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ミス・ミスター備忘録 〜クレイトンさん【前編】〜

おはようございます👍🏻

お布団が恋しい季節になってまいりましたが、いかがお過ごしでしょうか。

前置きはこのくらいにして、今回の内容の趣旨を紹介すると、
慶應義塾大学の学生が参加されるミスコン・ミスターコン

慶應ボーイコンテスト2021
ミス慶應コンテスト2021
ミス・ミスター慶應理工コンテスト2021
ミス・ミスターSFCコンテスト2021

などなど

ファイナリストとして出場された方々にインタビューをして、活動を振り返っていただくというシリーズでございます。

ということで、初回はミスターSFCコンテスト2021でグランプリを受賞されたクレイトンさんを取材させていただきました!

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【クレイトンさんのプロフィール】
名前:クレイトン(くれいとん)
生年月日:1999年12月14日
学部学科:理工学部化学科3年(取材当時)
身長:168cm(手越祐也1人分)
血液型:O型(だけどこだわりが強め)
出身地:ブラジル
国籍:ブラジル
ニックネーム:クレちゃん
趣味:読書📚、白衣染め🥼
特技:料理🍳
座右の銘:稽古とは一より習ひ十を知り、十よりかへるもとのその一(千利休)

詳細プロフィールhttps://miscolle.com/keiosfc2021/profile/526aa81522c0b38faade14d1
Twitter@clayton_sfc
Instagramclayton_sfc


今回は前編として、『クレイトンさんのミスターSFCファイナリストになる前の話』から『クレイトンさんのミスターSFCファイナリストとしての期間』を取り上げていただきます。

◆ミスターSFCに出る前(ミスター理工2019編)

クレイトンさんは今年のミスターSFCの他に、2019年のミスター慶應理工コンテストのファイナリストにも選ばれています。まずはそれについて質問してみました。

− まず、ミスターコンに出る前の大学生活について聞きたいのですが・・・

クレイトン(以下🥼):
これがなかなか難しい話でございまして、「ただの大学生からちょっと有名人になったよ」っていうストーリーはよくある話だと思うのですが、僕はただの大学生を満喫する前にミスターコンテストに出ていたんですよ。というのも、大学入る前からミスター出ようかなって思っていまして。
高校時代に東大方程式という番組があり、さんまさんが東大生をめちゃくちゃネタにしていて、それもあってかテレビ業界が東大に釘づけだったんですよね。それで、東大なのに東大っぽくないやつがいたら絶対取材しに来ると思って、それで東大を受けてミスター東大出て有名になってやろうと思いました。でも結局東大は落ちてしまいまして、慶應に行くことになりました。
「慶應か、まあ慶應もミスターあるからミスター慶應出よう」なんて思っていたんですけど、そのエントリー期限4月に切れちゃうんですよね。

− 1年生に厳しいですよね。

🥼:
厳しいんですけど期限切れちゃってたので、まだエントリーできるミスターコンどこだろうと探した時に理工しかなかったので、ミスター慶應理工にチャレンジしてみることになりました。

− 今の時代はQuizKnockとか東大王とか出てきてますけどね、、、

🥼:
『東大生なのに東大生っぽくないんだね、実は』がちょっとショッキングでいい話題だったんですけど、もうそれが当たり前になっちゃったんですよね。当たり前にみんなカッコいいしみたいな。だからもう目立たないんですけど、でもインフルエンサーへの憧れは残っていましたね。

− 誰もが必ずは憧れますよね。

🥼:
僕の中では危機感があったんですよ。
ここからSNSがどんどん発展していって、TikTokも出てきて、でじゃあいざ僕が何かやりたいと言ったときに、「インフルエンサーとしての力が無いから出来ないわ」と諦めるのが嫌だなって。

− 要するに将来インフルエンサーになってくるための基盤固めみたいな感じですかね。

🥼:
普通だったらコンテンツが先に来ますけど、ミスターって最悪コンテンツがなくても、肩書きだけでインフルエンス力をつけることができるから、これだったら今できる基盤固めだなと思って。
それで、まず高橋航大さん(2018年ミスター慶應コンテスト準グランプリ)に、「公表はこれからですが慶應理工ファイナリストになったのでちょっと助言ください」とDMを送ったら、「いいじゃん君面白いね!じゃあ三田のドトール来てよ」と言われて、話を2時間ぐらい聞いて全部メモってみたいな。そういう情報収集期間っていうのをファイナリスト期間が始まる前にずっとやってましたね。
他にもひろとさん(TikTokで心理学の投稿をされている方。2019年当時理工学部3年で、元々事業を2つ持っていた人)にもDMでこんなことやりたいんですって言いまして。そしたら「君こういうことをしたほうがいいじゃん、うちともコラボするかい?」とか言われたり、SNS運用のアドバイスも頂きました。
結局、言われたことをしっかりやって、かつ合間の時間は全部配信やったりとか、とにかくめちゃくちゃ頑張りました。自分で敷いたレールの上をずっと走ってる感じで、これだったら絶対勝てるんだなと思いましたし、実際割と圧勝で勝ちました。

🥼:
グランプリ取らないと僕は意味ないと思っていまして、肩書き以外にミスターの有用性はあまりないと思っていました。というのも、ミスターコンのファイナリストに選ばれただけではあまりバズらないんですよ。
コンテストに出たからといっていいわけではなく、これからいろんな取材をされたりだとか、うちのメディア出てくださいって言われたりするには、肩書きが入り口になって書きやすいので、肩書きにこそ意味があると思っていました。それもあってグランプリを獲りたいという思いは人一倍ありました。

過去にミスター慶應に出場されて準グランプリを経験した人やSNS運用力を持った人に助言を求め、その通りに地道に努力を積み重ねた結果、ミスター慶應理工ではグランプリを獲得しました。努力の結果が実を結んだと同時に、インフルエンサーを目指す上でグランプリ取らないと意味がないと思っていたが故にようやくインフルエンサーのスタートラインに立ったと思っていましたが、ここで大きな壁にぶつかります。

🥼:
ミスター慶應理工が終わってから、先にインフルエンス力をつけることってどれだけ意味があるんだろうということを考えようになりました。
僕のツイッターはフォロワー数が2300人いて、インスタのフォロワーが1700人ぐらい。ただ、例えば僕が何か商品を紹介したときに、買ってくれるような購買力の高いフォロワー、もしくは熱烈なファンがいるかというと、そういうわけではない。何かコンテスト今回もやりますとインスタで告知をしたときに、フォロワーの1700人のうちどれぐらいが僕を応援してくれるかって言われたら、本当に100人いないんじゃないかと思いました。
TikTokに関しても、別に元々インフルエンス力が高い人だけが伸びているわけではなく、簡単なことでも伸びるっていうだけですね。ダンスするとかでも有名な人がダンスすると伸びるよ、くらいな。
それだけです、インフルエンス力を持っていることの利点は。だからその時にコンテンツ力がないなら、インフルエンス力を先に高めても意味はないんだと思いました。

🥼:
逆にコンテンツから始めても充分だなと思いました。コンテンツの質が良くても悪くてもそこから始めれば、目指すべき道が結構わかりやすくなって開けますし。

− コンテンツ力があると、どこにどういう路線で舵をきってどういう人を獲得して行きたいのかっていうのがわかりますよね。

🥼:
そうなんです。だからターゲットとかもわかりやすいし、ということを考えました。だから僕はもうミスターに用はないな、ミスターに今出ても僕が出せるコンテンツはないなと思い、実際に僕は1年間新しいコンテストには出なかったです。もちろん出られるコンテストはたくさんありましたが。

− よくやっている配信アプリとかですね

🥼:
ミスター慶應とかMODECONとかもありましたけどそれには出なかったですね。

インフルエンサーになるためにSNSの動かし方を学び、結果として1年の入学した年にグランプリという華々しい結果を収めたはいいものの、その肩書きと、コンテンツ力が何もないためにインフルエンサーになりきれなかった現実とのギャップに苛まれてしまいます。

そんな彼のもとにチャンスが訪れます。


◆ミスターSFCに出る前(エントリー編)

− ミスター慶應理工の流れはなんとなく分かりましたが、そこから今度なぜミスターSFCに出ようと思ったのですか。

🥼:
結構ミスターオタクで、めちゃくちゃ見ていたのですが、その中でSFCのミスターの規模がすごい大きくなりまして。

− 確かにここ数年でSFCのミスミスターすごい伸びていますよね。

🥼:
2020年のミスミスターSFCの時に、単独で自分たちの映像をビジョンに載せまして、ありえない話ですよ。普通だったら、ライブ配信イベントで1位が特典としてやっと載れるビジョンというものを、コンテストがジャックして全員載せるというのは、今まで聞いたことがなかったです。それをこのコロナ禍で協賛が少ない中やったっていうのは結構大きなことで。
また、去年のミスターSFCに篠原かをりさんが出ていて、ああそれも面白いなって思ってました。スッキリ爽やか男子だけじゃなくて真の意味で学生が輝ける場としてのミスターコンが成立していると思ったのです。だからミスターSFCは他のミスターコンと比べて面白いなって思っていたのですが、その時は別に出ることはあまり考えていませんでした。

− そこから出るに至ったきっかけはございますか?

🥼:
慶應理工のミスターコンテストの時に運営とファイナリストの関係で仲良くしていた、僕と同じ学年のSFC生がいるのですが、その彼が例の去年のミスミスターSFCの代表やっていまして。元々僕は今年のミスミスターSFCに別の友達を推薦しようとしていて、とりあえず彼に紹介しようと思っていました。実際に彼に推薦の話を持ちかけようとしたところ、元々SFCの公認だったミス・ミスターSFCの運営団体が、非公認として今年は活動するかもしれないという話が上がっていた時で、もし非公認になったらSFC以外からも募集しようと思っていたみたいな話を聞きました。

− そういういきさつがあって今年はSFC以外の学部のファイナリストが多かったのですね。

🥼:
そうそう。非公認にしたらもっとやれることも増えるしSFC以外からも応募できるんだよみたいなことも言われました。
僕もまた、「去年君代表でしょ、マジで良かったんだよ」みたいな話をしたら、ちょっとミスミスターSFC2021エントリーして欲しいよと誘われたんです。
ただ以前のミスター慶應理工の時に感じたこととして、配信がすごい大変だったってことも記憶にあったのであまり配信に関して乗り気ではないことを伝えたら、嫌ならやらなくてもいいけど審査基準に関わるしグランプリになりたいならやらなきゃいけないよと言われまして。
正直グランプリは獲れるなら獲りたいけど、ファイナリストになっても配信しないってスタイルでもいいかもと思って、少し悩んでいた期間がありました。
でもやっぱり楽しそうだし、去年の運営代表からのオファーをのむ形で結局ミスターSFCに出ることにはしましたが、初めは配信やらんでもいいかって感じで臨んでいました。

ミスターコンに観客としてその後も興味を持ち続ける日々だったが、たまたま今勢いを増しているミス・ミスターSFCのエントリーをオファーされ、エントリーしてファイナリストとして活動をすることに。
とはいうものの、当初はミスター慶應理工の時ほどガツガツやるつもりはなかったといいます。

そんな彼でしたが、この後ファイナリストとしての一番最初の活動である『宣材写真撮影』で、同じファイナリストの人から衝撃の発言を耳にします。

◆ミスターSFCファイナリスト期間中

− 今年6月から実に4ヶ月もの間ファイナリストとして活動していましたが、実際にどういったスタンスで活動していましたか?

🥼:
最初宣材写真の撮影からで、僕のときは(手塚)季史子さん(山田)璃々子さんだけいて、でその時に、「ほかのミスター今日午前やったんですけど、みんな打倒クレイトンって感じでした!みんな燃えていました」みたいな話を伺いました。

− ミスター慶應理工グランプリという実績を引っさげて来てるわけですしね。

🥼:
でも怖いですよ。どんでん返しがあるともわかっているので。
エネルギッシュさがあれば逆転が起こるコンテストだからこそ、これはちょっと一筋縄ではいかないなって思ってたわけですよね。

− (クレイトンさんにとっても)ある意味追われる立場みたいな意識はあったかと思います。追ってくる人たちのエネルギッシュさも高いわけですし、それを見て自分はグランプリを目指す上でそれ以上のクオリティを出さなきゃいけないっていうこともありましたよね。

🥼:
そうなんです。
僕はそれを聞いて、「本当にそんなことないからやめてほしい」みたいな、「全然みんなとトントンです」って。
ただそれは本心で言っていることで、というのも本当にいくらでも変わる可能性のあるコンテストなんです。

− ミスター慶應理工グランプリで体感してきているわけですね。

🥼:
ミスター慶應理工のファイナリストになった時、僕は1年生だったんです。あの年は1年生が多かった年でしたが、先輩とかもいて幼稚舎の方もいて、皆さん僕より繋がりやコネがありました。そんな中僕が1年生で出て、『ミスターは1年生じゃグランプリ獲れない』というジンクスがあったのをひっくり返して、最終的にグランプリを獲得したという経験があるので、いくらでも覆せることを知っていました。でも、その上で『負けないよ、君らには』っていう気持ちもありまして。その時に、めちゃくちゃ走り抜けてやるっていう気持ちに変わりました。
でもそれと同時に、1ミスターオタクとして、僕はミス・ミスターSFCが何でこんなに成長したんだろうとか、運営がどんな感じで動いてんだろうというのが気になってました。そこでそれを知ろうと思いまして、宣材写真の撮影の時から早速積極的に運営と喋りましたね。

− コンテンツを高めるっていうことがクレイトンさんの課題としてやっぱりありましたが、実際に出てるコンテスト自体のコンテンツ力が年々高まってるから、その秘訣に触れてみようっていう節もあったわけですね。

🥼:
それは僕が今団体(Sparkle Ways Project)を運営しているから、今後の団体運営に向けて参考にさせていただこうと思ったんです。
かつ、その頃僕には銀髪で白衣が好きというキャラクターがあって、これは僕のコンテンツとして使えると思っていました。それだったら、方針がある程度定まった状態で、(理工の時と違ってコンテンツを持って活動を)やれるなという根拠があったからオファーをのんだ、というのもありますね。

− SFCだと白髪はたまにいるかもしれないですが割と少ないですし、白衣着てる人なんてもっといないですよね。それも含めてのコンテンツってのはあったかもしれませんね。

🥼:
キャラ作りを最初に徹底するってのはもう学習しているので、それをやりました。

過去にグランプリを獲っていたために、初めから追われる立場だったクレイトンさんですが、追われる立場であること、その中で自分が本気を出さないとグランプリを獲ることができないこと、そしてファイナリストに常に見られていることを知り、ファイナリストとしての活動初日に本気でミスターSFCに向き合うことを決意します。

それは、『ファイナリストクレイトンとしての活動の始まり』だけでなく、『裏方の裏方クレイトンとしての活動の始まり』でもあったのです。

− 他にファイナリストとしての期間の中で意識したこととかはございますか。

🥼:
写真の撮影の前からZoomで運営の人とは話してて、その時からずっと運営がすごいフレンドリーでした。やりたいことやっちゃってくださいみたいな。白衣の話も全部言ってたけど面白いですねって言っていただいて。
趣味にもある通り白衣染めとかもしていて、宣材写真の撮影の時も本当はスーツで撮る予定だったのですが、「白衣着てくるかと思いました」って運営に言われて、たまたま僕も2種類白衣を持ってきていたのでそれを見せたところ、皆さん面白い面白いって言ってくださって。
元々その仲良かった友人が代表を務めていたというのもあり、一緒になって新しいその僕の白衣を実現させようとしてくれる様子を見て、このSFC全体を盛り上げたいなあと思うようになりましたね。

🥼:
だから僕が初めにやりたかった事はファイナリストの仲を良くすること。ファイナリストって、ちょっと仲悪くなっちゃうんですよ。様々なコンテストを見てきたし、特に僕は1年の時に他大学のミスターもたくさん見てきたのでわかりますが、仲良くならないんですよ。(ミスコン・ミスターコンそのものが)勝負だし、勝負の後頑張って仲良くしようともしないから要はずっと敵対なんですよね。コンテスト終わっても敵対か無関心になってしまうので、嫌だなって思っていました。だからこのコンテストのファイナリスト期間は、逆にみんな仲良く過ごしたいと思いましたね。
宣材写真撮影後、僕が次に会えるのはCanCamの撮影日で割と近かったので、その時に僕は全員に話しかけて全員と僕がまず1対1で仲良くなることがスタートだと思いました。

− クレイトンさんが軸になったのですね。

🥼:
はい。まず僕がぶれない中心でいて他のファイナリストたちが1対1で僕と仲良くなっていれば絶対に仲が悪くなることはないでしょう。当日皆さんと話して、その後すぐに1人とご飯いったりとか、1人とサシ飲みしたりとかをして、そうしたら徐々に自分以外のファイナリスト同士も仲良くなってて、最終的にみんなお互いのことが好きな状態で終われましたね。

− ある意味よきライバルみたいですね。

🥼:
それがすごい嬉しかったですね。
つまるところ、全体を見渡してポジショニングして、自分の目標とファイナリスト仲良くするために僕はこうしようとか、その結果こうなってるからここもう一度補強しようか、みたいに視野が広くなっていきました。同時に運営とも仲良くなって運営サイドにも結構回ってたこともあって、運営のことも自分の視野に入れていました。今運営ちょっときついなとか、今やばい時期だな声をかけるかみたいな。
そういった感じで視野が広くなったことがミスターSFCに出る前出た後の変化だと思います。

− 周りからの反応はどうでしたか。

🥼:
ミスター慶應理工でも僕スピーチやりましたし、SFCでも最後にスピーチやりましたけど、昔から応援してくれているファンの方々から、スピーチを聞いて、「変わったな」「すごく大人になった」って言われました。大人になったってなんだろうと考えていましたが、これのことだと思いましたね。

🥼:
また、視野が広くなった結果としてファイナリストの全員の状況を僕は把握できるようにもなったんです。あの子は投稿が少し遅れているな、大丈夫かなとか、逆にこの子は投稿を毎日頑張っているな、前に続けられる意思があるなみたいな。

− この子は就活と同時進行でやってるから結構スケジューリング大変そう、とかもそうですよね。

🥼:
というのをファイナリスト期間中にミスも含めそういう風に見れるようになりましたし、ミスコン・ミスターコン以外の場、それこそ私生活でも周りの動きや状況を結構深く見れるようになったと僕は思いますね、この期間で。

− だとしたら元々課題として言っていた、コンテンツが足りないというような話以上のことが学べましたね。

🥼:
自分で団体を率いる上で、1人ひとりにモチベーションの方向が異なることに苦戦していたんですよね。所属団体の中でもどこまで深くコミットしたいかというのがそれぞれ異なり、どの目的で団体に入っているのかというのも各々で異なっています。Sparkle Ways Projectという僕が運営に関わっている団体は、福祉系の団体になりますが、福祉系だとしても福祉の記事を書きたいのか、それともボランティアをやりたいのかで違いますよね。
ミスターSFCのファイナリストとしての経験から、それぞれのメンバーがどこを向いているのかの把握と行き詰まった時の配慮ができるようになりました。

− もう1個の目的として、『ミスミスターSFCが伸びている真髄』及び『新しいことに取り組む運営の秘訣とは何か』を探るっていう目的もありましたよね。

🥼:
おそらく運営の柔軟さが伸びの要因なんですよね。他のミスミスターもビジョン映像を出すことはできたかもしれないですが、その選択をしなかったっていうのは出そうと思わなかっただけで、考えもしなかったかもしれないだけなんですよね。
そこを面白そうだからビジョン映像を出してみよう、そしたらビジョン映像を出すにはどうすればいいか、どれぐらいの予算が必要で、協賛ここから取らなきゃいけなくてみたいな、企画を進めていくやる気がミスミスターSFCは高かったですね。新しいものにどんどん挑戦するという柔軟性がありました。

− SFC特有の文化みたいなところではありますよね。

🥼:
とにかく誰かがやりたいことをポンって提案すると、それを実現しようとしてくれます。例えば他大学のミスコンのフィナーレで流れているようなPV絶対撮りたいですという話題が出たら、最終的に実現されましたね。
運営がファイナリスト同士で交流して仲を深めていくための企画として、鎌倉やVS Parkに皆さんで行く機会を作ってくれましたね。
しかもこの柔軟さの話でこれを出しましたが、実は1年生発案でして。1年生発案の企画をじゃあそれ実現に持っていこうと焚き付けてくれる団体ってなかなかないです。それを最終的にゴールまで持っていくことも結構難しい話で。

− 1年生からそういうアイディアが出てくる時点でレベルは高いですよ。いざ運営に入ってみると、しどろもどろになってしまいますよね。その中でこれやりたいですって企画を出してくれるっていうだけでも優秀ですよ。

🥼:
本当にそうです。
VS Parkは本当に面白かったし、さらにゲーム性も足して、勝ったチームにはスタバカードあげますみたいなこともしました。VS Parkでのイベントはオフィシャルではありますが、撮影気にしなくていいですよみたいな感じで催してくださったりとか。
普通は、撮影でもないのになんでわざわざやるの?という話になるわけで。でもそれを取り入れる運営は柔軟で、やる気と愛に溢れていました。これがファイナリストや運営同士が仲良くなって、そして仲良く終えるにあたって非常に重要な要素だと思います。

🥼:
団体を運営するっていうそういうことだと思います。
運営としての通常の仕事が特別完璧かと言ったらそんなことはなかったですし、連絡はね少し遅かったりしました。ギリギリに撮影しなきゃいけなかったりだとか、提出記事も締め切りまで24時間なかったり。ただ、少人数で回しているし、文句言わずにやるかとは思いましたね。
運営もバタバタしていて、それを間近で見てきているからこそです。だからその最後のスピーチにもこの運営に対しての想いが繋がっていたりはしました。

ファイナリストの皆さんや運営の人とコミュニケーションを取って、みんなで仲良くファイナリスト期間を駆け抜けよう!と、『裏方の裏方』として活躍していたわけですが、その結果として運営の秘訣を知ることができただけでなく、運営のサポート役として、一言で語るのは難しいほどに強い絆が、ファイナリスト同士、そしてファイナリストと運営との間に生まれていました。

そんなファイナリスト期間があっという間に過ぎ、迎えたフィナーレの日。彼はどんなスピーチをしたのでしょうか。
そして彼はミスターSFCファイナリストとしての期間を終えて、どこに向かうのでしょうか。
彼が定義する『ミス・ミスター』とはなんなのでしょうか。

続きは【後編】で!

【後編】はこちらから⏬


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