見出し画像

基礎から臨床につなぐ薬剤耐性菌のハナシ(39)


[第39回]Acinetobacter属の臨床像と耐性機構②


西村 翔
 にしむらしょう
兵庫県立はりま姫路総合医療センター感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.7 No.4 2023年7月 刊行)

 前回は,Acinetobacter属の同定とその疫学について議論していきました.今回は引き続き,A. baumannii感染症の臨床像について解説します.

A. baumannii感染症の臨床像

 疫学に次いで,Acinetobacter属による感染症の臨床像をみていきます.まず,Acinetobacter属による感染症のほとんどは医療関連感染症として発生します.1960~1970年代にかけて,集中治療の利用機会の増加とともに,Acinetobacter属による感染の機会も増加していき,当初はヒトに常在しているものも低病原性の菌であると捉えられていました【1,2】が,人工呼吸や中心静脈ライン,尿道留置カテーテルおよび抗菌薬治療の普及とともに,高度耐性かつ強病原性の同属による感染が問題となってくるようになりました【3】.現在では,世界中で,特にICU内での感染が問題となっています【4,5】.A. baumanniiによる最も頻度の高い病型は人工呼吸器関連肺炎で【6】,次いでカテーテル関連血流感染症の報告が多く,他の感染症としては,カテーテル関連尿路感染症,手術部位や創部感染,(特に外傷や術後の)骨および皮膚軟部組織感染,熱傷部位の感染,(自然弁にも起こりうる)心内膜炎や(特に術後,あるいはドレナージチューブやシャント留置下での)髄膜炎などが報告されています【4,7~9】.このように,デバイスや異物に関連して発生するのがA. baumannii感染症の特徴の一つであり,それはこの菌のバイオフィルムを産生しやすいという病原性と関連しています【10】.
 前回,解説したようにAcinetobacter属は,皮膚や創部,気道や消化管などさまざまな部位に定着【11】し,多くの感染患者では先行して同菌が定着しているため,それが単なる定着なのか真の感染なのかを識別するのに非常に難渋することになります【12】.過去のデータだと,院内で分離されるA. baumanniiの最大50%程度は定着菌であり【13,14】,さらには,単一菌種として分離されるのではなく,複数菌種分離されたうちの一菌種がA. baumanniiであるという場合も少なくなく,たとえば,Karakonstantisらによる,A. calcoaceticus-A. baumannii(ACB)complex感染症が複数菌種感染症であった場合とACB complex単一菌感染症であった場合を比較した研究のメタ解析では,ACB complexによる肺“感染症”と診断された症例の30%(95%CI:21-41%)が,さらには同菌による血流感染症の25%(95%CI:21-30%)が複数菌分離例であったことが報告されており【15】,また複数菌種感染症の場合には死亡リスクが低下する可能性が示されています(OR=0.75,95%CI:0.58-0.98).通常,複数菌種感染の場合には,ACB complexの病原性を減弱させるような同時分離菌種(co-isolates)が存在しない限り,単一菌感染と少なくとも同等かあるいはより高い死亡率であることが予想されますが,このように複数菌種“感染”症で死亡率が低下する要因としては,(特に耐性の)ACB complexが複数菌種のなかの一菌種として分離されたとしても,それが真の起因菌ではなく(つまり,ACB complexは定着菌あるいは汚染菌である),同時に分離された他菌種が真の起因菌である症例が含まれている可能性が考えられます.複数菌種“感染”症において,特に同時に分離されやすい菌種としては,肺感染症であればP. aeruginosaやS. aureus,K. pneumoniaeが,血流感染症の場合には,coagulase-negative StaphylococcusやEnterococcus spp., P. aeruginosaやKlebsiella spp., Enterobacter spp., S. aureusなど多岐にわたります【16】.興味深いのはA. baumanniiを含む複数菌種による血流感染症とA. baumannii単一菌菌血症を比較した場合に,同時に分離された菌種がGNRの場合には予後が悪化し,それがGPCの場合には,むしろ予後は改善する可能性が一部の研究で指摘されており,これはGPCがA. baumanniiの病原性を減弱させるように作用しているのか,あるいは特にGPCとともに分離された場合にはA. baumanniiは起因菌ではない症例が含まれていることが示唆されます【17】.
 A. baumanniiの定着リスク因子は前回解説した通りです.定着菌に対して抗菌薬を投与してしまうことによって高度耐性化を促進するリスクは以前から懸念されており,定着と感染を区別するために両者の(リスク因子の)違いを明らかにするための検討がいくつか行われている【12,18,19】のですが,すべて単施設で実施されている非常に小規模な検討です.さらに,アウトブレイク環境下での検討【18】である,対象をカルバペネム耐性株のみとしている【19】,対照群の設定に関して(感染例と定着例を直接比較するのではなく)感染例と定着例を各々非感染例と比較している【19】,単一菌として分離された症例に限定しているのか【18】そうでないのか【12,19】,そもそも菌種をA. baumanniiに限定できているのか【18】,そうではなくてACB complexなのか【12,19】(注;ACB complex内でもA. baumannii以外の菌種では定着菌のリスクが高くなります),など相当なlimitationを伴う研究ばかりではありますが,そのなかで示されている定着よりも感染を示唆する所見(リスク因子)としては,ICU入室中であること【18】,入院期間が長いこと【18】,中心静脈カテーテルが留置されていること【19】,高齢であることや転床を繰り返していること【12】,さらには白血球や炎症の値が高いこと(これは当たり前ですね)【12】などが挙げられています.なお,A. baumannii感染症の最大のリスクは先行して同菌種が定着していること【20,21】ですが,前述の研究間でも,初回分離株のみを対象としている研究【12】と,そうではない研究【18】,あるいはその区別すらしていない研究【19】とここでもばらつきがあります.現時点では,とてもこれらの(感染と定着を区別しうる)各リスク因子を一般化することはできず,結局は臨床的に定着と感染を判断せざるを得ないため,特に複数菌種のなかの一菌種として分離された場合には判断に悩むことになります【22】.
 米国で2015~2017年に報告された医療関連感染症において,Acinetobacter属が占める割合は,中心静脈ライン関連の血流感染症では一般病床/ICUで各々1.9/1.4%,人工呼吸器関連肺炎では一般病床/ICUで5.9/3.2%となっており【8】,この数字は米国では年々低下傾向です【23,24】.この頻度は,地域によって異なっており,欧州ではAcinetobacter属が起因菌となる頻度はもっと高く【25~【27】,たとえば,2009年の報告では欧州の27のICUで人工呼吸器を要する院内肺炎における起因菌の19.1%を占めていたとされ,特にトルコやギリシャでは最も頻度の高い起因菌でした【25】.この頻度はアジア【28,29】や,ラテンアメリカ【30】ではさらに高くなります.前回も触れましたが,特に熱帯や亜熱帯ではAcinetobacter属が起因菌となる頻度は高くなり,アジアのなかでもタイ【31】や,ベトナム【32】,インド【33】,中国【34】や台湾【35】,さらには韓国【36,37】でも院内肺炎や人工呼吸器関連肺炎におけるAcinetobacter属の起因菌としての頻度はグラム陰性桿菌のなかでは最も高くなっています.一方で日本でのデータはというと,あまりまとまったデータはありませんが,院内肺炎や人工呼吸器関連肺炎においてAcinetobacter属が起因菌となる頻度は,グラム陰性桿菌のなかでも,少なくともP. aeruginosaや,E. coli,K. pneumoniaeなどのEnterobacteralesと比較すると,圧倒的に低くなっており【38,39】,起因菌のtop 10のなかにすら入ってきません【40】.日本と韓国がほぼ同じような緯度に位置し,気候も比較的共通していることを考慮すると,アジア圏内での臨床感染症におけるAcinetobacter属の疫学的相違は単に気候の違いだけで説明できるものではありません.また,分離頻度のみならず,後述するように分離されるAcinetobacter属の抗菌薬感受性に関しても日本と他のアジア諸国とは大きな乖離があります.
 一方で市中感染症に関しては,前回解説した通り,オーストラリア北部を含むオセアニア地域やシンガポールやタイ,台湾,香港,中国西南部を含む東南アジア地域など温暖で湿度の高い熱帯/亜熱帯地域を中心に【41】,稀に米国(南)東海岸【42】や日本【43】などの温帯地域でも,特に湿潤期に報告されています.典型的には,急性発症の重症肺炎で早期にショックに陥る劇的な経過を辿り【44】,オーストラリアでの16年にわたるAcinetobacter属による菌血症合併市中肺炎41例(35例はA. baumannii)の報告では,80%の症例でICU入室を要していますが,経験的治療が適切に行われた場合の死亡率は11%と報告されています【45】.ただしこの死亡率はあくまで(頻度が稀ではないために)経験的治療でAcinetobacter属がカバーされた場合の死亡率であり,頻度が稀な地域(例;日本を含む温帯地域)では,死亡率はより上昇するかもしれません【42】.典型的にはなんらかのリスク因子を有する患者が罹患しており,具体的なリスク因子としては,気候以外に,(院内での定着リスク因子と同様に)糖尿病や慢性肺疾患などの基礎疾患,喫煙や大酒家などが想定されています【46】.

耐性A. baumanniiに関する疫学

ここから先は

19,071字 / 1画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?