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國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.14

國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.14
國松 淳和 くにまつ じゅんわ
医療法人社団永生会南多摩病院
総合内科・膠原病内科 部長


 今回は2020年8月号の「何読み」です!

 今月の内科学会雑誌の特集は、「認知症診療の新展開」です。

 個人的なおすすめは「Lewy小体型認知症」ですね。
 内科医がぜひ知っておくべき病型です。わずか6ページとちょっとですが、非常にコンサイスにまとまっています。
 他のページは、まあ流す程度に読みました。でも内容はとても良いと思いますよ。

 MCQ(マルチョイ問題)のコーナーで、アルツハイマー型認知症患者の脳脊髄液で低下する物質を5択で選ばせる問題が熱かったです。

(a)アミロイドβ40
(b)アミロイドβ42
(c)総タウ
(d)リン酸化タウ
(e)α-シヌクレイン

 これです。皆さんは答えわかりますか? 「低下」ですよ?
 正解は、このnoteの一番下に!



 はい、さて「今月の症例」については今月号も2例ありました。では見て参ります。
 今月の「どこ引き」の始まりです!

 あ、

 ちなみに「どこ引き」というのは、「今月の症例、どこに線を引きましたか?」の略で、弊note「何読み」の中の名物コーナーになっております(自称)。

 「どこ引き」は、(私の場合)青とピンクの2色の蛍光ペンで、

:この症例に関する重要点・私が重要と思ったところ
ピンク:この症例とは直接関係ないけれど、一般論として重要な点・別の症例などに役立ちそうなところ

で塗り分けるのでした。

 まず1例目です。


■p1578 高カルシウム血症を呈し、肝を主とした多臓器に病変を認めたサルコイドーシスの1例


 ではいつものように最初にタイトルをみます。
 はい、これはまあ、そうなんだねって気持ちになります。
 厳しい言い方をしますと、よほど内容に目玉がないとなあと思ってしまうタイトルです。
 なぜなら、サルコイドーシスでは「高カルシウム血症を呈し、肝を主とした多臓器に病変を認め」ることはあるからです。

 はい、全体を一読してみました。
 うーん......これまで「何読み」で数々の「今月の症例」の論文(s)を救ってきましたが......これは厳しいかな。

 この症例は、ぶどう膜炎もなく、BHLもなく、心サルコイドーシスもなく、いわば ”systemic sarcoidosis”のケースです。
 こういう言葉があるわけではないですが、臨床医としてはリンパ腫疑いの患者さんにリンパ腫を疑うことは当然として、サルコイドーシスも疑うこともまた当然なわけで。
 日頃はリンパ腫側からアプローチすることが多いですが、この症例では初めから高カルシウム血症があり、正直サルコイドーシスを疑うことは簡単だったと思います。

 私ならむしろ成人T細胞性白血病/リンパ腫を疑ってしまいます。この論文ではATLスクリーニング(HTLV-Iの感染状態を調べる検査)は未実施のようです。
 ただACEやリゾチームが素直に高くなっていて驚きました。
 あとLDHは高くなかったです。
 ただしALPは512 U/lと上がっていました。
 LDH正常は、少なくともaggressive lymphomaの可能性をとても下げる情報だと思います。ということで、サルコイドーシスの「生検前」確率は非常に高いと思われます。

 私の所感は正直これくらいです。
 PET画像を綺麗に提示し、肝生検できちんと診断確定。プレドニン40 mgで経過良好。というそういう症例でした。

 ......えっと、久々、微妙な空気の中1例目を終え......気を取り直して2例目に参ります!!!



■p1585 リピオドールリンパ管造影ならびにオクトレオチドが有効であった非外傷性乳糜胸水の1例


 さて「どこ引き」2例目です。今回もまずタイトルを見てみましょう。

 まず、「有効であった」というその介入の内容について「ならびに」という語で2つの語が並列されています。

 1つは「リピオドールリンパ管造影」
 もう1つは「オクトレオチド」

 ......あれ?
 後者は・・・いいぜ「オクトレオチド」は薬剤です。
 前者は・・・? はい? 「リピオドールリンパ管造影」は検査......
薬剤と“検査”が並列になっています。

 そもそも「リピオドールリンパ管造影」「オクトレオチド」もあまりよくわかっていない身としては、ちょっと珍紛漢紛なわけです早速。
 しかも病態は「非外傷性乳糜胸水」
 「乳糜胸水」ですよ。
 そんなしょっちゅう出会わない。

 というわけで、何だかよくわからないが、きっと結構珍しいことを言わんとしているに違いないということが察せられます。


 私は一般に、症例を読み解くための大きな柱は2つあると思っていて、それは解剖学と病態生理学です。けっこう基本ですがこれが極めて重要ですし、逆に迷った時にはここから読み解いていけばよいです。

 私はこの論文を読むにあたり、きっと「リピオドールリンパ管造影」も「オクトレオチド」もよくわからないから、せめて「乳糜胸水」の病態生理だけでも学ぼうと思いました。そう思って読み始めました。

 54歳の、慢性腎不全と肝硬変がある患者さんの、胸腹水です。
 穿刺液の分析で、

・外観が乳糜
・穿刺液TGが高値(110 mg/dL以上)
・穿刺液リポ蛋白分析でカイロミクロンが検出

 これを示すことが乳糜胸腹水であることのポイントとしています。
 このあたり非常に臨床的です。この乳糜胸腹水の病態鑑別をすることが治療につながりますね。

 これを理解するのはやはり「解剖学と病態生理学」の知識が必要そうです。
 まず乳糜自体は、何らかの原因で胸管やリンパ管からリンパ液が漏出することで生じます。原因は、主に外科手術後の外傷性と、あとは非外傷性があります。非外傷性では悪性リンパ腫が多いが肝硬変もよく知られています。

 ここで、私が外科系のことがわからなかったということもあって、少し脱線して調べてみることにしました。
 あとはどうにも「リピオドールリンパ管造影」は検査なのにどうしてそれで治療になっている? という疑問のもやもや感が鬱陶しかったので。

 そしたら、

森本真人.リンパ管造影が著効であった肺癌術後乳糜胸の3例.日呼外会誌.1999;13:448.

植村 守,土岐祐一郎,石川 治,他.リピオドールリンパ管造影にて治癒した食道癌術後難治性乳糜胸水の1例.日消外会誌.2005;38:7-12.

村上英毅,大守 誠,上野一樹,他.リピオドールリンパ管造影にて治癒した鼠径部リンパ節郭清術後の難治性リンパ漏の1例.日形会誌.2017;37:187-91.

 なんと3本も関連文献がすぐ見つかっちゃいました(これは今回の「今月の症例」の文献リストにはない文献です)。
 これだから内科医はダメですね。リンパ管を傷つけるリスクと日々戦ってないような医者は。緊張感がない。

 さてこうした論文を読むとやはり解剖や生理学の重要性がよくわかります。
 脂肪のうちのトリグリセリドは腸の毛細リンパ管で吸収され、そのあと結果として乳化したリンパ液になります。リンパ液/リンパ管の流れは静脈に似ていて、両下肢から上行してちょうど腰椎L1-2前面あたりで合流してここを「乳糜槽」と言います。ここから上行して胸腔に入るとそれを「胸管」と呼ぶようになります。


 この症例がそうであったように、胸水や腹水はそこにあることはすぐにわかり、そして外観や分析からそれが乳糜性であろうということはすぐ察しは付きます。
 実は問題は、かなり飛びまして、どこに(どこがメインで)漏出する機序が起こっているかがわからないということなんです。ここが臨床的な課題なんですね。

 漏出部位の同定をしようとリンパ管造影をする。しかしそれでも漏出部位がわからない時に困るわけです。

 だから未来への希望的期待は、

A)漏出部位が(簡単に・非侵襲的に)同定できる
B)漏出部位がわからなくても、乳糜胸腹水を直す方法がわかる

という点に行き着きます。

 論文を読むと、どうもAが難しいようです。要するに漏出部位が同定し難いケースというのがあるようなんです。


 例えば今回のこの「今月の症例」でもそうです。
 問題点として乳糜胸腹水があるとわかり、リンパ管造影を施行しても、漏出部位はわからなかった。

 でも、既報を参考にすると、外科手術関連ではリピオドールリンパ管造影検査自体が治療的になるケースがある。
 これはリピオドールがリンパ管の破綻部に滞留することで、炎症惹起や塞栓効果が生じ、それが乳糜瘻の停止に有用であるとの示唆が言われているようです。


 今回の「今月の症例」の新規性は、これを肝硬変ベースの患者さん、つまり非外傷性の乳糜胸腹水でもリピオドールリンパ管造影検査が治療的に働いたことを示した、というところにあると思います。

 詳しい経過は実際の論文を読んでほしいですが、オクトレオチド投与のインパクトよりもリピオドールリンパ管造影のインパクトの方が強いんですよね。驚きです。
 オクトレオチド投与下でも、食事再開で乳糜が再増悪してしまったという経過が記述されていますが、(オクトレオチド投与はそのままで)リピオドールリンパ管造影を行った直後に乳糜胸腹水が著減しているのです。

 乳糜瘻の漏出部位がわからなくても、造影検査それ自体が治療になってるってすごくないですか?

 ちなみに肝硬変の患者では、門脈圧亢進および血漿膠質浸透圧の低下により、お腹の臓器や腸間膜の毛細リンパ管(←さっきトリグリセリドの吸収のところで出てきたやつ)が鬱滞し、リンパ管内圧が上昇してミクロレベルのリンパ管の破綻を来たしリンパ液が腹腔内へ漏出してしまい、それで乳糜腹水となるとされているようです。
 それに加えて、肝性胸水という言葉があるように、肝硬変の患者さんでは横隔膜の小孔を通じて腹水が胸腔内に流入するというルートで、この患者さんも乳糜腹水にとどまらず乳糜胸水ができたのだろうとされています。
 長かったですが、これが本例の乳糜胸水の病態生理です。いやあ肝硬変って恐ろしい病気です。


 今って、サンドスタチンLAR(オクトレオチド酢酸塩徐放性製剤)なんてあるんですね。筋注でサンドスタチンが投与可能。恥ずかしながら知りませんでした。便利ですね。


 それでは今日はこの辺で!



 あっ、さっきの問題の答えですね。
 答えは(b)アミロイドβ(Aβ)42です。これが髄液で下がるんですね。
 逆に上がるのは、「タウ」です。総タウ蛋白とリン酸化タウ蛋白です。


 あっ、こんな問題を人に出してる場合じゃなかった。セルフトレーニング問題やらなきゃ......(ネタ感)

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