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なんという勝ち方!20-21シーズンの覇者アトレティコ・デ・マドリーのドラマ

綱渡りのシーズンが幕を下ろした。
2020-2021シーズンの覇者はアトレティコ・デ・マドリー。我が愛するクラブ、我らが家族が優勝の杯を掲げるという夢のような一夜が明け、これを書いている。テレビでは昨夜の最終節バジャドリー戦を流しながら。

この記事は戦術的な分析記事ではない。そういう記事はきっと誰かが書いてくれるだろう。だから私はいま心から湧き上がってくるものを書き記したいと思う。

反骨精神のトライデント

アトレティは優勝したときにセレモニーを行うネプテューノ広場にあやかって、度々ネプテューノを取り上げることがある。
そのネプテューノが手に持つのは三又の槍、トライデントだ。
今季のアトレティを表すうえで重要な3人の選手がいる。それぞれがトライデントの穂先のように鋭い選手だが、今季それぞれにドラマがあり、そこには反骨精神があった。

まずはルイス・スアレス
彼はバルセロナから戦力外を言い渡されてアトレティコへやってきた。俺はまだ出来る、それを証明するんだと言わんばかりに反骨精神をアイデンティティとするチームのユニフォームに袖を通す。
彼がデビューしたグラナダ戦では劇的な勝利で最高のスタートを飾る。あのバルサでもっとも我々を苦しめてきた9番がロヒブランコス(赤と白)のユニフォームを着ている光景は夢か幻のような感覚さえ覚えた。

そして最終節の決勝弾である。前節のオサスナ戦まで2か月ゴールから遠ざかっていたスアレスは、バジャドリー戦でも苦しみながらも最後は難しいゴールを決め、それが決勝ゴール…それどころかシーズンの雌雄を決するゴールとなった。(彼の決勝弾がなければ逆転で優勝を逃していた)

試合後、彼は号泣していた。自分を戦力外にしたバルサのフロント連中を見返してやった嬉しさが爆発していた。

次はマルコス・ジョレンテ
彼もまた2強の一角にして最大のライバル、レアル・マドリーで落第者の烙印を押されて我がチームにやってきた。彼のターニングポイントは昨季のチャンピオンズリーグ、”あの”アンフィールドの夜だろう。
今季はシーズンを通して右サイドの深い位置を狙う狡猾な攻撃的選手としての一面と献身的な守備の姿勢を見せて2桁ゴール&アシストをするクラックへと成長した。

マドリーを見返す反骨精神を体現するプレイは、来季もトライデントの一つとして対戦相手を苦しめるだろう。

最後に挙げるのは、私のシーズンMVPアンヘル・コレア
彼は大病を乗り越えて、いまここにいる。そして今季はチームにおいて特に苦しんだ選手だと言っても過言ではない。
シーズン折り返し後、彼はなかなかゴールを奪えず一部のファンからもバッシングを受けた。しかし、”チョロ”シメオネは同胞を見捨てることなく支え続けたのだ。
そして33節エイバル戦で彼は躍動する。アトレティコで初のドブレテをしたこの試合で何かから解放されたのだ。

迎えた最終節、相手に先制されていたが同点となる重要なゴールを決める。あの足に吸い付くようなボールタッチ、針に糸を通すような一閃。昨年11月に亡くなった故郷の英雄マラドーナが舞い降りたかのようなゴラッソに魂が震えた。
きっとあのゴールは語り継がれるゴールとなるだろう。

彼は苦境に立っていても前を向き、どんな声をも跳ね返す反骨精神を体現したアトレティの伝説になったのだ。

アトレティのアイデンティティでもある反骨精神を表すトライデントがあったからこそ、今季の戴冠を成し遂げられた。
ネガティブにならず、ただ前を向いて努力し、最後に成し遂げるということは我々サポーターも人生訓として学びたい姿勢だと、私は思う。

今回取り上げなかったが、他にも重要な選手はもちろんいる。
ステファン・サビッチはディフェンスリーダーとしてチームを鼓舞し、トマ・レマルは大覚醒を果たし、ヤン・オブラクは何度もチームを救うプレイをして5度目のサモラを手に入れた(本人はどこ吹く風だろうが…)。

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真のカピタン

昨季、カピタンとなった彼をカピタンと呼ぶことには抵抗があった。
愛をこめて呼ぶその名は、まだまだコケであり偉大なカピタンたちとはどこかまだ縁遠い存在な気がしたからだ。
少しだけ私の話をするが、私がアトレティと出会い、恋に落ちたきっかけはコケの(いま考えれば何の変哲もない)プレイだった。そんな彼が今季、ここまでキャプテンシーを発揮し、最後には優勝カップを掲げる存在になるとはシーズン開始前は想像できずにいた。

しかし今季は何かが違った。目にはこれまでとは違う闘志と、タイトルへの執念が見て取れた。もちろんPartido a partidoを口にしながら…。
何節か前の(たしか36節ラ・レアル戦)終了間際の出来事を思い出す。自ら前線まで守備をしに出てきて、後ろの選手たちに声を出してカバーを求めていたシーンがあった。私はあの瞬間に偉大なるカピタンの精神を受け継いだのだな、と確信した。
偉大過ぎる背中を越えることは難しい。それはフットボーラーという特別な存在に限ったことではなく、誰しもが人生においてぶち当たる壁であり、それを今季コケは越えたのだと私は思う。

そんなコケがついに優勝カップを掲げる。これは偉大な一歩だ。
これから彼はアデラルドの持つ記録を越え、ガビが掲げたカップよりも多くのものを手にし、アトレティコをさらなる高みへと導いてくれるだろう。

COVID-19を乗り越えるための希望

昨季の終盤からアトレティとアトレティコサポーターとの間に割って入ったのがCOVID-19だ。
このウイルスは今季序盤のアトレティに忍び寄り(かなりの人数が罹患した)、さらには選手たちの大切な人を奪った。アトレティだけに限ったことではなく、世界中で大きな影響と生活の変化を強いられることになったシーズンにアトレティコが優勝する意味を少し考えてしまう。

アトレティは苦境でこそ発奮して力を見せてきたクラブである。そんな彼らが今季優勝したことに、(大袈裟に言えば)運命のようなものを感じてしまったのだ。
目の前の問題に対処し、少しずつ前に進み、最後は勝利することを身をもって表した彼らに、私は苦境から抜け出す希望を見る。
たしかに今季の陣容は厚かったが、2位とは2pt差での逃げ切り優勝だった。決して楽な道のりではなかったことは、シーズンを共に歩んだ兄弟姉妹たちはよく知っているはずだ。
日本でもまだまだ先が見えない日々が続くが、彼らの偉業達成を胸に刻んで日々を乗り越えていこう。

何という勝ち方

記事のタイトルには100周年Himno(応援歌)を引用した。私はあの歌がとても大好きで、よく引用をする。
何という勝ち方、何という負け方、何という苦しみ…しかしその先にはきっと素敵なものが待っている。これは人生においても言えることだ。

優勝おめでとうAtleti
そしてすべてのフットボールを愛する人、携わる人たちに敬意を示す拍手を送ります。ありがとう。共に苦難の日々を乗り越えましょう。

最後に…
ネプテューノ広場へ向かっていた同じクラブを愛する我らが兄弟が亡くなった。彼(彼女かもしれないが)に哀悼の意を表す。


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