,日本でも重要な課題として取り上げられるようになりました.そういう意味では,私たちが進めてきたことを更に一気に押し進めるために,今が非常に大事な時期だと思います.
岩田 なるほど.

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薬剤耐性(AMR)対策について論じよう

大曲 話をしやすいAMR対策のほうから先にお話ししますね.当たり前ですが感染症の診療で大事なことはきちんと診断して,きちんと患者さんを治す,あるいは落ち着いた状態にしていくということです.それらは今まで成功してこなかったわけではなく,一定の成果はあったと思いますが,一般の医療者の感染症に対する態度を根本的に変えるところまではなかなかいかない,もう一歩だな,次はどうすればいいのかな……というところがありました.
 一方で,耐性菌対策が大事であることは感染症を専門にしている人間なら誰もが思っていることですが,一般の方や一般の医療者には,その重大性がなかなか伝わらなかった.「専門家が騒いでいるだけ」と言われて非常に徒労感を感じていましたが,いつの間にか耐性菌が大きな問題になって,対策を押し進めることができるようになりました.つまり,そのためには適切な診療をきちんと行うことが大事だということを前面に押し出して活動ができるようになりました.今はそういう時期なのだと思いますので,AMR対策については特に頑張っています.
岩田 なるほど.
大曲 AMR対策だけというよりは,感染症の診療全体をなんとかしていこうというところです.
岩田 感染症界全体の底上げ,あるいは裾野を広げていくということですね.抗菌薬適正使用という観点から言うと,先ほどいみじくもご指摘があったように,つまるところは正しく診断して,正しく治療するというところに尽きる.逆に言うと,それができないと話にならないということになると思います.
 日本の場合,その感染症の診断と治療ということについては長らくないがしろにされてきた歴史があります.過去,先生が聖路加国際病院の研修医だったころと現在とではだいぶ変わりましたか?
大曲 当時は幸せなことに,聖路加国際病院には青木眞先生や古川恵一先生やその教え子がたくさんいらっしゃって,感染症の診療の方法論や文化が根付いていて,そこはよかったですね.しかし一歩外に出ると,われわれが聖路加で学んだことは常識にはなっておらず,むしろ非常識と捉えられるという状況でした.
 翻って現在はどうかというと,感染症の診療に関心を持つ研修医が増えたし,血液培養などをきちんと取るようになってきたし,変わってきたなと思います.ただ,AMR対策のため市中に出ていって改めて感じたことですが,それらの変化はやはりまだ一部に過ぎません.
岩田 そうですね.
大曲 医師を含めた多くの医療者には,感染症診療の適切な方法などの情報は全然届いていなくて……改めて「まだまだだな」と感じています.
岩田 私も日本ではかなり異端と言われていた沖縄県立中部病院で研修を受けていまして(笑),あちらでは感染症診療はきちっとやっていたのですが,本土ではそれがまったく通用しない,おかしなことをやっているなというかんじでした.2002年にアメリカでのフェローシップを終えたあと,帰国するかどうか悩んでいたとき,日本の大学病院をいくつか見学しました.そのときに微生物検査室も見学させてもらったのですが,ホテルの小さな冷蔵庫みたいなものに血液培養のボトルがずらっと並んでいて.
大曲 そうそう,小さいやつね(笑).
岩田 「これで全部ですか?」と訊くと,「全部です」と言われて……これでは日本には帰れない,日本で感染症をやるのは無理だな,と当時は思いました.
 ところが,大曲先生がテキサスからお帰りになってから静岡県立静岡がんセンターで感染症の研修を立ち上げられて,それが非常に上手くいって,お弟子さんも大勢育てられました.私が亀田総合病院に帰ってきたときには,青木眞先生に「日本では感染症教育は無理だよ」と言われたものでしたが.
大曲 ええ,本当ですか.
岩田 (青木先生が仰るところの)「hopelessな時代」でしたが,その後さまざまなことが変わり,それらが定着していまに至るので,良くなったという印象もあります.
 一方で,さまざまな病院に行かせていただく機会があるのですが,やっていないところはまったく何もやっていません.加算が付くようになったとは言いますが,巡回やASPを少しだけやってみたところで,主治医に電話しても「うん,考えとくよ」とガチャンと切られてしまって,結局何も変わっていない.
大曲 わかる,わかる.
岩田 薬剤師や検査技師が途方にくれていても,ICDは他業務で忙しく助けてくれない,ということが多く,何千もある日本の病院のなかできちんとできている病院はむしろ少数派ではないかという気がしています.ですので,大分良くなったけれども,でも……みたいなかんじですね.
大曲 私もそれはすごく感じます.普段行かないような医療機関にお邪魔して「血液培養は複数セット取って」という話をするとき,それは自分のなかでは当たり前のことになっているので相手にも当然伝わっているだろうと思っていたら,「えっ,何言っているのこの人!?」のような反応になることはいまだによくありますからね.
岩田 そうですね.「血液培養は取らなくてもよい」という人は次第に少なくなってきたなと思う一方で,モデルになっている病院とそうでない病院の落差は,むしろ格差社会的に大きくなっている印象がありますよね.
大曲 そうですよね.

日米の感染対策について論じよう

岩田 さまざまな学会で偉い先生方の話を訊いていると,日本の感染対策はわりと上手くいっているという主張と,そうでもないという主張があります.たとえばアメリカではCREやVREが多く出ていてもっと酷い状況なので,それに比べれば日本は良いほうではないかといった意見ですね.先生はその点についてはどう思われますか.
大曲 何を見て良い・悪いを比較しているんだろう,と素朴に疑問に思います.いま世のなかで取り上げられている多剤耐性のグラム陰性桿菌,腸内細菌,非発酵菌のアシネトバクターの問題など,海外の先進国よりも日本のほうが報告される患者数が相対的に少ないのは確かですよね.一方でMRSAの問題はどうかというと,決して日本が優れているとはいえないし,市中の耐性菌の問題は日本も他国と同様に存在するので,どちらが優れているという状況ではないと思います.
岩田 そうですね.
大曲 それから現場の現実を見ると,たとえば手指衛生, PPEをきちんと着ているかどうか,あるいはカテーテル関連血流感染にならないためのプロセスについてなどを測り始めてみると,まったくできていないという事実が浮かび上がってきました.
岩田 ええ.
大曲 偉そうなことを言うつもりはありませんが,プロセスを見たうえで「こうだからできている」,「こうだからできていない」という議論が日本にはまったくありません.
岩田 そうですよね.「できている」という定義すらない.
大曲 ですから,フワフワしてゴールも指標もそのためのプロセスもはっきりしていないというなかで,「できている・できていない」,「良くなった・悪くなった」ということは言えない,というのが正直なところです.
岩田 そうですね.私は「感染対策ができている病院とできていない病院を一瞬で見分ける方法」があるとよく言うのですが,「おたくの感染対策はちゃんとできていますか?」と担当者に訊いてみて,「うちはちゃんとできていますよ」と言う病院は大体できていません.
大曲 ああ,なるほど.
岩田 「うちはこことあそこがまだまだできていなくて,ここもこれからやりたいと思っていて……」という言い方をされるところは,それなりにできています.
「できている」という基準が,会議をやっている,レクチャーをやっている,加算1・加算2の会議をやっているとかいった,要は厚労省からいわれている条件は満たしていますよという病院は,目標が低いので「できている」と言います.そうではなくて,感染症をきちんと診断できて,治療できて,耐性菌も少なくて,患者さんが良くなっていくことを目指している,あるいは目標がきちんとあるという病院は,目標と比べるとまだまだできていないので「うちは足りていない」という言い方をされます.逆説的ですが,「できる・できない」は,「できている」と言った瞬間もうできていないという(笑).
大曲 (笑)
岩田 たしかにアメリカは,良いところと悪いところの落差が激しくて,できていないところは何もできていないということがあります.私がいた当時,外来や介護老人保健施設の抗菌薬使用は滅茶苦茶な状態でしたし,それからテレビで抗菌薬の宣伝を平気でやっていたり……アメリカをモデルとしてよいのかという,そもそも論はありますよね.
大曲 たしかにそうですよね.疫学などの歴史は日本より古いぶん,サーベイランスなどはすごくしっかりしていましたが,現場の人の動きや,やっていることとなると,「うーん……」となるところは結構ありました.
岩田 アメリカのトップは非常にレベルが高いけれど,ボトムレベルになるとむしろ日本のほうがきちんとやっているのではないか,ということは昔からよくいわれることですね.インフルエンザのワクチン接種率も日本の職員のほうがずっと高かったりしますし.
大曲 そうですよね.
岩田 良くも悪くも,日本は一度ルールを決めると皆言うことを聞くところがあります.ただ,ルールを決める側のレベルがあまり高くないというところが…….
大曲 (笑).でも,そうですよね.青木眞先生にもよく怒られました.上がきちんと方針を決めないというのが日本の問題のようですね.
岩田 どのあたりまでMRSAが見つかるのがacceptableなのかという目標設定すらないままに,アメリカより多いとか少ないとか言うのは五十歩百歩の議論で,建設的でもなければ,将来の見通しとしてもよろしくないと思います.

学会について論じよう

岩田 先生は感染症関係の学会のなかにいらして,最近変わってきたというかんじはありますか.
大曲 だいぶ変わってきた気はしますね.ものが言いやすくなりましたし.
岩田 先生がお偉くなったというのもあると思いますが(笑).
大曲 いやいや.でも,共通の言葉で大分話せるようになったとは感じます.でも寂しいのは,意見や仮説の違いがあることは当然のことだと思うのですが,その違いが人間関係にまで影響を及ぼすというか,あいつはああいうことを言うから嫌いだとか,相手にしないとか.
岩田 ああ,ありますね.
大曲 意見は意見,議論は議論,そこに好き嫌いは入れない,そういう場になるともっとよいなとは思いますね.
岩田 そうですね.とても象徴的なのは,日本の感染症関係の雑誌にはレターがないのですよね.昔,「日本化学療法学会雑誌」で,ある第Ⅲ相試験が紹介されて,4~5例くらいのケースシリーズで,これをⅢ相試験といってよいのかというレターを送ったら,「うちの雑誌にはレターはありません」と言われてリジェクトされたことがありました.レターがないということは,要するにディスカッションがないということです.
 学術集会でもシンポジウムがよくありますけれど,意見を議論するというよりは,皆が言いたいことを並べて,ポツポツ質問が出て終わり,というかんじで,議論を深めて高めていくという習慣がないですね.
大曲 あまりありませんね.
岩田 厚生労働省の会議でも大体が結論ありきで,最初からこういうゴールに持っていきましょう,というのが見え見えだし.
大曲 ああ,たしかに.
岩田 ですので,議論によって自分が変わるとか,相手が変わるということに慣れていない.
大曲 議論を受け入れて,変えるところは変える,というのがあまりないですね.
岩田 Keiji Fukudaさんの講演を聴いたことがあるのですが,彼のいたWHOはとても大きい組織なのでその分批判もすごいじゃないですか.世界中から批判がきますし.しかし彼らはその批判をきちんと受け止めて,変えるべきところは変え,柔軟に対応すると.エボラ出血熱のアウトブレイクのとき(2014年〜)もWHOは批判されましたが,それを受けてやり方を大分変えています.そういった議論を通じて変わっていくというプロセスが日本にはまだまだ足りないというか.どちらかというと,一度決めてしまったらもうテコでも動かない,みたいなところがあります.
大曲 そういう意味では,自分はもう少し反省しなければならないですね.
岩田 それはなぜですか?
大曲 さっきああは言ってはみたものの,私もまだ人間ができていないので,カーッとなってしまうときがあるので,議論を上手く活かしていくために修行しないといけませんね(笑).

新興・再興感染症について論じよう

岩田 韓国でまたMERSが見つかったそうですが.
大曲 そうですね.
岩田 新興・再興感染症については,数年前に比べるとよくなってきましたか.
大曲 大分動けるようになってきましたね.私は2011年に国立国際医療研究センターに着任しましたが,正直なところ,何か重大事象が起こって,センターの特定感染症病床に患者が運ばれてきて実際に診療する,というイメージが当時はからきし持てませんでした.
岩田 現在は誰が診療することになっているのですか?
大曲 今は総合感染症科のスタッフと,それから部分的には他科の先生方にお願いすることになっています.
岩田 そこは約束ごとが決まっているのですね.
大曲 現在は決まっています.当時は決まっていなかった……というと怒られてしまいますが,リアリティがなかった分,プラクティカルな対応のコードになってはいませんでした.
 今だから言えることですが,エボラ疑似症1例目の受け入れ時,incident command systemでいえば私はcommanderの役割なのでしょうけれども,自分がやるべき仕事がはっきりとわかっていませんでした.幹部との連絡をどう取るか,厚労省や検疫所とどうコミュニケーションを取るか,内部のチームをどう動かすか,についてのマニュアルはありましたが,読んでみても何も動かせず,結局場当たり的に対応するしかありませんでした.よくこなしたなと思いますが,おそらく本物の陽性例ではなかったからなんとかなったのでしょうね.
岩田 全国の一類指定医療機関は似たような経験をしているのではないかと思います.私がお手伝いした医療機関では,まず主治医を決めるのに大もめで,「俺が主治医になるなら辞める」とか言い出す人も出てきました(笑).立派な病棟があって,救急車から陰圧付きのエレベーターで指定の病棟まで直接上げられてと,箱の部分はしっかりしているのですが,それなのに一般外来で麻疹を見逃していたり…….
大曲 そうなのですよ.結局のところ私も「人」の部分が全然できていなかったことに気がついて,非常に反省しました.それからひとつひとつ積み上げてきましたが,前になかったものができたという意味では良かったのかなと思います.
 ただ,他の危機管理の領域,たとえばCBRNE(シーバーン)の災害対応の方々がやっていることと,感染症領域の私たちがやっていることを見比べると,まだまだ組織だっていないし,歴史も浅いし,そういう意味ではこれから更に積み上げていかなければいけないと思っています.
岩田 国立国際医療研究センターのようにスペックがしっかりしていて,人もたくさんいて,お金もたくさんあって,という施設ですらそうなのですね.2014年は現地でエボラの患者がたくさん出ていたのでパニクってあんなかんじになりましたが,冷静に考えれば日本にエボラがやってきて国内流行があったとしても限定的で,最悪の事態だとしても,ドクターや看護師さんが1人か2人くらい感染するかもしれない,といった程度だと思うのですよ.それはそれで被害ですが,国中がパニクるような被害では絶対にない.なにしろ,何千人という方が交通事故で毎年亡くなっているのですから,この国では.
 そうすると,現在のように全都道府県に沢山の指定医療機関があっても逆に困ってしまうと思いますし,結局「東京に搬送しよう」とか言い出す先生が出てくるのではないかと(笑).
大曲 (笑).まったく同意見です.私の立場でこれを言ってはいけないのかもしれませんが,議論はしなければいけないと思っています.各都道府県に1つずつ指定医療機関があるのはよしとしても,そのすべての医療機関に,同じレベルの対応を求めるというのはどう考えても現実的ではありません.
岩田 イタリアやドイツでは6施設くらいでしたか.
大曲 そんなものだと思います.車で搬送できるギリギリが3~4時間だから,その範囲で同心円を結んで,そのなかに1施設,といったかんじで国土に何施設必要か決めたという話を聞いたことがあります.
岩田 日本にはドクターヘリもありますし,搬送そのものは非常に容易なのに,どうしてあんなにたくさん作らなければいけないのかなと思います.
大曲 先ほどの話ではありませんが,ただでさえ危機管理の対応をする人材も足りないし,リソースも限られているので,それを今のように各都道府県に分散させてしまうと,結局ひとつひとつの領域の対応力が上がらず,対応できませんよね.
岩田 自分たちは対応しなくてよいだろうという,甘い見通しを持っているところがほとんどですからね.アフリカではPPE着脱も命懸けなので,掃除のおじさんも,トイレの処理をする人も,とても真剣にやるのですけれども,日本でシミュレーションをやってもイベントみたいなかんじでまったくリアリティがないし,自分の施設にはこないだろうと思ってやっていますよね.
大曲 私もそうだったので,それはすごくわかります.訓練をやっても身が入らない,というのが正直ありました.疑似症を経験すると,さすがに気持ちがまったく変わりましたが.

人材育成について論じよう

岩田 やはり集約して人を育てていかなければと思うのですが,たとえばエボラの場合はPPE着脱もさることながら,点滴を入れたり,患者さんの評価をしたりと,どちらかというと総合力が求められますよね.
大曲 そうですね.
岩田 そうすると,抗菌薬やバイ菌の知識もさることながら,どちらかというと全身を診られる医師が必要ですが,そういった人材を育てるのは容易ではないと思います.それらの教育環境についてはどうお考えですか.
大曲 やはりある程度の診療規模がないといけないのかなと思い始めています.これまでは独立して感染症科を立ち上げるという部門確立が最優先だったので,業務はどちらかというとコンサルテーションが中心でした.それはそれなりにできたと思います.でも,現在どういう課題を突きつけられているかというと,先ほどの危機管理のようなときに,十分に対応できるだけの人材がいない,感染症医が少なすぎるという話になってしまいます.ですから,もっとたくさん育てなければいけない.でも,そうすると今までのようなどちらかというと感染制御部や検査部を中心とした感染症科の作りだと,病院の経営上の問題があって抱え込める専門家の数も少ないので,その枠内で人を増やすのはきついですよね.育てられる人の数も限られてしまう.ですから,もっと規模の大きい感染症科を作っていくしかないだろうと思っています.
岩田 いま産婦人科などでは集約化を進めようとしていますよね.感染症の教育機関も集約化をするしかないと思います.
大曲 やはり先生もそう思いますか.
岩田 小さい病院でバラバラに教えても,指導医が臓器専門医のことが多いので片手間になってしまう.実際,後期研修医に訊いてみると,後期研修とはいいながら指導医にはほったらかしにされる放置的な研修が多いのですね(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4764247/).現在は専門医制度の改革が進んでいて,次はサブスペシャリティという話になっていますが,地域医療に配慮してというのは,実はサブスペシャリティの教育とはまったく真逆な方向で.
大曲 関係ありませんよね.
岩田 もっと集約して大都市でたくさん経験を積んでもらうべきです.後期研修医を戦力として捉えるから失敗するのであって,教育を受けるべき研修医として教えて,力を付けてやって,そして地方に戻してあげるというスキームでやらないと.教育の理念とは本来その人を育てることなのに,地域医療に配慮してとか余計なことを入れるようになって,教育の質がおざなりになるという本末転倒が起きているわけですよね.国立国際医療研究センターのような大きな施設でたくさんフェローを抱えておけば,彼らはエボラなどのときの貴重な戦力にもなる,というようにやっていかないと.これから感染症医の質が問われる時代になってくると思うので,本当にこの方向性でよいのかと強く思いますね.
大曲 私たちの頃は感染症医のニーズがそれほど高くなかったので慌てる必要もなかったのですが,現状はニーズが非常に高くて,さまざまな施設が欲しがっていますからね.
岩田 どこの病院でも欲しがっていますね.
大曲 だからといって粗製乱造で送るわけにはいかず,やはりリーダーとして送らなければいけないので,きちんと教えなければいけない.送り出す側としてはきちんとした環境を作って,責任を持って育てて,ということをしっかりやらないと社会で認めてもらえませんからね.
岩田 そうですね.きちんと集めて教えて,各病院に派遣するという形にしないと.質と量という意味でも,長い目で見ればそれが量を担保する一番簡単な方法だと思います.兵庫県では,ようやくわれわれの施設の卒業生たちがさまざまな病院で感染対策の責任者として赴任するようになってと,少しずつ広げてはいます.
大曲 よいことですね.
岩田 しかし,もっと送ってくれという各病院のニーズにはまったく応えられていません.たこ焼きを作るようにポンポン一時に大量には作れませんからね.
大曲 そうなんですよね.わかります.

未来の感染症界について論じよう

岩田 感染症界の過去と現在のお話を伺ってきましたが,次は未来について.10~20年後の日本の感染症界があるべき方向性について,先生はどのようにお考えですか.
大曲 そんな大それたことではありませんが,感染症はやはり重要だと改めて思うようになりました.専門家も育てなければいけないし,社会のニーズに応えるためには人材も沢山必要です.だから感染症界自体をもっと大きくする必要があると考えています.
岩田 なるほど.
大曲 各大学で感染症がメジャーな内科の診療部門となる,さらに言えばナンバー内科のような,内科のなかの一大部門として感染症科が認められるぐらいになる必要があるのではないかと,結構真面目に考えています.そうすれば大学での人材育成も活気づくだろうし,社会のニーズにも応えられるようになります.次に目指すのはそのあたりではないでしょうか.
岩田 そうですね.ほとんどの大学病院では現在感染部門を持っていますが,医学部,医学研究科としてあるのではなく,感染制御部のように病院配置になっているところが多いですね.感染制御を行いながら時々ついでにコンサルトを受ける,というかんじだと思います.ですから,学生教育や内科医の育成といったもっと大きなところではまったく存在感がない.
大曲 そう.それは最近すごく痛感しています.
岩田 でも,アメリカなどでも感染症科は最近あまり人気がないと言われていますよね.
大曲 ちょっと寂しい話ですね.
岩田 全世界的にそういう傾向はあるのかもしれませんが……そういうこともあって「J-IDEO」を作ってみたりもしています.裾野を広げるのは大事かなと思って.
大曲 なるほど.そういうことだったのですね.
岩田 それから感染症界が力を付けるためにはむしろ,行政面の改革も行っていただきたいです.もう何十年も言い続けていることですが,日本にはCDCがありません.それからACIPのような予防接種の専門的意思決定機関もありません.
大曲 ないですよね.
岩田 厚労省に,厚労省親和性の高い専門家がくっついているだけで,どこが何を決めているかもよくわからない,意思決定のプロセスが明確でないのが問題だと思います.これは「J-IDEO」のHPVワクチンの座談会(2018年7月号)のときも話題になりました.それから,これは言っちゃっていいのかな……学会が多すぎるのではないかと思います.
大曲 ああ,たしかに.
岩田 今は4学会ありますが,もう少し絞り込んで,日本感染症学会と日本化学療法学会はオーバーラップが多すぎて並立している意味があまりないので合併すべきだと思います.集約化して大きく強くしていかないと.今は韓国や中国の感染症界が非常に強くなっていますからね.
大曲 そうそう,韓国も中国もすごいですね.
岩田 私が北京にいた2003年にはSIRSが流行しましたが,当時の中国は情報隠蔽をしたり,かなり適当なことをやったりと,もう惨憺たるものでした.けれど中国は反省したあとの回復力がすごくて,今では感染症界がものすごく強くなっていますよね.
 他にもシンガポールやマレーシア,タイといった国々の医学レベルがどんどん上がっていくなかで,このままでは日本は世界どころかアジアからも取り残されてしまいかねないという危惧を抱いています.感染症部門で日本が韓国や中国に後れを取っているなんて,おそらくほとんどの人は知らないのではないのでしょうか.
大曲 そうだと思います.
岩田 何が足りないかが明確で,ここを直せばよいのだということがわかっているにもかかわらず直っていませんからね.ですから,大曲先生にはぜひ初代日本CDCのディレクターになっていただきたいです.
大曲 いやいや(笑).でも,先生の仰ったことには100%同感です.韓国ではKCDC (Korea Centers for Disease Control & Prevention),中国ではChina CDCといった組織ができました.それらを作るのは国です.国はそれが大事だと思うから作るわけですよね.そしてそこに入れるための人材をガンガン養成しています.なぜ日本ではそうならないのだろうと不思議に思います.
岩田 Immunization programもそうですよね.財務省は予算がないからできないとよく言いますが,他の国でできていることが日本の経済力でできないというのはあり得ないと思います.
大曲 そうですよね.なぜやらない,なぜやれないのかと思います.
岩田 JICAが国際緊急援助隊の感染症部門を作ろうというので,私も少しお手伝いしているのですが,会議では「日本のプレゼンスを示すために専門家を派遣したい……のだけれども,でもあまり行ってほしくない」とか言っていて.
大曲 (笑)
岩田 PKOなどと一緒で,向こうで事故でも起こされると大変なのでしょうけれど.ほんわりとプレゼンスは出してほしいけれど,ガツンとやってほしくはない,なおかつそれで予算はないという,やりたいんだか,やりたくないんだかよくわからない状況です.
大曲 なんだかフワフワしてよくわからない.
岩田 感染対策もそうですよね.2009年に新型インフルエンザが流行ったときも,「インフルエンザ対策をしっかりしましょう」,「でも,うちの病院に患者がくるのは困る」,そんなかんじなのですよ.私は「患者さんが来たら診ればいいだけじゃん」と言い続けてきたのですが.
大曲 そうそう,普通に診ればいいのですよ.
岩田 インフルエンザだろうがエボラだろうが,どこでも普通に診られますよ.エボラなんてアフリカではテントで診るような病気なのに,大学病院で診られないなんてあり得ません.そのあたりの本気度が足りないのではないかと.
大曲 たしかにね.
岩田 中国はSIRSで,韓国はMERSで痛い目に遭っているので,感染症クライシスのリスクをリアルに認識しているのですが.日本はといえば,公園でデング熱が出たとか,比較的マイルドですからね.
大曲 あのときもね…….
岩田 ですので,学会の集約化と,国のセントラルな感染対策をもう少し本気で取り組んでいただきたいです.国立感染症研究所感染症疫学センターなどはCDCとはまったく別のものですし.CDCを作ろうというような国の会議はもう延々とやっていますが,あれはどうして話が進まないのでしょうか.
大曲 サイバーテロ関連のものなどはダーッとできてしまったりしますからね.本当に危機と思っていない,先ほど先生が仰った「リアリティがない」というところに起因しているのかもしれません.たとえば日本では地震が多いのでその方面では当然危機意識を持っているのでしょうけれど…….
 ただ,私は感染症のトレーニングプログラムを作って若者を育ててきましたが,彼らのなかに公衆衛生の領域に進んだり,海外の国際機関に入ったり,国境なき医師団に参加したり,ジョンズ・ホプキンズ大学に留学したり,それこそ厚労省に勤めたりという人たちが予想外に増えてきました.彼らの存在はとても面白いと思います.
岩田 なるほど.
大曲 彼らはキャリアを変えながら,あちこちで楽しんで仕事をしていますし,その一方でしっかりしたマインドを持っていて,やがて彼らが公衆衛生の専門家として認められたり,行政のなかで発言力を持ってくれれば,いつか実現してくれるのではないかと,他力本願ながら期待しています.臨床をやる感染症医も大事な一方で,場を変えてさまざまな場所で活躍する感染症医もこれからは必要だと思います.医療センターで働くまで,そんなことは考えたこともありませんでしたけどね.
岩田 私たちの頃のロールモデルは青木眞先生,古川恵一先生,喜舎場朝和先生,遠藤和郎先生といった方々で,感染症診療という大きなdivisionはありましたが,どちらかというとジェネラリスト,感染症はなんでもやりますよというかんじだったのが,私たちの教え子たちの代になると自分たちのアイデンティティを死守するといいますか,多角化・細分化といいますか.たとえば具芳明先生のようにAMRの専門家になったり,岸田直樹先生のようにコンサルタント業務を行ったりというかんじで,自分の武器を模索する人が増えてきた気がしますね.
大曲 たしかにそれは多いですよね.
岩田 うちにもβ-ラクタマーゼが妙に詳しかったりする医局員がいますし.
大曲 ああ,知っていますよ.西村翔先生.
岩田 どこまで詳しくなるんだ,というくらい詳しいんですよね.そういった細分化・先鋭化は面白い.さまざまな人がいるというのは良いことだと思うので,彼らに発言力を増していって欲しいです.それから「J-IDEO」もそうなのですが,医師以外の人たちの発言の場をもっと増やしていかないと.
大曲 たしかにそうですね.
岩田 コメディカルのレベルが高いことが日本の武器だと思っているのですが,彼らの発言がまだまだ足りない,リソースの強みが活かせていないと残念に思っています.もっと彼らが出ていって,刺激を与え続けていく,discussion & communicationをどんどんやらないと,未来は暗いのではないかと思います.
大曲 技師さんたちからよく言われるのは,パワハラ医師がまだまだ多くて怖い,意見したら怒られるし,面倒くさいから言わないという.
岩田 「あの人に言ってもね……」のようなことはよくありますよね.
大曲 そうなると不幸だなと思います.
岩田 医師同士でもそういうことはありますからね.うちの後期研修医にも「あの先生には怖くて言えない」とよく言われます.そういった忖度文化は根強いですね.
大曲 その空気を変えるのもわれわれの仕事だとは思っているのですが.
岩田 そうですね,それは私たちの世代の大事な役割だと思います.気が付けば,私たちもベテランの域に達していますから.後進への道の譲り方をそろそろ模索しないといけませんね.

大曲先生がこれからやりたいこと

岩田 先生はいま副院長という立場でいらっしゃいますが,今後はどのような生き方をされたいと思っていますか.
大曲 そのことについては毎日考えていますね.
岩田 そんなに考えているんですか(笑).
大曲 副院長になって,病院のなかのさまざまな仕事や他科の状況が見えるようになってきて,感染症はそのなかのどこに入るのか,どんな関係なのかということを観察してきました.
 最初のうちは,病院全体が上手くいくために感染症をどうすればよいかということを考えていました.でも,病院全体・感染症の両方を考えなければ駄目だということがわかってきました.感染症だけ診ていても病院全体への貢献という意味では片手落ちになってしまいますので,感染症を含めた医療全体をもう少し高いところから見て,最適化して上手く回せるようにするにはどうすればよいか,ということを考えています.
岩田 病院全体のマネジメントということでしょうか.
大曲 ひとつ例をあげると,AMR対策や風邪診療などで感染症科の若い先生がいろいろ取り組んでいますよね.彼らが頑張っていろいろ構築しているのはとても大事なことだし,それによって変化が生まれればとても良いことだと思います.しかし,こういうことは他の領域でも求められていることでもあります.たとえばポリファーマシーの話とか.
岩田 ああ,なるほど.
大曲 感染症科の若い先生たちが積み上げているものは,他の領域の少し似ているところでも応用できるのではないか,彼らがやっていることは他の領域に貢献できて,喜ばれるのではないか,といったことを考えています.
岩田 そうですね.抗菌薬を使うための原則と,高血圧や糖尿病などの他の薬,それらの原則は同じなんですよね.できるだけ患者さんへのアウトカムを出すとか,値段が安いとか,臨床実績があるとか.新薬よりも長く使われている薬のほうが,副作用データがきちんとしているのでよい,といった基準が本来あるはずなのですが,日本の薬の処方には原則がまったくありません.この問題の根は深いし,厄介だなと思います.
 薬理学の授業で,日本の医師は薬の原則をおそらく教わってきませんでしたし,薬剤師も教わっていないのかもしれない.この薬はこういうメカニズムでこう効くとか,こういうリスクがあるというのは教わるけれど,A・B・Cという薬のどれを優先させるか,なぜ優先させるのかという優先度について教わるということはほとんどないですよね.
大曲 ありませんよね.
岩田 だから抗菌薬の処方は習慣化していて,熱が出たときはゾシン®を使って駄目ならメロペン®に替える,といったかんじになっています.このあたりも,感染症以外のところに私たちの方法論や考え方を結びつけていくことは非常に大事だと思います.
大曲 たしかにそうですよね.

岩田先生がこれからやりたいこと

大曲 ところで,岩田先生はこれから何をしたいのですか.今日はこれを訊かなければと思っていたんですよ.
岩田 私ですか? まったく予想していなかったな(笑).やはり,神戸大学病院というローカルなところでまずは頑張らなければいけないと思っています.学生教育,研修医教育,全体的な医師教育,病院のシステム,検査,治療,良くないところがまだまだ沢山ありますから.
 それから,現在兵庫県の病院が次々と再編成されていて,沢山あった病院が集約化されています.それを機に,病院として感染対策を始めなければいけないという話になれば,これまで場当たり的に適当になされていた抗菌薬使用を適正化してもらう絶好のチャンスなので,そういったところで兵庫県全体をもっと底上げしていければと.兵庫県には兵庫医科大学と神戸大学という2つの医学部がありますが,兵庫県全体となると神戸大学がほぼ唯一の医療圏なので,神戸大の学生や研修医をしっかり育てると,それが周辺の病院にまで波及していきますから.これは亀田総合病院ではできなかったことでした.
 それから,これから真面目に取り組みたいと考えているのは学会と行政への参加です.これまで私はさまざまな意見をさまざまな場所で発言してきましたが,学会の先生方からは「岩田は色々なことを言うけど,なかに入ってやっていないじゃないか」とお叱りを受けることがありました.それはご指摘の通りなので,今後はさまざまな学会のなかに入って仕事をするということにして,2018年からは日本エイズ学会の理事にもなりました.それから行政面.先ほど話に出てきた日本版CDCはきちんと作らなければいけませんよね.
大曲 そうですよね.
岩田 これまでは大曲先生たちに丸投げしてしまっていましたが…….
大曲 皆でやれば怖くない(笑).
岩田 これまでは個人で頑張っていればよかったのですが,今後はそういった社会的責任をそろそろ果たしにいって,自分が身を畳む準備をしなければと考えています.そこまでやったら「もう探さないでください」と一筆書いてスッと消えようかなと.
大曲 駄目ですよ(笑).
岩田 研究についてはね,やりたいテーマが沢山あってゴールがないので,続けていくしかありませんね.
大曲 たしかにね.
岩田 執筆する本のテーマも沢山ありますが,こちらも書けば書くほど新しいテーマが見つかるので,これでおしまいということはないようです.頭がぼけてしまって何もできなくなるまでは走るしかないな,というかんじですね.……まさかこんなことを訊かれるとは思っていませんでした.
大曲 ここで訊いておかなければと思いまして.満足しました(笑).
岩田 ありがとうございます.
大曲 ありがとうございました.

fin


大曲貴夫 おおまがり のりお
国立国際医療研究センター病院副院長・
AMR臨床リファレンスセンター長
[略歴]
佐賀医科大学医学部卒業後,聖路加国際病院内科レジデント,2002年 The University of Texas-Houston Medical School で感染症科のClinical fellow.2004年静岡県立静岡がんセンター感染症科医長,2007年同部長,2011年国立国際医療研究センター国際疾病センター副センター長,2012年同院国際感染症センター長,2015年国際診療部長を経て,2017年4月より現職.

岩田健太郎 いわた けんたろう
神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座
感染治療学分野教授
[略歴]
1971年 島根県生まれ.1997年 島根医科大学(現・島根大学)卒業,沖縄県立中部病院.1998年 ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院.2001年ニューヨーク市ベスイスラエル・メディカルセンター.2003年 北京インターナショナルSOS クリニック.2004年 千葉県亀田総合病院総合診療・感染症科部長.2008年より現職.



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感染症総合誌「J-IDEO」では、新型コロナウイルス感染症にテーマを絞った特別増刊号「J-IDEO+」を4月上旬に刊行いたします。

岩田健太郎先生らのロングインタビューや座談会、忽那賢志先生の総説、その他PCR検査や治療薬についての最新知見など、医療者はじめ多くの方に手にとって頂きたい内容となっております。

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