『ビギル 勝利のホイッスル』感想と考察(ネタバレあり)2

インターミッション近くでマイケルが魚市場でシャルマを死ぬ程ぶちのめしているシーンあるじゃないですか、「カディルが何をした!」と泣きながら。私それをずっと額面通りに、カディルに重傷負わせたことを責めてるんだと受け取ってたんですが、これも違いますよね。彼は自分の夢をまたして奪われたことに絶望し、激高したんだ。

それも7年前の駅舎での襲撃で父を背後から刺して致命傷を与えたのと同じシャルマによって。夢の実現に向かって一歩踏み出したまさにその時を狙うという卑怯なやり口も同様に。

ああ、それはマイケル、我を忘れて今度こそ復讐しようとするわ。7年かけてようやく心の傷口をふさぎ、自分では実現できなかったことを預けられるチームを作り上げた矢先に残酷な手段で再び目の前から希望を奪われたのだから。


彼が子どもの様に泣きじゃくっているのは、父を奪われたその瞬間がまさに胸に甦ったからなのだろう。抱きしめる身体も頬に当てる手もまだ温かいのに、もう動かない父……。その時胸に押し寄せた痛い程の悲しみと底知れない喪失感が津波のように彼の理性を押し流してしまった。


私はカディルがたまたまマイケルと乗り合わせていたから襲われたのだと今まで思っていたけれど、それも違う。シャルマはマイケルを車外におびき出してから、わざわざ一人残ったカディルを3度も刺しているんだもの。

実は最初に見た時は正しくカディルを狙っての襲撃だと理解していた。こういう見せ方はそう判断するのが映画の決まり事のようなものである。

でも私にはシャルマがカディルを暗殺しようとする動機が全く分からなかったのだ。映画を最後まで見てもこの二人の関係性からは何も出てこない。よって「たまたま居合わせた」という事で片付けてしまったんですね。

今回ようやく理解に至ったんですが、シャルマにとってカディルを殺す理由なんか、単にマイケルを苦しめるためというだけで充分なんだな。マイケルがラーヤッパン同様の有能なドンで縄張りを立派に取り仕切り、自分達のシノギの邪魔をするのが憎くてたまらなかったんだ。親友の死を見れば彼は驚いてスキができるだろうからてそこを襲って殺そう。殺せなくても親友を失った彼は彼の苦しみに乗じて縄張りを奪えばいい、ぐらいの企みだったのかもしれない。

シャルマにとってはちょっと念を入れはしたものの、通常の抗争と大差なかったはず。それなのにマイケルが自分を殺そうとするほど激高するなんてと、魚市場に引きずってこられた彼は少々面食らっていたかもしれない。その前に自分の命が風前の灯火だったわけだが。

シャルマは知らなかったが、女子サッカーチームはマイケルの生きる支えだった。いきなり夢を絶ちきられたマイケルが、自分では実現できなかったことを未来のある子達に託したいと、一人ずつ選び、生活の面倒まで見ながら育て上げた優秀なサッカー選手達。彼女達自身も知らないでいるが、実は彼が切望した未来を手に入れてくれるかもしれないマイケルの分身達。

その彼女達に監督に大怪我をさせた原因が自分にあると強い言葉でなじられて、マイケルはどんな気持ちだっただろう。カディルが襲撃された理由は自分にあると自分自身でも責め続けていたろうに。一言も言い返さず、ただひたすら涙を堪えて唇を噛み、彼女達に言われるままにその場を立ち去るマイケル。一度ならず二度までも将来を奪われたのだ。それまで積み重ねて来た努力が一瞬にして水泡に帰す。その落胆、失望、悲憤はどれだけ大きく、深いのだろう。

それが分かってようやく魚市場でのマイケルの涙を浮かべる程の激情ぶりが何故なのか理解できた。

それにしても一本の映画の中でこんなに激しい感情を何度も何度も表出しなくてはならないなんて、俳優とはなんて過酷な仕事なのだろう。










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