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『慢性臓器障害の診かた、考えかた』無料公開 Part2 「はじめに」

慢性臓器障害の診かた、考えかた』(佐藤健太 著)の刊行を記念して、本書の「第1章 はじめに(一部省略)」を無料公開致します。


第1 章 はじめに

 私は,慢性心不全,慢性肺疾患(COPD など),慢性腎臓病,慢性肝炎などをひとくくりにして「慢性臓器障害」と呼んでいます.今では認知症などの慢性神経疾患や,歩行能力低下・易転倒状態などの慢性運動器疾患も含めて「6 大慢性臓器障害」にまで概念を拡大しています.

 これは単なる思いつきではなく,臨床に落とし込んで使っている実践的な診療フレームワークです.患者のプロブレムリストを組み立てるときも,プロブレム全体を把握しながら優先順位を考えてプランを決めるときも,予後予測を行い患者と方針を相談するときも,この「慢性臓器障害」という視点を意識しています.研修医教育でも,個別の疾患について詳しく教える前に「慢性臓器障害」という大きなくくりで全体像を教えることで,プライマリ・ケア医や総合診療医の役割をイメージしやすくなり,各疾患の診療ガイドラインも見通しよく読めるようになるため,教育効果が高いと感じています.

 本書では,私が臨床経験や文献レビューを通して見出した「慢性臓器障害」という概念を定義し,その臨床的・教育的な特徴を詳しく説明していきます.また,臓器ごとの考え方に加え,ステージ別に診ていく方法もお伝えします.障害された臓器や原因による「違い」だけではなく,臓器同士・ステージごとの「共通点」に注目して捉えることで,「共通のリスク因子を持ち,長い時間をかけて似たような経過で進行し,やがてADL やQOL を損ないながら死に至る疾患群」の全体像を理解しやすくなるはずです.読み進めていただければ,なかなかに面白く,深めがいのある疾患概念だと理解していただけると思います.

よくある事例×臓器別診療

 概念的な説明を始める前に,総合診療の現場でよく見かける3 事例を題材にして「慢性臓器障害の視点のない診療」の経過を提示します.おそらく本書の読者の多くが「これ,よくある! いつも大変なんだよね」と思うようなCommon な事例ですが,この事例の中には日本の総合医の診療の特徴や,慢性臓器障害を理解するために必要なポイントがたくさん散りばめられています.
 事例の経過を読みながら,普段どのように患者や疾患を捉えているか,どのように各プロブレムを整理しプランを決めているかを考えながら読み進めてみてください.
 その後で本書の本文を読み進めていき,3 章最後の「よくある事例×慢性臓器障害診療(p.66)」で「慢性臓器障害の視点のある診療」を読むことで,慢性臓器障害の視点の意義や有用性についての理解が深まると思います.

(中略)

事例2: 心・腎不全終末期に過ごせる病棟を確保できず,最期の苦しみが長引いた92 歳女性

【背景】
かかりつけA …総合病院の腎臓内科(3 カ月毎受診)
管理疾患 …慢性腎臓病G5A3
処方薬 …エナラプリル,フロセミド

かかりつけB …総合医のいるファミリークリニック
管理疾患 … 重症大動脈弁狭窄症,高血圧症,
慢性腰痛・両膝変形性関節症,うつ病
処方薬 … アムロジピン・ビソプロロール,アセトアミノフェン,ミルナシプラン
ACP … 弁置換術や血液透析などの侵襲的治療希望なし
心肺停止時はDNAR,苦痛を伴う急性疾患では治療希望

【現病歴】
 2 週間前から徐々に体重増加・下腿浮腫が出現,今朝からの起座呼吸のため総合病院A に救急搬送.ECG で心房細動や虚血所見なし,Xp で軽度の肺水腫所見,Cr の上昇を認め,慢性心不全・慢性腎臓病の急性増悪と診断された.

【入院後経過】
 循環器内科は「AS 合併症というよりは腎不全が主体.弁膜症の治療も希望されないため,1 年前にB クリニックへ紹介した症例.当科的にはやることはない」という判断.腎臓内科も「透析を希望していないのであれば,総合診療科での利尿薬対応でよい」との判断となり,総合診療病棟に入院.B クリニック主治医から情報を得て,多職種での臨床倫理カンファを経て患者・家族と面談を行い「侵襲的治療なし・DNAR,ただし苦痛はしっかり取る」という治療方針を決定した.幸い治療反応性はあり,フロセミド高用量静注+症状が強い時はオピオイド皮下点滴を行い呼吸苦や浮腫のない状態となったが,Cr はさらに悪化し予後数カ月以内と見積もられた.

【退院後経過】
 一旦自宅退院とし,B クリニックからの訪問診療を開始した.訪問看護・ヘルパー等も導入したが,家族の介護力は乏しく患者も自宅看取りへのこだわりもないため,症状が悪化してきたら入院しての病院看取りを希望された.しかし,悪性腫瘍の病名がないため緩和ケア病棟は受け入れ不可能,医学的管理が難しいため療養病棟も受け入れ困難,専門的治療を希望せず入院期間も週〜月単位になるためA 総合病院の循環器・腎臓内科病棟も受け入れ不能との返答で病床確保に難航した.そのまま数カ月が経過し,徐々に心・腎機能が低下し,高用量フロセミド静注でも安静時息切れに悩まされるようになり,最終的には呼吸不全に至り総合病院A に救急搬送.総合診療病棟に臨時入院となりフロセミド静注やCPAP などを導入したが,治療の甲斐なく苦痛は取り切れず,3 日後に死亡した.

【解説】
 日本人の死因の3 分の1 を悪性腫瘍が占めるというのは有名な話ですが,裏を返すと「日本人の3 分の2 は悪性腫瘍以外で亡くなる」とも言えます.しかし,日本の緩和ケア病棟の入院適応は悪性腫瘍とAIDS に限られており,終末期ケアの専門医がいる環境を利用できる患者は多くありません.他にもさまざまな病棟がありますが,DPC 適用の臓器別急性期病棟や,医療資源の乏しい療養病棟・施設などでは不安定な臓器不全患者をじっくり看取ることは難しく,看取り難民が数多く発生しています.

 総合診療に関わっていれば,こういった「非がん終末期」の患者を,総合診療病棟や地域包括ケア病棟,そして訪問診療で担当し,精一杯苦痛緩和に務めるというのは日常業務の一部でしょう.しかし,総合診療を学ぶ専攻医や,総合医を選ぶか悩んでいる医学生・研修医からすると「専門医が診たがらない患者,大病院に見捨てられた患者の(表現は悪いですが)尻拭い・ゴミ箱的診療ばかり」と感じてしまうこともあります.華々しい第一選択の治療を行えず,エビデンスのはっきりしない消極的な治療だけを行い,どんなに頑張ってもほとんどの症例が亡くなっていくため,やりがいを見失ってしまったり,他科へ転向してしまったりするケースも毎年のように見られます.

(中略)

 以上の3 事例は,決して「特殊で例外的な,不運な事例」ではなく,今の日本で日常的に発生しているCommon case です.総合診療の場面では特に増えてきているでしょう.
 初期研修で身につけられる能力である,「患者の症状や身体所見,基本検査の組み合わせで単一の疾患を診断する能力」があっても,全く太刀打ちできない症例ばかりです.喀痰のグラム染色で肺炎球菌感染症を見事に見抜けても,低酸素血症とWheezes の原因が心不全なのかCOPD なのか区別できても,UpToDate に掲載されている第一選択の治療法を暗記できていたとしても,これら症例の長期予後を改善することにはつながりません.そして,高齢者におけるMultimorbidity の頻度を考えれば,これは例外でなく“当たり前” の日常診療の範疇です.

 また,事例提示のなかでやや誇張して表現した部分もありますが,既存の「急性期→回復期・地域包括→療養・施設を経て地域へ」という病床機能分担システムや,「臓器別疾患は,個々の臓器別専門医にずっとかかり続ける.専門的治療の適応外になってから総合医へ」という臓器別内科主体の診療システムでは対応しきれない矛盾・溝・ギャップがたくさんあることも感じていただけたかと思います.

目標・メッセージ

 このような「日本の診療制度の中で,たくさんの臓器別疾患を抱えた高齢者の診療」においては,総合医の得意とする能力や診療場面がうまくフィットすることが多いと考えています.「心不全だから循環器内科」とか「腎不全だから腎臓内科」という考え方だけでは,診療制度上も,患者数と専門医数のバランスからも限界がありますが,その問題をクリアするために総合医の役割は大きいだろうと考えています.また,「専門医がみる必要のない患者は総合医でもいいだろう」とか「総合医が見ていたら重症化してしまい,手に負えなくなったので専門医にお願いする」というような,旧来の専門医と総合医の(上下関係や優劣関係ともとれるような)役割分担や連携のあり方も見直していく必要があると考えています.

 かといって,総合医を目指す医師が「全臓器疾患の対応ができるようになるために,すべての臓器別内科病棟をローテートして研修すればよい」とも考えていません.上記の3 事例はいずれも,「○○専門科としては,専門性の高い治療を必要とせず,入院も長期化するため専門病棟に入院する適応はない(入院しても短期間で退院してかかりつけに戻す)」対象となる患者でした.したがって,これらの専門病棟に何カ月〜何年いたとしても,専門病棟の外側で総合医が対応している「臓器別疾患を複数抱えたために,行き場がなく,苦しみが長く続く患者」に出会うことはできず,彼らを元気にするための診療能力の研修もできません.

 私の持論ですが,「総合医が普段診療しているセッティングで,臓器別専門医の診療対象外とみなされる臓器別疾患を複数抱える患者を担当しながら,“慢性臓器障害は年余の経過で進行し,途中で急性増悪を繰り返し,最終的には終末期を迎え亡くなる” という全経過を主体的に診療する」ことで,初めて総合医の魅力ややりがい,存在意義を感じられるようになると考えています.ぜひとも,大病院の総合診療病棟,中小病院の一般内科・地域包括ケア病棟,診療所や訪問診療などの幅広い総合診療フィールドをローテートして,総合診療の魅力を学んでほしいと思います.

本書の概要,対象読者と用語の定義

 本書は,慢性臓器障害とその診療について詳しく解説します.

 第1 章「はじめに」では,すでに述べたように具体的な症例から「慢性臓器障害のみかた・考えかた」の問題点を提示し,本書を読み進めるための土台を提供しました.

 第2 章「慢性臓器障害診療の現状と展望」では,まず現時点の診療ガイドラインや患者数などの疫学情報データを提示しながら,現状の診療の枠組みだけでは慢性臓器障害に対応しきれないだろうという懸念を示します.次に総合医の特性や診療内容を解説し,専門医と総合医の協働によって多くの問題を解決しうるだろうという考えを解説します.

 第3 章「慢性臓器障害の捉えかた」で,慢性臓器障害の定義,含まれる臓器群やステージの概観,臨床的な特徴を簡単にまとめます.

 第4 章「慢性臓器障害の横軸 臓器群アプローチ」では,6 大臓器群を3 つの亜分類にまとめることで「共通点」に注目した考え方を提示します.

 第5 章「慢性臓器障害の縦軸 ステージアプローチ」では全臓器共通の5 ステージモデルを提示し「主要障害臓器が異なっていても,ステージごとに共通する診かた」を解説することで,慢性臓器障害という捉え方の醍醐味をお伝えします.

 第6 章「ステージアプローチ各論 ステージごとの評価と介入」ではステージA〜E のそれぞれについて,より詳しく評価方法や介入の要点などを事例も提示しながら解説します.

 第7 章「慢性臓器障害の拡張 5 大Common disease へ」では,慢性臓器障害の視点を「個別の疾患を“疾患群” として包括的に捉える」という考え方で拡張していけば他の疾患も捉えやすくなり,総合診療の世界がもっと面白く刺激的になるだろうという未来への期待などを熱く語ります.また,あとがきとして,私自身が総合診療を学び,成長し,慢性臓器障害という概念に出会うまでのエピソードもご紹介することで,総合診療を選ぶかどうか迷っている若手医師の参考になることも目指しました.順番に読み進めることで理解が深まるように工夫していますが,要点だけ読みたい方は,第3 章を読んで概要をつかんでいただきつつ,第6 章の中から現在診療で関わっている患者のステージ(大病院の急性期主体で学んでいるならステージD,診療所研修中ならステージA やB,非がん終末期ケアで悩んでいるならステージE)から読み始めるといいでしょう.

本書の対象読者は,総合医と専門医の両方を想定しています.

 さまざまな臓器の慢性臓器障害に対して,発症前から進行中,軽症〜中等症の急性増悪や終末期まで継続的に関わり続ける総合医と,各臓器の重症例や特殊例の診療に強みを発揮する専門医との両者に,慢性臓器障害の概念をお伝えしたいからです.

「総合医が主体的にとりくむ,慢性臓器障害のみかた・考えかた」を多くの医学生・初期研修医,総合診療専攻医に広めていくことで,冒頭の3 事例のような「既存の医学的フレームでは“面白みややりがいのない症例”」に対する診かたが変わってくると考えています.こういった事例に対して知的好奇心をそそられながら学び,やりがいや達成感を感じながら診療し,そこから得た知見をまとめて臨床研究として昇華していくことができるようになり,「総合診療はとても刺激的で,一生続けたくなる臨床分野」として認識できるようになっていくでしょう.

 また,内科系専攻医や各科指導医にも広めることができれば,専門医と総合医の互いの専門性や大変さについての理解が深まり,相互への尊敬・尊重も浸透していき,「このステージの臓器障害は,総合医が診たほうがいいよね」とか,「急性増悪のときや特殊な精査・治療が必要なときは,いよいよ専門医の出番だね」とか,「終末期に向けて,少しでもQOL の高い生活が続けられるように,総合医と専門医で緊密に連携しながら協力していこう」というような,平和で建設的な会話が増えていくといいなと期待しています.

 その結果,科同士の壁や諍いが減り,専門医制度も健全化していき,全科の医師がおのおのの専門性を発揮しながらいきいきと診療に取り組めるようになっていければと思います.そして最終的には「慢性臓器障害を患うすべての患者さんとその家族・友人たちが,いつでもどこでも良いケアを受けられるような日本になっていく」ことを願っています.

 当初は慢性臓器障害の診療には欠かせない他職種も主な読者として,医学用語を噛み砕いて表現し,他職種向けの章も特別に作りたいと考えていました.しかし,それではページ数が増えてしまって値段が高くなったり,扱う話題が広がりすぎて読みにくくなったりしてしまうため,「少しでも早く,広く,慢性臓器障害の診療に関わる医師にこの概念を伝えたい」という目標を考え今回は割愛させていただきました.やがて別の形で他職種向け版や,拡大版も作れればとは考えています.

 内容の難易度設定としては,卒後3 年目の専攻医から,卒後20 年目くらいの若手〜中堅をイメージして書いています.具体的には,主治医として一定の臨床経験を持ち,一般的な疾患別診療ガイドラインやUpToDate などの二次資料,研修医向けマニュアルや商業誌などの知識も学びながら日々の臨床に取り組んでいるレベルの医師が読むと,もっとも刺激を受けられるように意識しました.既存の知識や経験を統合し,臓器別疾患の診療における「基本的な考え方」を俯瞰できるようになり,診療の視点が一段高まり,その後の学習効率が高まることを意識して編集しました.

 もちろん,これから勉強を始めようと思っている学生・初期研修医でも読めるよう平易な表現に努め,さらなる学習ができるように参考文献もつけました.また,膨大な経験からある程度慢性臓器障害の診療感覚がつかめているベテラン医にとっても有用なように,具体的な事例提示や,概念・感覚の言語化も意識してあります.

(後略)

 ■文献

1) Eurich DT, Marrie TJ, Minhas-Sandhu JK, et al. Risk of heart failure after community acquired pneumonia: prospective controlled study with 10 years of follow-up. BMJ. 2017; 356: J413.

2) Dharmarajan K, Strait KM, Tinetti ME, et al. Treatment for multiple   acutecardiopulmonary conditions in older adults hospitalized with pneumonia, chronic obstructive pulmonary disease, or heart failure. J Am Geriatr Soc. 2016; 64:498-01410

3) 厚生労働省.平成29 年患者調査結果の概要1 推計患者数.

4) Barnett K, Mereer SW, Norbury M, et al. Epidemiology of multimorbidity and implications for health care, research, and medical education: a cross-sectional study. Lancet. 2012; 380: 37-43.

5) Boyd CM, Darer J, Boult C, et al. Clinical practice guidelines and quality of care for older patients with multiple comorbid diseases: implications for pay for performance. JAMA. 2005; 294: 716-24.

6) Ellis G, Whitehead MA, Robinson D, et al. Comprehensive geriatric assessment for older adults admitted to hospital: meta-analysis of randomized controlled trials. BMJ. 2011; 343: d6553.



◆◆◆書籍のご紹介◆◆◆

「慢性臓器障害の診かた、考えかた」

佐藤健太 著
A5判 300頁
定価(本体4,800円 + 税)
ISBN978-4-498-01410-7
2021年02月発行

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