《調査》桜金造のネタにされてしまった佐山俊二

 佐山俊二のWikipediaを見ると、死の経緯は『桜金造による「身長5cmの幽霊」にて語られている』とある。金造が大先輩の死を自身の怪談噺のネタにしていたのだ。
 個人的にはそのような大先輩に対して敬意も何も感じられない行為に非常に腹立たしく思っているのだが、それはここでは置いておく。実際の映像はYouTubeにもあるので各自で確認していただくとして。

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 大オチの「楽屋で話したその夜に亡くなった」。金造の話ぶりではイコール公演中に亡くなったように聞こえる。しかし、実際に亡くなったのは1984年(昭和59年)1月30日で、倒れたのは1月15日だ。そして出演していた中日劇場公演は1月2日から1月26日まで。だから「その日の夜にね、死んじゃったんですよ!」という決め台詞は事実と絶対に違う。
 見世物の怪談噺として「その日の夜に死んだ」は有りなのかもしれないが。

 その宿の常連によると、金造が言っていた「1泊して幽霊を目撃した部屋」というのは2階を上がって右、そして倒れたのは2階のトイレから戻ってくる階段で、元遊郭だったというその宿屋は実際に「出る」で有名な場所だったそうだ。

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