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國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.05

國松淳和の「内科学会雑誌、今月何読みましたか?(何読み)」 Vol.05
國松 淳和 くにまつ じゅんわ
医療法人社団永生会南多摩病院
総合内科・膠原病内科 医長


 今回は2019年11月号です。

 さあ今月の「何読み」です!
今号の特集は......「免疫不全宿主における感染症診療」です!

面白そうです!
でも最近忙しくて、疲れちゃって。
あんまり読みませんでした。ごめんなさい。
最近私、宮崎駿さん並みに働いている気がします。
だから許してください。
宮崎駿作品観たことないけど。


 しーん。


 さあとりあえず「今月の症例」はありますので、「どこ引き」をやって参りましょうか。

 ちなみにどこ引きというのは、「今月の症例、どこに線を引きましたか?」の略です。

 「どこ引き」というのは、(私の場合)青とピンクの2色の蛍光ペンで、

青:この症例に関する重要点・私が重要と思ったところ
ピンク:この症例とは直接関係ないけれど、一般論として重要な点・別の症例などに役立ちそうなところ

 で塗り分けるのでした。

 さあ参りましょう。
今月号も3例ありました。
今回は、最初にダイジェストしておきます。

 1例目「卵巣嚢腫手術を契機に発見されたBirt-Hogg-Dubé症候群の1例」
 これは「稀な病気の堅実な記述」というやつで、この疾患の、手短で質の高いミニレビューになっています。
 症例報告とはそもそもそういう性質を持っていて、下手な「(full-lengthの)レビュー論文」よりも質が高いことがあります。ああいうレビューはみなさん好きですが、ちょっとわかりにくくないですか? 網羅を優先し、少し内容がふわっとしてますよね。まあレビュー論文はそういうものですけれどね。
 症例報告を疾患レビューとして使う方法があるのですが、今回の論文はまさにそれです。

 2例目「糖質過剰摂取により低カリウム血症性周期性四肢麻痺を発症した境界型糖尿病の1例」。このケースレポートは、今月1番のしみじみ〜症例です!
 いわゆる、“真面目クラスタ”界隈からしたら、「勉強になります!」的な症例ではあるのですが、なんというか...個人的にterminologyがね......
 「周期性四肢麻痺」って言葉/診断は、私は滅多なことでは使わないようにしている(=慎重になっている)ので、こんなにあっさり「周期性四肢麻痺」としてしまうことにすごく違和感があり、かなりしみじみしました。

 3例目「肝切除後に発症した自己免疫性後天性凝固第V因子欠乏症」。これは......こういうの久々に読みましたが、一言で言うと「完璧な論文」です。内容や議論の十分さ、その質の高さは当然ですが、考察事項の選び方とその考察、洗練された文体。本当に美しい論文で、日本語症例報告のお手本とすべき論文です。
 これに気づくことができたのも、この論文を読んだからです。タイトルだけで、「肝切除? ウチしねーし」とか「凝固因子? あー無理、関係ないし」とか言って捨てていたら、わからなかったわけです。ここに、「ぜんぜん関係ない、どうでもいいと思える症例報告も、読む意味がある」と言える根拠の1つが見て取れます。

 では、1例ずつ見ていきましょう。
とはいえ、言いたいことはだいぶ言ってしまった感があるので流していく気分でいきますね。


■p2327, 卵巣嚢腫手術を契機に発見されたBirt-Hogg-Dubé症候群の1例

 まずこれです。

 このケースの最大のツッコミどころは、「卵巣嚢腫手術は関係ない」という点です。

 Birt-Hogg-Dubé症候群(以下BHD症候群)

 珍しい病気〜

 見つけたら嬉しいですよね、きっと。

 この嬉しさを、どうしても形にしたかったのでしょう。
しかし、どう読んでも、BHD症候群としては新規性があるわけでなかったようです。

 こういう症例報告には「こういう疾患がありますよ〜 忘れないでくださいね〜」と啓発する意義があります。
 筆者らはおそらく「これ」に持っていくために、「いつ気づいたか」を入れざるを得ず、それで「卵巣嚢腫手術を契機に発見」がタイトルに入ることになったものと思われます。

 ちなみに内容は、申し分ないです。
今回は「ミニレビュー」的要素が非常に強く、ほとんどが「ピンク蛍光ペン」で塗られることになりました。べったり。

 逆に「青蛍光ペン」で塗ったところは、

・38歳女性
・この患者さん以外に3人の「気胸」の家族歴
・腎癌の家族歴なし

 くらいです。
言い忘れましたが、この患者さんは術前検査で左気胸と両側の多発肺嚢胞を認めてBHD症候群に気づかれました。

 普通の自然気胸では肺尖部に嚢胞がありますが、本症では嚢胞が中葉・舌区・下葉の肺底部縦隔側に好発します。なので、変な場所に気胸ができます。

 そのほか、BHD症候群の嚢胞は造影効果がないとか、病理組織でも嚢胞に炎症細胞浸潤がない・線維化がない、などの特徴を備えます。

 「若年者の、妙な肺嚢胞のある繰り返す気胸」はBHD症候群を疑う常套句でして、何かと「肺」が話題になるのですが、実はこの「肺」は予後規定因子になりません。

 肺機能も落ちませんし、年齢とともに、特に40を過ぎると気胸を起こさなくなるそうです。これは驚きです。覚えておこうと思いました。

 問題は腎臓癌の発症リスクが高いことです。
なので、BHD診断後はしっかり腎臓の画像フォローが重要になります。血縁にも当てはまりそうですね。

  1例目は、以上です!


■p2333, 糖質過剰摂取により低カリウム血症性周期性四肢麻痺を発症した境界型糖尿病の1例

 さて「どこ引き」の2例目です。
「糖質過剰摂取」、ほうほう。
どれくらい摂ったのか。
ちなみに私も甘いものが好きで、平日などは、
・朝につぶあんぱん
・昼にぜんざい
・おやつにチョコ(小枝)か冬はあんまん
・夜にチョコ菓子(いろいろ)

 などをいただくのでなんぼのもんじゃと思って読みましたところ、この患者さんは、

X-1年の大晦日、
・朝食に餅10個
・昼食に餅10個
・夕食にそば、煮物、豚足、そして餅10個

 を食べ、夜から大腿のこわばり、元旦に下肢脱力を呈し転倒・歩行困難で入院という経緯でした。

 参りました(白旗)。

 多分ですが......
 この食歴を記述したくて論文にしたのではと(冗談です)。

 低カリウム血症との関連、周期性四肢麻痺との診断、
ほか、肥満・インスリン過剰・アルドステロン過剰などと合わせて論じられ、コーラ・カフェイン・糖質の大量摂取によるという原因論を文献的に調べることの重要性......などが書かれてありました。

 この論文、私正直にいうと、しみじみし過ぎてしまったせいか蛍光ペンマーカーをまったく引きませんでした。

 まず、コーラの極端な多飲で一気に細胞内シフトが起こり、やはり低カリウム血症をきたして脱力 → 入院、というケースを過去に自分自身が経験していたということもあります。

 そのときも正直「そうだよね」って感じであまり珍しくも思わず、「カフェイン」ってやはり危ないんだな〜 などとしみじみ思った記憶があります(おぼろげ)。

 「低カリウム血症と脱力」

 これも非常に臨床的にはよく見かける、親和性の高い病態ですよね。自分がみた患者さんも、何人も浮かびます。内科医なら絶対習熟しなければならない病態です。

 しかしです。
 そのケースの1つ1つに「周期性四肢麻痺」なんて診断つけたっけ......(おぼろげ)と思うのです。

 まず言いたいのは「周期性」という言葉の重さです。
教科書や総説では、「1回以上の発作」とあるので、理論的にはfirst episodeで「周期性四肢麻痺」という診断は下せるらしいのですが、一回の発作で「周期的」って言われてもねえ、と思うのです。

 あとは勝手なイメージでしたが、周期性四肢麻痺というのは「遺伝性」の要素が強いのではと、浅はかながら思っていました。
 せめて、CACNA1S遺伝子(noteではイタリック表示できないらしいです......)、SCN4A遺伝子の変異は確かめてからの診断になるかなと。もちろん、20~30%では変異がないとされるそうです。

 (低カリウム血症性)周期性四肢麻痺を診断するには、カリウムの喪失(=尿中カリウムが減少しない)が見られる病態を否定する必要があると記憶しています。否定できない場合は、脱力の原因はあくまで「カリウムが減ったせい」であって周期性四肢麻痺とは言わないのでは、とずっと考えていました。

 その区別が曖昧になりがちなのはわかりますが、その場合は、家族歴や遺伝子検査、あるいは(単に“特異な食歴”で判断するのではなく)「反復する」という経過で判断すべきではないでしょうか。

 笑い飛ばす雰囲気を守りたい当「どこ引き」のコーナーにあって、珍しく、安直に病名がつけられていることに少しだけ憤りを覚えたのでした。


 急に、「あれ。日本内科学会会誌って、レターって送れないのかな。」と思いつきました。
 そこで、学会にメールしてみたところ......
 なんと受け付けていました!!
 こちらをご覧ください!!

画像1

この制度、ぜひ使っていきませんか?
皆で、興味深い雑誌に育てていきましょう!!(違)

 (今回の症例の画像イメージは、“朧月夜”です)


■p2341, 肝切除後に発症した自己免疫性後天性凝固第V因子欠乏症

 さて気を取り直して今月の最後の症例です。

 この論文は、美しいです。
なんというか、文章が......

 まず、タイトルはとっつきにくい感じがしますよね。
内科医ですら、凝固因子と出てくると苦手意識を感じる人が多いです。
ですが少し冷静になって読んでみましょう。

 症例の骨格は非常に明快です。

 61歳の男性が、結腸癌の肝転移に対して肝切除が行われ、術前・術中・術後の経過や状態は良好でした。
 しかし第7病日になり、明らかな出血症状はないものの、PTとAPTTの著明な延長をみます。
 それに対してクロスミキシング試験を行うのですが、これが綺麗なインヒビターパターンで、各種の凝固因子活性とインヒビターを測定されることになりました。
 すると、第V因子活性は著減、V因子のインヒビターは陽性。
 他の出血性疾患を否定して、今回の自己免疫性後天性凝固第V因子欠乏症の診断に至ります。
 ちなみに自己免疫性後天性凝固因子欠乏症では第VIII因子の場合が一番多く、後天性血友病Aと呼びます。
 今回は「第V」ですからかなり稀なケースだということ、
手術や抗菌薬投与が、インヒビター出現のトリガーになっているのではとの考察、インヒビター出現が術後7日(より短い)ということで「やや早い」ということと、今後も医療が重なる予定である患者背景や、無症状ではあるものの、きちんとインヒビターをいま押さえておいた方が良さそうだという超絶質の高い臨床判断......。

 ケース、実際の臨床判断、論文の考察内容、考察そのもの、論文自体の上手さ。どれを取っても素晴らしいです。

 この論文の良さは、このnote「何読み」だけでは言い表せません。ぜひご自身で読んでみてください。

 外科系や他の科の先生にも役立つと思います。
 術前検査で凝固チェックということで、PT、APTTはルーティン気味に調べることが多いと思います。
 でも、それらが延長していたらどうしますか?
 そのときに、こう動けば良いのかということがこの論文でわかります。

 凝固を「ギョーコ」としか理解していない先生へ、ぜひご一読を勧めます。


 ......それでは今日はこの辺で!

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