出前泥棒


 俺は今日も、あの店の前で立ち尽くしていた。看板に描かれた鮮やかな赤と黄色の文字が目に飛び込んでくる。中華料理の出前専門店だ。小さな店だが、昼も夜も常に忙しい。俺は腹が減っていた。胃がきしむような感覚が、もう何日も続いている。

 出前のバイクが店から次々に出て行くのを見送る。運転手の顔はみんな疲れ切っているが、俺はそんなことに構っていられない。俺の目当ては、彼らが運んでいる料理だ。

「よし、行くか。」

 心の中で自分にそう言い聞かせて、俺はバイクの後を追った。雑多な街並みを抜け、狭い路地へと入る。バイクが止まるのを見計らって、俺も近づいた。運転手が玄関に向かう一瞬の隙を狙って、俺は箱から料理を一つ盗んだ。

 心臓がバクバクと音を立てる。手が震えるのを抑えながら、俺は急いでその場を離れた。路地裏の暗がりに身を潜め、盗んだ料理を確認する。熱々の餃子の香りが鼻を突く。腹の虫がさらに騒ぎ出す。

「これで、しばらくは大丈夫だ。」

 俺は包みを開け、餃子を口に運んだ。熱い肉汁が口の中で弾ける。久しぶりの温かい食事に、心も体も癒される気がした。しかし、その安堵も長くは続かない。罪悪感がじわじわと心を蝕む。

 なぜ、こんなことをしているのか。自分でも分からない。仕事を失い、家を追い出されて、行く当てもなく彷徨ううちに、俺はこの生活に慣れてしまったのかもしれない。

「もう、やめよう。」

 心の中で誓うが、腹が減るとまた同じことを繰り返してしまう。人間の弱さを痛感する。

 ある日、いつものように出前のバイクを追っていた時だった。運転手が玄関で料理を渡している間に、俺はそっとバイクに近づいた。

しかし、その瞬間、背後から声がした。

「おい、何してるんだ!」

 驚いて振り返ると、店の主人が立っていた。鋭い眼差しで俺を睨みつけている。俺は逃げ出そうとしたが、主人は素早く俺の腕を掴んだ。

「逃げるな、話をしよう。」

 主人の声は厳しいが、どこか優しさが感じられた。俺は観念して、その場に立ち尽くした。

店に連れ戻されると、主人は俺に温かいスープを差し出した。

「腹が減っているんだろう、これを食べろ。」

 俺は黙ってスープを飲み干した。温かさが体中に広がると、自然と涙が溢れた。

「どうして、こんなことをしていたんだ?」

 主人の問いに、俺はすべてを話した。失業、そして出前泥棒を繰り返していたこと。

主人は静かに聞いてくれた。そして、俺に言った。

「仕事が欲しいなら、うちで働け。そうすれば、もう盗む必要はない。」

 その言葉に、俺は救われた気がした。以来、俺は出前のバイクに乗り、正々堂々と料理を届けるようになった。過去の自分を振り返るたびに、あの日の主人の言葉が思い出される。

「人はいつでもやり直せる」

 俺は新しい人生を歩み始めた。過去の過ちを背負いながらも、未来に希望を持って。

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