見出し画像

基礎から臨床につなぐ 薬剤耐性菌のハナシ(40)

[第40回]Acinetobacter属の臨床像と耐性機構(3)


西村 翔 にしむらしょう
兵庫県立はりま姫路総合医療センター感染症内科

(初出:J-IDEO Vol.7 No.5 2023年9月 刊行)



 前回までAcinetobacter属の疫学について解説してきました.今回からは,2回にわたってA. baumanniiの複雑な病原因子に関して議論していきたいと思います.

Acinetobacter属の菌種間での病原性の差

 Acinetobacter属は多数の病原因子を産生しますが,特にA. baumanniiは他のAcinetobacter属と比較してもより病原性が高いことが報告されており1,2),ヒトにおいても,観察研究ではA. ursingii3)や〔A. calcoaceticus—A. baumannii(ACB)complexに属する〕A. calcoaceticusによる感染(注;定着症例も含んでいます)と比較して4),A. baumannii感染症では予後が悪化することが報告されています.これらの2つの研究は単に死亡率を比較したのみですので,抗菌薬耐性の程度や経験的治療の適正度および重症度などの交絡が考慮されていませんが,Chusriらによるタイの大学病院単一施設でのACB complexによる院内感染症におけるnon—baumannii(正確にはA. nosocomialisおよびA. pittii)が起因菌の25例とA. baumanniiが起因菌の197例との比較検討では,たとえカルバペネム感受性菌による感染症に限定しても,A. baumanniiと比較してnon—baumanniiによる感染のほうが死亡率が低く(12.0 vs 34.4%),さらに(重症度や経験的治療の適正度を含めた)多変量解析でもnon—baumanniiによる感染は死亡のオッズが低い(調整オッズ比0.08, 95%CI:0.01—0.63)ことが報告されています5).その一方で,Nithichanonらによる同じタイの別の病院でのA. calcoaceticus感染症14例とA. baumannii感染症34例の比較検討では,単変量解析で両群の死亡率に差は認めませんでした(33.3 vs 35.7%)6).Nithichanonらによる検討がChusriらの検討と大きく異なるのは,A. calcoaceticus群での死亡率が非常に高いということです.Nithichanonらの検討では,ICU入室率(50 vs 32%)やカルバペネムへの耐性率が高く(29 vs 0%),さらには約1/3の症例が市中発症であったことから,Chusriらの検討と比べて(論文内には記載がありませんが)経験的治療の適正度が低かった可能性が考えられます.現時点までの知見では,non—baumanniiによる感染と比較してA. baumanniiによる感染のほうが重症度や死亡率が高いと考えられてきましたが,それが菌種そのものの病原性の問題なのか,単にA. baumanniiのほうが抗菌薬耐性の頻度が高いことが要因なのか7),まだ結論は出ていません.以下では,A. baumanniiの病原因子について個別に解説していきます.

外膜蛋白(outer membrane proteins)

ここから先は

24,920字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?